2022年3月1日、『Fate/Grand Order』のクリエイティブディレクターを務めたことで知られるゲームクリエイターの塩川洋介氏が「ファーレンハイト213」のコーポレートサイトを公開し、独立したことを発表した。同社では、「“新しさ”と“熱さ”にこだわる、ゲームづくりを。」の理念のもと、プラットフォームやジャンルにとらわれず、新たなゲームの創出に積極的に取り組んでいくという。
そこでgamebiz編集部では、塩川氏に独立に至るまでの経緯やPC向けに開発中という新プロジェクトの詳細、今後どういったことを展開していくのかなど、今の考えを伺ってきた。
▲ファーレンハイト213代表・塩川洋介氏。
――:まずは塩川さんの経歴を含め自己紹介をお願いします。
塩川洋介氏(以下、塩川):元々は2000年に旧スクウェアへ入社し、『キングダム ハーツ』シリーズや『ディシディア ファイナルファンタジー』など、家庭用RPGやアクションゲームを15年ほど制作していました。その後、2016年1月にディライトワークスに入社し、『Fate/Grand Order』(以下、『FGO』)のクリエイティブディレクターを務めています。開発・運営のトップを務める中で、『FGO』というコンテンツをより広めていくため、VRやアーケード、ボードゲーム、リアル脱出ゲームなど、コンテンツを発展させていく取り組みにも携わっていました。その後は、『Fate/stay night』15周年のアップデート企画や、『カプセルさーばんと』のスマートフォン移植、『MELTY BLOOD: TYPE LUMINA』のプロジェクト立ち上げ、『月姫 -A piece of blue glass moon-』の家庭用移植など、TYPE-MOONさんのコンテンツ展開のお手伝いをさせていただきました。
そうした中で今後はオリジナルゲームに軸足を置きたいという想いが高まり、現在、ファーレンハイト213という会社を立ち上げて独立するに至っています。
――:塩川さんが独立を考え始めたタイミングはいつ頃だったのでしょうか?
塩川:独立を考え始めたのは半年ほど前です。元々、ファーレンハイト213はディライトワークスのグループ会社として立ち上げました。当初は部署に近い考え方で、私がディライトワークスの社員とファーレンハイト213の代表を兼務する形でスタートしました。まずは「器を作る」という意図があったのですが、いろいろと進めていく中で、どうしても中途半端だなと感じる部分が出てきました。ここが独立した組織なのか、それとも器が違うだけで結局本社と一体化してしまっているのか、というギャップや葛藤が自分の中に生まれたのです。
そこで、「どうせやるなら、自分の足で立とう」という想いが強くなっていきました。そのタイミングで、ディライトワークスでは社長が交代になったり、アニプレックスにゲーム事業を売却する(関連記事)という話が出始めるなど、この1年で会社の有り様が劇的に変わっていく流れもあり、独立するならこのタイミングかなと思ったのが半年ほど前の話です。その後、ファーレンハイト213の株式を100%、私が買い取らせていただき、完全に独立するに至りました。
なので、1年前に自分が独立するということは全く想像していなかったのですが、流れに身を任せた側面もあります。事が起きるのには、自分の意志だけではないタイミングや状況もあると思い、その中で独立に向けた流れが生まれるのであればそこに向かう運命なんだと気持ちが徐々に傾いていきました。
――:今後ファーレンハイト213では、どのような活動を行われていくのですか?
塩川:自分たちでオリジナルゲームの企画を立てて、新しいゲームを生み出すことを最優先にしています。自社で開発できるものあれば、どこかのパブリッシャーと組んで実現しなければならないこともあるので、それを実現するためにそれぞれ必要な方に相談してオリジナルゲームを生み出していくことに一番のプライオリティを置いています。
――:ちなみに、塩川さんはこれまでデジタルだけでなくアナログなども含めゲーム制作をされてきましたが、今後はデジタルをメインにしていくのでしょうか?
塩川:デジタルがメインになってくるとは思いますが、一方でプラットフォームや規模、ジャンルにこだわってはいないです。自分たちのやりたいことがたまたまスマートフォンゲームかもしれないし、家庭用ゲームかもしれない。自分たちのやりたいことや、他の人を巻き込める面白い企画を何で実現するのが最適かというところが重要で、内容によってはアナログの場合もあるかもしれません。
――:現在はどれくらいの規模感で動かれていますか?
塩川:現時点では、私を含めて4人で動いています。これをすぐに100人規模の会社にすることは考えていませんが、4人だけでできることには限界もありますので、少しずつ一緒にやっていける仲間を増やしていこうと思っています。
――:ファーレンハイト213設立に伴い、プロジェクト「 」の始動が発表されました。本プロジェクトに関して、まずは何とお呼びするのが適切なのでしょうか?
塩川:ここは、あえて読めないようにしています。公式サイトにも書かせていただいた通り、発足は2022年になります。いくつかのイラストや企画書はあるのですが、開発は始まったばかりです。当然ながら、ゲームのタイトル名もこれから決めていくことになります。よくあるケースとして、この段階から「プロジェクト~(仮)」として発表されることもありますが、そうするとどうしても結局その仮の名前で覚えられてしまいますよね。本作はまだ何者でもない状態なので、(仮)だとしても名前を付けて公表するのは違うと思いました。開発コード上のプロジェクト名は存在するのですが、公表する名前としてはお客様に読めないよう黒塗りにしている状態なので、読み方はまだありません。
――:本プロジェクトのジャンルが「運命さえ する、アールピージー。」と発表されているのですが、RPGをあえてカタカナにしている意図を教えていただけませんか?
塩川:今はまだあまり細かいことまでお伝えできないのですが、先ほども述べた通り、我々は「新しいゲームを生み出す」ことを大切にしており、その中でも誰かにとって“決して替えの効かない体験”を作りたいという想いがあります。そうしたときに、ゲームジャンルひとつをとってもRPG=ロールプレイングゲームというイメージの定義があると思います。しかし、替えの効かないものを作りたいという我々の想いから、あえて「アールピージー」表記にしています。語感としてはRPGと同じだけど、少し軸がズレているイメージで、見たことがあるようで見たことがない、という自分たちがやりたいことを的確に体現した表現になっています。
また、どうやって替えの効かないものを作っていくかを考えたときに、世の中に存在しない斬新なものや、発明的なものを生み出そうとしても中々見つかりません。しかし、見る角度を変えることによって新しく感じるものはまだまだいくらでも生み出せると思います。そういった意味も込めて、“RPG”というものはもう何年も前からたくさん存在しているけど、表現を変えるだけでこんなにも違った側面を感じるんだと気付いてもらいたいという狙いがあり、このような表記にしているところもあります。
▲公式サイトに掲載されている塩川氏からのメッセージ。
――:ちなみに、塩川さんにとっての替えの効かないものというのはどういったものになりますか?
塩川:私が好きな小説の中に「銀河英雄伝説」という小説があります。これは私にとって替えの効かないもののひとつで、細かい要素を取り上げると「群像劇」や「SF」といった既存のジャンルに当てはめることはできるのですが、トータルで見た時にエッセンスの組み合わせの妙が発生していて、「銀河英雄伝説」でしか見られないものに仕上がっています。歴史の中の1ページである意味や政治の虚しさが描かれていて、高校時代に初めて読んだときに「これは凄いな」と感じたことを今も好きでいられることが、ある種、自分とって替えの効かないものになっているのかなと思います。
――:本プロジェクトでは、ゲームを遊んだ方にそう感じてもらえるようなものを作っていきたいということですね。
塩川:そうですね。遊んだ瞬間に「替えが効かない」と感じてもらうことはもちろん、「このタイトルの続編を遊びたい」とか「長く遊び続けたい」と思ってもらうことが“替えの効かない体験”に繋がってくると思います。今は長期間運営が続いているゲームも少なくありませんが、そもそも10年以上遊び続けられているゲームシリーズはそれほど多くないと思います。このプロジェクトがシリーズ化されるのか拡張して続いていくのかはまだ分かりませんが、ここにしかない味を作ったうえで、「こういうゲームってここにしかないよね」と言っていただけるようにしていきたいと考えています。もしかすると、万人が遊びたいと思うようなメジャー感があるものにはならないかもしれませんが、細く狭く、だけど凄く深くまで刺さるタイトルにしたいと考えています。
――:本プロジェクトが動き出したきっかけについてもお聞かせいただけますか?
塩川:自分が独立し、ゲームディレクターとして新しいことを始めるとなったとき、改めて何が本当にやりたいかに向き合いました。近年、私は『FGO』関連で表に出る機会も多かったので、「スマートフォン向けゲームの運営の人」という印象を持たれている方も多いと思いますが、20年以上続く私自身のゲーム開発キャリアの2/3以上は3Dのアクションゲームに携わってきました。『キングダム ハーツ』や『ディシディア ファイナルファンタジー』、直近では『Fate/Grand Order Arcade』など、改めて自分のキャリアを振り返って自分が好きなことで今後5年~10年とやり続けたいことを考えたときに、キャラクターを動かしアクションを楽しませるタイプのゲームだという思いに至りました。今はそこが自分の中の軸になっています。
その中で、今作の話をすると、昔から1個やりたいアイディアがありました。10年近く前から「このアイディアは面白いな」と思っていたことがあり、今回それをやろうと企画し始めたのが本プロジェクトの始まったきっかけになります。
――:そのアイディアというのは、物語的なものか、システム的なものかでいうとどちらになりますか?
塩川:システム的なアイディアになります。ただ、ある種、自分がこれからライフワーク的にやろうと考えている、キャラクターをアクションで魅せるというところに直結しているアイディアでもあります。本プロジェクトにおいて、アクションを含む操作の直観性を得るにはコントローラーがベストだと思っています。スペックだけならスマートフォンでも作れると思いますが、手応えも込みでアイディアとの相性を考えた時にコントローラーが必須になるだろうなと。
――:どういったものが発表されるのか楽しみです。対応機種がPCということが明かされていますが、今回、PCで開発することを決められた理由についても教えていただけますか。
塩川:今お話しした通り、コントローラーで遊ぶことを前提にしたゲーム内容なので、スマートフォンで展開するのは違うかなというところがありました。そのうえで、本プロジェクトは自分たちの好きな内容を貫くためにも、自分たちの資本で開発をやり切り、好きなタイミングでリリースしようという想いが軸としてあったので、ハードルとしてもまずはPCで展開するのが良いだろうと考えました。リリース後に反響が大きければ家庭用ゲーム機への移植も考えられますし、まずはインディーズのイメージで自分たちの好きを詰め込んで開発を進めたいという理由があります。
――:開発のしやすさというところが大きいのでしょうか?
塩川:もちろんそれもあります。スペック的な制約もあまりありませんし、リリースのしやすさもあります。あとは、グローバルなマーケットを含めて最も多様性が許容されるマーケットだと感じているので、そういった点からもまずはPCが良いかなと思っています。
――:昨今ではSteamなど含めPCでゲームをプレイするユーザーもかなり増えてきた印象がありますが、塩川さんは今のPCマーケットをどのようにご覧になられていますか?
塩川:そもそも、ここ数年コロナ禍で外出があまりできないということから、PCに限らずゲーム業界が跳ね上がっているという状況があると思います。
一方で、PCだけに目を移すと、内容や作られている国を問わず、最近でも凄く尖ったゲームが数日で何十万DLされることが頻繁にあります。有名なクリエイターでもなければ、実績のある開発会社でもないのにです。そこは遊んでいる人の母数が増えているがゆえに許容度が上がって化学変化が起きやすくなっているのかなと感じています。もちろん、それに伴い競合も多くなってきていますが、新規タイトルで化学変化が起きている頻度はPCマーケットが最も高いのではないかと見ています。
――:現在4枚のイラストが公開されているのですが、ここにはどういった想いを込められているのでしょうか?
塩川:現在、公開しているのは開発中のイメージイラストなので、そのままのシーンがゲームに出てくるわけではなく、コンセプト的に作っているものになります。キーワードとしては、先ほどの「アールピージー」にも繋がっており、RPGをカタカナで掲げていることに対する良いアンサーになっていると思っています。
恐らく、見たことがあるようで見たことがない世界観になっているはずです。しかし、その中に懐かしさや既視感もある。そのバランスを上手くコントロールしてそういった印象を持ってもらえるよう意図しています。知っているようで知らない、「アールピージー」という言葉のコンセプトに繋がるようなことを体現しています。パッと見た時に、行ったことがないし見たこともないけど、どこか懐かしいと感じてもらえれば良いかなと思っています。
▲公式サイトに掲載されているイラスト4点。
――:今後のプロモーションや展開についてはどのようなことを考えておられますか?
塩川:この呼び名のないプロジェクトに関しては、自分たちでインディー的にこつこつと作りながら紹介していこうと考えています。凄く息の長い話になると思いますので、露出できるものができた段階で、コミケなどのイベントを含め地道に知っていただく活動もしていこうかなと思っています。PCであればアーリーアクセスがあったり、体験版ディスクを安価で販売することもできますので、そういったことも含めて早めにユーザーさんとの接点を持ちたいと思っています。
気持ち的には早くリリースしたいのですが、2022年に始動したばかりなので来年リリースというような話にはならないと思います。ただし、そういうタイトルだからこそできることとして、出来上がるまでを見せるなど、過程も含めて本プロジェクトがどう進んでいくかを楽しんでもらえるよう仕掛けていければと考えています。
――:最後に、本プロジェクトを楽しみにしている読者の方々へメッセージをお願いします。
塩川:ゲームの中身が全く分からない状態で、“決して替えの効かない体験”を目指しているということしか伝えられてはいませんが、その中でも本プロジェクトが琴線に触れる方はいると思っています。そういった方はぜひ、その直観を信じていただけると、これから答えをどんどんお伝えできるかなと。今ある情報やこれから出していく情報の中で何か引っかかる部分がありましたら、会社の公式サイトやSNSアカウントを追いかけていただければ、期待にお応えできると思います。過去の知見も活かしながら、内容はもちろん、お伝えの仕方や触れてもらい方も含めて替えの効かないことに挑戦していくつもりなので、そういった展開も含めて楽しみにしていてください。
また、やりたいことの根幹には新規のタイトルをどんどん生み出していきたいという想いがありますので、何か新しいことや、替えの効かないことを実現したいという方がおられましたら、ご相談ください。お客様に届けられるものを増やしていきたいという想いがありますので、何か一緒にできることを考えていきましょう!
――:本日はありがとうございました。
(取材・文 編集部:山岡広樹)
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