【連載】中山淳雄の「推しもオタクもグローバル」第12回 プロボクサー国会議員がオタク文化で政治を変える

中山淳雄 エンタメ社会学者&Re entertainment社長
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政治家—およそオタクからも推しからも最も対極的にありそうな存在。そうはいってもゲームから音楽、同人誌即売会まで様々なオタク産業も、一応は法規制の対象となり、その影響は受ける。この業界にとって政治家・政治とはどう向き合っていくべきなのか。今回は、政治家の中でも特に「オタクと推し」業界へのコミットをしている自民党参議院議員の藤末健三氏にお話をきいてきた。


■国会議員で唯一プロボクサーライセンスを持ち、コミケで自作漫画を販売する

――:自己紹介からお願いいたします。

参議院議員の藤末健三と申します。議員になってもう18年になりますが、以前は経産省の官僚や大学の教員などをやっておりました。詳しくはこちらを見ていただけるとよいかと思います。

1964年 熊本市生まれ
1982年 熊本県立熊本高校卒
1986年 東京工業大学卒、通産省(現経産省)入省
1995年 MIT経営学大学院、ハーバード大学行政学大学院卒
1996年 プロボクシング・ライセンス取得
1999年 東京工業大学理学研究科博士課程卒業
2000年 東京大学准教授
2004年 参議院議員当選
2010年 参議院議員当選(二期)
2011年 参議院総務委員長就任
2012年 総務副大臣・郵政担当副大臣就任
2013年 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士課程卒業
2016年 参議院議員当選(三期)
2017年 参議院会派「国民の声」創設 代表に就任
2018年 自由民主党と統一会派「自由民主党・国民の声」を結成


――:あの…正直、目がチカチカしております。経産省官僚、MITにハーバード、博士号に大学教授から政治家、そして大臣まで、まさにエリートまっしぐらなキャリアで、正直咀嚼するのに手間取っております。

いやいや、エリートなんてことはないですよ。私は熊本で育って郵便局員をしていた父親のもとで貧しい環境で育ちましたし、小学校のときは成績も悪かったんです。結構多動性の気質があって、学校で座って勉強、というのが苦手でした。お金がなかったので、国立大一本で受けるしかなくて、当時東大はリスクがあると思って東工大にしたのです。実はちょっとその悔しさがその後も引きずっていたところがあって、、、そのあと経産省に入省するのですが、もうまわりは8-9割が東大なんですよ。「きみってどこの学部だっけ?」と、大学名をそもそも聞かれない(笑)えらいところに入ってしまったと思いました。


――:その後いろいろな大学に行かれるのは、その時のコンプレックスが逆に馬力になっている感じもしますね。藤末さん見ていると、同時にプロボクサーのライセンスを保持されていたり、コミケでもご自分の漫画を頒布されていたり、なかなかそのギャップが面白いなと感じております。ずっと体育会系だったんですか?

そうですね、中学ハンドボール、高校ボート部だったので、そのまま東工大でもボート部に。全日本新人戦で2位にも入ってメダルももらいました。ずっと自分を追い込むようなスポーツばかりやっていたので、MITやハーバードに留学していたときも部活でボクシングを始め、そのままアメリカでプロボクサーのライセンスを取得しました。(藤末氏のプロボクサー名は「アイアンフジスエ」)
 


――:ライセンスはアメリカ留学中だったんですね!?MBA、僕もすごい忙しくて、あの最中にプロボクサーになるなんて聞いたことないですよ。奥様と2人のお子さんも当時MITのボストンにお連れになってるんですよね?

そうなんです。思ってみたら人生のピークはあそこだったかもしれないなあ(遠い目)。ボストンで妻と子供2人連れて、当時本当によい思い出です。英語も得意じゃなかったので、なんとか官僚時代に夜も休日もつぶしてTOEFLで390点から670点まで引き上げて(注:現在のTOEICでいうと200点⇒990点に引き上げた感じ)。MITも1年で修士論文書いて博士課程に入ってしまおうかと思ったんですが、あと1年じゃ絶対無理と言われてそのままスライドでハーバード大学の行政学大学院に入りました。


――:ちなみに今国会議員でプロボクサーのライセンスを取得している人は…?

今はいないですね。たぶん僕が唯一のライセンス保持者だと思います。使えませんけど(笑)


――:しかし、お聞きしていると、物凄い努力家ですよね。論文や研究生活というものは肌にあっていたんでしょうか。

そうですね。論文書くのは嫌いじゃないです。色々転身してますが、私の研究テーマはずっと一貫しているんですよ。「科学技術を使ったイノベーション」。当時は日本のメーカーの科学技術力を使っていかにR&Dで研究開発するかをずっと研究していました。いまはその科学技術の中にアニメやゲームといった分野も興味の範疇として広がってきているというだけなんです。米国から戻って経産省で働きながら、東工大で博士号をとります。
 

▲大学院時代の博士論文


――:なるほど。1986年に経産省官僚になり、10年近く働いてから、アメリカで2年いる間に修士号2つとボクシングライセンス取り、戻って3年働きながら博士号をとって、その後東大の専任講師になるわけですね。官僚をやめられたのはどういった理由だったんですか?

仕事は面白かったんですよ。情報系・貿易系・技術系・環境系って2年ごとに配属も変わって飽きませんでしたし、わりと既存のルートを無視していきなり政治家を巻き込んで法案作っちゃったりしてました。当時の経産省はそういうやんちゃで面白い人も多かった(今は仕組み上できないかもしれません)。

ただ1999年に産業競争力会議というのがあって大学改革を法制化しようとしたんです。半年かけて経産省の中でチームつくって。ホントに人生かけてやったのに、最後文部省から止められてしまったんです。どんなにいいことでも他省の権益には踏み込めないのなら大学とか中立の立場から政策提言してやろうと、博士号ちょうどとったところだったので東大の教員になりました

ちなみに官僚やりながら博士号というのは当時珍しかったんですが、「フジスエがとれるなら俺でも…」とそのあと、結構取得者が増えました。


――:なるほど、官僚内のルールから飛び出して、より自由な政策提言をということで大学に行かれるんですね。ただ私も大学に在籍する端くれとして思いますが、、、大学も大学でなかなか固いですし、そんなに自由に政策提言を、という感じでもないですよね?

そうですね。もちろん大学も守るべき立場もあるので難しいところはあります。私自身はその大学の改革を訴えている立場でしたし。その東大在籍中に民主党の政策づくりを手伝うようになっていって、そのうち立候補しないかと誘われて2004年に参議院議員になったんです。


■官僚の理と議員の愛が「法律」として形を表す

――:やっぱり政治家というのは法律通して社会を変えてナンボみたいなイメージもありますが、結構法案は通されたんですか?

ざっくり33個くらい法案をつくって、そのうち11個は成立までもっていきましたね。中小企業のイノベーションを促進するために、黒字の時に税金を安くして投資にもっていけるようにインセンティブの制度を変えたり、あとは母子家庭のみに適用されていた制度を父子家庭にも適用できるようにしたり。あとは高校授業料の無償化なんていうのもやってます。


――:幅広いですね。こういうものは、どうやってご自分でテーマ設定されるのですか?さすがに自分ではわからない問題も多いかと思うのですが。

イノベーション減税はまさに自分の専門でしたし、高校授業化は自分自身が貧しくて大学も奨学金で出ていたので、自分ごととして変えていきました。父子家庭のものは陳情で電話で色々お話きいているうちに、確かにこれは変えなきゃいかんなと思って、動いた次第です。私はとにかく現場主義なので、人や企業に会いまくって、課題などお聞きする中で、自分に出来る事を見出すこと、法律を変える方向に動くというのが多いですかね。


――:確かに、藤末さんとの最初の出会いも拙著の『オタク経済圏創世記』読んで、すごい良かったから会ってくれってアポ頂きましたよね。僕もブシロードの社員だった時で、「参議院議員の藤末が会いたいと言っているのですが…」と突然国会議員から連絡がきた!と中野坂上でお会いしたところからでした。ああいう動きはよくされるのですか?

そうですね、気になると直接アポとって訪問するというのは、私自身はよくやってるんです(笑)でもいきなり電話してしまうほどあの本は良かった!自分自身がマンガ好きでしたし、未来の科学技術ってアニメやマンガ、ゲームだよなと思っていたところであの本を拝読したので、ぜひお話お聞きして、自分でもできることをやりたいと思い動きました。
注)藤末さんと中山はYouTube番組もやっております(笑)


――:でも民主党は野党時代だったと思うのですが、そもそもマジョリティをとられてる状態で自由に議員立法ってできるんですか?

無理ですね。だから先ほどの33本のうちの11本といっても野党時代に作って、実際に可決させたのは民主党が政権をとってからです。


――:やっぱり…。だから野党だと政策立案能力って磨かれにくいのですね。藤末さんは官僚だったのでそれが例外的にできるのだとは思いますが。

日本はそもそも国会議員が法律をつくる議員立法が少ないですよね。成立している全体の2割程度で、ほとんどは官僚側が作ったものが通っているだけです。米国だと議員がそれぞれ何本立法したかが業績のように反映されるので皆それぞれ専門化していくのですが。

あと法律づくりって1人じゃできないんです。私の場合も結局はチームで動いていて。大学奨学金のときは、700人の国会議員のなかで奨学金もらっていた人をリスト化して、最終的には50人くらいの議員たちとグループになって法制化していきました。結果、奨学金の供与額は600億から1200億円と倍になりましたし、そこは頑張った甲斐がありました。


――:私が聞いたことがあるのは、官僚というのは合理的に正しく制度の線を引く生き物であり、実は法律というのはある意味その時点で「理想の完成形」なのだ、と。ただそれだけで社会がまわるかというと過不足があって、どうしても必死な人たちの陳情を受け止め、主観的かもしれないけど、網をかけなおすような「愛を注入する」のが政治家の役割だと。ちなみにやはりそういった「政策を通して理想の社会を実現する」という観点でいうと大臣のポジションというのはだいぶやりやすいんですか?

そうですね、2012年に総務省副大臣になったときは全然違いましたね。協力してくれる政策スタッフの数も多いですすし、いままで動かなかったものがどんどん動かせた。残念ながら4か月で野田政権が解散となって、政権与党ではなくなってしまうのですが。


■国の成長にマンガ・ゲーム・アニメが欠かせない動力を持つ

――:まさにここからが本題ですね。藤末さんが実際にゲームやアニメといった業界に関わるようになるのはどういった経緯なのでしょうか?

私が経産省官僚だった2000年ごろまでは「コンテンツ」という言葉自体がありませんでした。ただ今、日本をみてくださいよ。海外からみたときに本当に成長しているし求められているのってゲームとアニメばかりじゃないですか。科学技術と誇らしげに語っていたけれど、最も強力に育ったのがサブカルだったという話です。私自身は非常に産業寄りの考え方なので、海外にインパクトを与えられて、まだまだポテンシャルのあるこの領域をプッシュアップして、日本全体を元気にしたいという思いが強かったんです。

 

▲1時間のMtgの合間に3本も電話で中断される多忙な藤末議員


――:藤末さんはコミケ参加されて自分の同人誌配ってますよね(笑)同人誌即売会とのかかわりはどこから生まれたんですか?

コロナでたくさんの陳情を聞きました。イベントができず、日本のコミケ文化がなくなってしまうかもという不安があった。そこで現場にいって話を聞いて、これは「文化」としてきちんと支援すべきという結論になり、「Arts for the future」という演劇・音楽・コンサートなどの文化芸術支援をする枠組み、「J-LOD Live」などライブ・イベントを支援する枠組み、いずれも「同人誌即売会」というカテゴリーは入っていなかったところを交渉して、入れていきました。この2年間で開催された同人誌イベントはわりと、この助成金で動かしているものが多いと思いますよ。
 

▲2021年12月31日コミケ99で『ふじすえヒムセルフ』『フジスエvs香川ゲーム条例』『フジスエft.同人誌業界』を販売する政治家


――:なるほど、こういうときのための政治家なのですね!法律で網をかけるところで「はずれたもの」にきちんとかけなおしていくような。おそらく同人誌即売会の方々もこれらの法律は知らなかったですよね…?

そうですね、だいたいアニメ・ゲーム関係者はこうした制度や法律そのものにそこまで注目している人が少ないです。なので、「これも使えるよ」といった提案や、現場を知らずに法律を作ってしまった場合の矛盾などを埋めていく、というのも政治家の仕事なのかなと思ってます。


――:あとは香川県のネット・ゲーム依存症対策条例にも関わられてますよね。

こちらは藤末がこういった領域に詳しいということで声をかけられました。とにかくゲームは子供の教育上よろしくない、プレイ時間を制限しましょうとなっていた。でもきちんとみていくと、根拠となっているICD-11という国際疾病分類があるけど、実際にそれは症例として実証されてるわけではなく、「今後こうした影響も見ていく必要があるよね」というものでしかなかった。それをもってゲームのプレイ時間規制というのは意味がないんじゃないか?と実際に執筆者のオックスフォード大学の博士自身とも議論したりしながら、制度の適用方法をマイルドにしていく、といったことをやっておりました。

――:実際に政治家でこの領域にコミットしている人ってどのくらいいるのでしょうか?

衆議院議員465人、参議院議員245人で合計710人のなかで、アニメやゲームを盛り上げていこうというのは、私か山田太郎議員くらいですね。あとは今年7月の参議院選に立候補することになった『ラブひな』の赤松健さんくらいじゃないでしょうか。MANGA議連やeスポーツ議連などで参画されている議員さんはいらっしゃいますが、このオタク領域とよばれるものそのものを主軸に据えてやっていこうという方はまだまだ少数だとは思います。


――:2-3名しかいないってことなんですね!?それは貴重ですね。クールジャパン、クールジャパンといいながら、やはり「外側」の人が多い印象です。なかなか「内側に入っていく」政治家は少ない。今後、藤末さんとしてはどういったことを実現したいと思ってますか?

フリーランスのクリエイターの地位を上げたいなと思ってます。中小企業は下請法などで守られる部分がありますが、個人請負をするクリエイターたちに適用されるそうした法律がない。最低限の地位や給与を補償するために、どうやって既存の法制度を組み合わせて担保するかは今一番気にしているところですね。

あと個人的にはeSportsに注目しています。最近はeSportsのプロプレイヤーが報酬7-8億円もらえる時代に北米ではなっています。でも日本は「将棋」はプロもいるし子供の教育にも奨励されるのに、なぜこの時代になってもまだゲームの公的な教育効果が認識されていないのか。日本にも国際的なeSportsの大会を誘致し、プロを育てていけばもっとゲーム人口もゲーム開発者も増えるし、ひいては日本のゲーム産業をより一層広げることにも貢献できます。そうした環境づくりが自分の政治家としてやれることだと思っています。

 

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