【連載】中山淳雄の「推しもオタクもグローバル」第2回 ゼロから始めるお寺のキャラクターアイドル事業

  • 御室ムスメ(全88の御堂を擬人化)

  • 仁和寺 


御室88ヵ所霊場(OMURO88)の御堂日本に平安時代から伝わる仏教の宗派に、弘法大師(空海)が開いた【真言宗】がある。その空海が修行地として開いた四国八十八箇所の霊場(お寺)を全長1400kmかけて巡礼することを【お遍路】という。一度は目にしたことがあるかと思うが、その巡礼の装束は、白装束と金剛杖であり、一説によると、それはそのまま死に装束と墓標としても用いられたとされ、それほどに「いつ行き倒れてもおかしくない」厳しい修行であった。

1000年以上続くこの巡礼を、日本各地でも行えるよう八十八箇所の霊場の砂を持ち帰り、納めた「写し霊場」が各地にて作られた。だがその中でも、実際に山を切り開き、約2時間の巡礼地(筆者も体験したが、さながらプチトレイルである。)として再現しているのが、世界文化遺産、最古の門跡寺院(仁和4年=888年 開山)でもある、真言宗御室派総本山の仁和寺である。今回はこの仁和寺で「全88人の御堂の擬人化」による新規プロジェクトを取材した。寺社の長い歴史の中でも特筆すべき、寺院が著作権を保有するキャラクター勧進事業はどのように生まれたのか。

アマゾンベストセラー1位を記録し、早くも増刷が決定した『推しエコノミー 「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』の著者で、当サイトで「推しもオタクもグローバル」を連載する中山淳雄氏が『御室ムスメ』のキーマンに迫った。

(インタビュアー:Re entertainment 中山淳雄)
 

  • ▲OMURO88第50番~51番間からの眺望

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■数十億の復興費勧進のために霊場キャラ化も選んだ仁和寺

――:今回は仁和寺総務課長の大石哲玄氏と、御室ムスメプロデューサーの鈴木龍道氏にお話を聞きました。まず自己紹介からお願いできますか?

大石氏:自分は仁和寺職員10年目の僧侶です。これまで主に華道課(仁和寺は御室流華道の家元で華道事業の事務担当)や拝観課(仁和寺の拝観業務担当)での在籍が長く、その中でも特にクリエイションな業務を担当する機会が多かった関係で、今回の整備事業でも御室ムスメPjt(プロジェクト)を担当することになりました。2027年が仁和寺の裏山にあたる御室八十八ヵ所霊場(別称:OMURO88)開山200周年なのですが、修繕整備に必要な費用が数十億円という中で、どうやって勧進(≒寄附)を集めようかというところで2018年ごろ構想が始まりました。その勧進手段のひとつとして、仁和寺の若手僧侶たちと知恵を絞って出てきたのが「88も御堂があるんだから、擬人化して88人の御室ムスメを作って整備勧進をPRしよう!」という話でした。その時、御縁を頂いたのが鈴木龍道さんでした。

鈴木P:私は東方Projectで博麗神社例大祭(2011年当時参加者5万人とオンリーイベントとして世界最大のイベント)の立ち上げをやってきた人間なのですが、初代主催代表を務め終って以降も、ずっと同人活動やドワンゴさんやディライトワークスさんでイベント事業に関わる仕事に携わってきており、現在は食のイベント「グルメコミックコンベンション」を主催しております。ちょっと自分探しもあって、2019年に四国お遍路を実際にやっていたところで声をかけられ、仁和寺さんの企画のお手伝いすることになりました。

――:全然違うキャリアのお二人が、【お遍路】というキーワードで繋がったわけですね。そもそもお寺がこうした擬人化をしたり、ライセンスを取り扱うというのは日本初、ですかね?

大石氏:寺社仏閣のオタク観点での活動はいくつかありますが、この規模での御堂の擬人化は間違いなく日本初ですね。門跡寺院が主体で擬人化キャラをつくるという試みは、仏教界でもセンセーショナルな話題となりました。特筆すべきは、88名の絵師先生に依頼しており、88人全て作者が違います。また、仁和寺が、描いて頂いた88人の御室ムスメの著作権をすべて買い取っております。

――:著作権もがっちり保有されてるのですね。これでライセンス事業も行い、数十億円といわれる整備費用の一部を賄うということですね。寺社がやるには…あまりにアクロバティックな方法ですね。著作権の買い取り費用なども予算化するわけですよね、OMURO88整備事業として。

大石氏:仁和寺拝観のメインエリアは3万坪で、ほとんどの拝観収益はそのエリアから得ています。そのなかで裏山にあたるOMURO88は約20万坪とその7-8倍の規模がありながら、整備もまだまだ間に合っておらず、事業的に負担になっている。OMURO88開山200周年に向けて、ここを活性化するにはどうすればよいかと考え、普通は写経勧進や護摩勧進などの伝統的な手法もありますが、それだけだと、これまで以上の幅広く新しい層へのアプローチができないのでは、と。未来のために、新しい参拝者を開拓するため、仁和寺の門跡や執行長(≒会長、社長のイメージ)に御室ムスメPjtを当時の上司と提言し、採択されました。

■OMURO88と整備事業
大石氏:文政10年(1827)仁和寺第29世門跡済仁法親王(さいにんほっしんのう、第112代霊元天皇の皇孫)が発願し、仁和寺寺侍・久富遠江守文連(ひさとみ とおとうみのかみ ふみつら)に命じ、四国八十八箇所の砂を持ち帰らせ成就山参道沿いに88のお堂を建立したものです。長年の経年劣化や台風の被害でお堂や参道、そもそも成就山自体がボロボロになり、OMURO88を整備する七ヶ年計画が立ち上がり、その計画の一つとして御室ムスメは誕生いたしました。


▲仁和寺第29世門跡 済仁法親王
 

  • ▲文政10年(1827)に作成された成就山の地図の写し

  • ▲ 現代のOMURO88地図

■ゼロから始めるオタク僧侶のラフチェック
――:私自身も経験あるんですが、行政とか異業種でマンガ・アニメ・ゲームに参画したいとオファーがあっても、そもそも版権管理のプロセスにあまりに明るくなくて、作家さんがリテイクの嵐で嫌になって投げ出したり、カオスが待っている匂いしかしないんですが。

鈴木P:はい、まさにその通りで今回は仁和寺僧侶の絶大な協力と、多くの作家さんの多大な努力と、その間を僕や大石さんがなんとか繋ぐことでギリギリうまくまわったような、正直もう1回やれと言われてもとても無理な動きでした。実際に88体全部の製作は半年くらいで、相当短納期で完成までもっていきました。

――:そうですよね!お堂という擬人化するにはロジックも難しい88カ所を、何らかの基準でキャラ化しつつ、それでも宗教的には難しいだろう監修を潜り抜けて、最終的にはそれがどう売れるのか先例がなさすぎる。まず88名の作家さんを集めるのも大変、御室ムスメという統一基準で作画してもらうにも、どう描き始めてもらえばわからないですし、88キャラを半年って既存キャラクターでもかなり厳しめな納期ですよね。

鈴木P:2019年にお話いただいて、まず僕自身の霊場経験が多分に生きています。88カ所全部自分の足でまわっていますから。ルートの厳しさやお堂の特徴をキャラクターデザインや背景に反映したり、標高などを身長にに投影したり、最初に自分の基準で88キャラをパラメーターのように分類していきました。衣装も見ていただくと4色に分かれていますが、御室ムスメ用に、お遍路(四国霊場)の阿波(徳島)・土佐(高知)・伊予(愛媛)・讃岐(香川)ごとのイメージカラーや衣装の基本設定をして、そのあとそれを元に各作家さんに自分なりに創作してもらいました。

――:なるほど、最初に割ときっちりフォーマットを決めて進めたのですね。スゴイ。そしてキャラクターを作ってきた経験×88カ所霊場すべてをみた経験、OMURO88を踏破した経験、というおそらく日本で1人しかいなさそうな鈴木さんだからこそ出来たハットトリックですね。でもそのうえで「監修」もあるんですよね?

鈴木P:はい、当然です。それぞれの特徴を僧侶の視点からも監修してもらいます。仁和寺さんもフルコミットで、かつ随所にだいぶ融通利かせてもらっております。

大石氏:半年で合計11回ですかね、監修会を開いて。仁和寺側も毎回5-6人が参加するようにしてラフチェックしました。もちろん全員、そのようなことは未経験です。「衣装の着方」「服装や御紋の柄」「他の宗派が用いるような装飾はないか?」など絶対的なところは最初に線を引きました。寺社として明確に譲れないガイドラインを設ける事で、それ以外の作風や表現に関しては、あくまで絵師先生の個性を生かしていただき、「ちゃぶ台を返す」ことが無いようにしました。

――:これが凄いですね!新規の版権事業をされる会社さんのお手本のような。。。半年という納期もかなり物量的には厳しいですし。作家さんたちにとってはこういった寺社のキャラ化のお仕事はどのくらいやる気になるものでしょうか?

鈴木P:88名の作家さんが揃うまで、合計300人くらいの作家さんにお声がけしました。「自分のような者がそんなお寺のお仕事のものは描けない」とはじめはお断りされる方もいらっしゃいました。山の現状写真や仁和寺執行長のお手紙でその必要性をお伝えして、おひとりずつお話していったので、スケジュール問題など有りましたが、最終的には皆さん快く参加していただけました。

――:なるほど。そもそも僧侶の方々もキャラのどこをチェックしていいかとか、分かるのでしょうか?

大石氏:最近の僧侶は、平常は皆さんとあまり変わらない生活をしていますからね。若手僧侶の中には、多種多様な趣味、知識やスキルをもつオタクも多いですよ。重要な修行中こそ俗世との関わりを断ちますが、深夜アニメや映画に造詣が深い者、SFロボット好き、プラモ好き、PC自作派から、ドローン操縦士まで。僧侶だけで特殊チームが組めますよ。(かくいう私も絵画、書道、華道、PC関連、車いじり、ガンプラ制作…etc.)。こういった普段の仁和寺では見えてこない層を顕在化させる意味でも、よいプロジェクトだったと思います。

鈴木P:大石さんを筆頭に、GENSE(現世)感度の高い僧侶が多かったこともやりやすかったポイントです。昨今のキャラクター業界を考えると御室ムスメもこうしたほうが、といった意見が僧侶側からあがってきたりもしましたし、若手僧侶のオタクリテラシーの高さを感じさせました。



■超リモート巡礼、お遍路で咲いたニコ動の華
――:2020年春に実際に88キャラが出来上がり、お披露目となります。実際に勧進事業はどのように発展していったのでしょうか。

大石氏:20年5月のエアコミケでデビューしました。お寺の企画なのにイラストレーターが本気すぎるwなど有難いお言葉をたくさんいただきました。同年8月にはニコニコ超会議にあわせて「ネット勧進計画」として、実際僕らが京都市にある仁和寺から、兵庫西宮市にある御室派寺院、甲山大師神呪寺(かんのうじ)まで往復約200キロ徒歩で歩く「超リモート巡礼」<https://live.nicovideo.jp/watch/lv327345132>の企画をしました。真夏で本当に厳しくて。最後の3日間は仁和寺役員の吉田正裕執行長にも歩いて頂いて、毎日約7-8万人もリモート同行人(視聴者)が集まったんですよ!この8日間ずっと動画配信しながら歩き続け、集まった勧進は全部で270万ギフト。のべ合計約53万人がリモート巡礼に参加したことになります。

――:これはさながら24時間テレビの100kmマラソンですね…! これ、街ゆく人々からいろんなモノを頂くものなのですね、寄進(お金)だけでなく冷たいタオルとかポカリとか。確かに、お遍路を一緒に追体験しているような、プロセスエコノミー体験です。真夏まっさかりでセミの声が時期の厳しさを物語ってますが、これは相当な苦行でしたね。プロモーションとしてはその後も順調にいったのでしょうか?

鈴木P:88キャラのクリアファイルなどグッズ化展開をして、他にも様々なお声がかかっていたのですが、実は秋口以降、新型コロナ感染症に関する相次ぐ緊急事態宣言で暫く御室ムスメPjtは中断せざるを得ない状況になってしまったのです。

大石氏:予期せぬ社会情勢により、構想ごと変更せざるを得なくなって。現在も鈴木さんと、今企画の再構築・再始動をしているところです。

――:18年から整備計画がはしり、19年から大石氏×鈴木Pを中心メンバーでスタートした御室ムスメプロジェクトは20年春~夏のデビュー後は緊急事態宣言でしばらく中止を余儀なくされます。21年秋の現在、再立ち上げというタイミングということですね。そもそも京都市全体もそうですが、仁和寺としてもこの1年はだいぶダメージを受けたのではないでしょうか。

大石氏:はい、仁和寺の拝観客は毎年約35万人いましたから。昨年はそれが7割減にもなってしまって・・・、ちょっと言いにくい話ですが、寺院運営としても、大きく収入が減っているのが現状です。



■伝統と格式に挑戦し、信仰・健康・観光に貢献するアニメ文化
――:21年9月現在、京まふでも拝見しましたが、幾つか商品も販売されてましたし、NFTも販売されている点が革新的に思いました。仁和寺が擬人化女性キャラをNFTで発行して販売しているって、もう突っ込みどころしかなかったですが(笑)

大石氏:そうですね、今年の京まふでは、XENOTOONさんとNOKIDさんのご協力で御室ムスメのNFT(全93種)を発行し、CryptoGamesさんのNFTStudioで販売いたしました。

鈴木P:88人もキャラがいると、クリアファイルをつくっても小ロット多品種になってしまって。実はデジタルのマーチャンダイジングのほうが親和性高いんですよ。NFTのようなマーケットが出来てくれば、こうしたキャラが多すぎるプロジェクトでもいろいろな攻め方ができるようになってくると思います。

――:なるほど。そもそも88のキャラ化から始まり、その売り方も含めて、まさに“伝統と格式”に様々な“革新”を取り入れられているなと感じます。

大石氏:数代前の仁和寺門跡の言葉に、寺社仏閣のアプローチ方法として、「信仰・健康・観光」という三本柱を示されています。寺社にとって、一番大事なのは信仰を守って参拝していただく皆様なのは言うまでもありませんが、その信仰を通してご自身の健康にも寄与し、そうしたブランドがこれまで“接点の無かった人”を観光としてどんどん引き寄せていく。そんな存在になりたいということを目指すと、必然的にアニメや擬人化キャラといった、次世代の方々の興味も寺社がキャッチアップしていかなければならないという結論になりました。2027年の200周年に向けて、こうした取り組みの規模を段階的に大きくできればと思ってます。

――:逆に、鈴木さんにお聞きしたいのは、我々のようなアニメ・ゲームの事業者から見た時に、寺社と組むというのはどうなのでしょうか?なにかメリットなどあるものでしょうか。

鈴木P:伝統の力はなんやかんや言ってもやはり大きいです。先ほど多くの作家さんたちが心意気で協力してくれたこともありますが、オタク文化にとっても、こうした伝統と歴史ある組織に必要性を感じ、求めてもらえているところから、次の広がりが作れます。今回のプロジェクトは業界的にも大きな一歩だったと思ってます。またアニメを見ない高齢層に対しても、「ちゃんとしたところがこういうことをやっている」と思ってくれて、話題に入ってきてくれる。サブカルのユーザー層もまた広がるチャンスになるのではないでしょうか。

――:伝統・格式あるところが支援したものが「正統な宗派・アートになる」というのは歴史の繰り返しでもありますよね。ローマ帝国があったからキリスト教が栄えたし、狩野派は室町幕府から江戸幕府に至るまで権力の庇護のなかで多数の芸術を生み出す先鋭的な集団になっています。すでに権力ある幕府の将軍ですらも、権威としては天皇から位を授かることで担保していましたし、政治も宗教もアートも、“伝統と格式”をブランディングの手段として用いてきたことを、いまマンガ・アニメ・ゲームの世界が近づき始めている、ということでしょうか。

大石氏:そうかもしれませんね。御室ムスメPjtとは別に、現在、仁和寺は芸術とのコラボにも力を入れています(藝術4.8プロジェクト)。そもそも寺社は昔からアートの賛助や奨励(いわゆるパトロン)の役目をなし、そういったものを文化として守ってきた先人のおかげで、現代の私達は、いま芸術作品や建築、などの文化財やアートの力により、寺社のバリューを上げる選択肢を与えてもらっているわけです。伝統と格式ある存在だからこそ、そのブランドで新しいアートであるこうしたキャラクタービジネスを盛り上げ、それが社会に循環することで、アート界(作者)だけでなく、寺社の新たなバリュにも還元され、歴史文化の興隆に繋がっていくと考えています。

――:今後の目標はありますでしょうか?

鈴木P:NFT化やQRスタンプラリーの試験運用をはじめていて、まずは仁和寺境内からOMURO88巡礼へ人の流れを作っていきたいです。また仁和寺は京都市内の中心地や有名観光地が集中している場所からも少し距離がありますので、京都のメジャーな集客地と比べると人流的に不利な環境です。。人の流れをインフラとしてつくっている交通関連企業の協力を仰ぎ、今後、コラボキャンペーンを実施できればと考えています。

――:これは、まさに小林一三氏が100年前に宝塚を作った動きとまさに同じですね。人の流れがないところに、コンテンツの力で人の波をつくって、バリューをあげていく。仁和寺が寺社仏閣の「伝統と格式」にアニメやゲームの力で革新をもたらしてくれることを期待します!ありがとうございました。


▲2021年9月19日OMURO88 88番札所にて撮影。左から篠崎愛(アル・シェア所属)、大石氏、鈴木氏、生成すう氏(ExSolutions株式会社所属)促進イベント

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■中山淳雄氏略歴

エンタメ社会学者&早稲田MBA経営学講師。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイト、バンダイナムコスタジオ、ブシロードを経てRe entertainmentを創業。エンタメ社会学者として研究する傍ら、メディアミックスIPプロジェクトのプロデュース・コンサルティングに従事している。東大社会学修士、McGill大経営学修士。新著『推しエコノミー 「仮想一等地」が変えるエンタメの未来』を10月14日に上梓し、アマゾンベストセラー1位を記録し、早くも増刷も決定した。

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