【CEDEC 2022】サービス終了寸前だった『天華百剣 -斬-』を、その後3年4ヶ月生き長らえさせた「未来への期待」を醸成するプロデュース術に迫る
コンピュータエンターテインメント協会(CESA)は、8月23日~25日の期間、オンラインにて国内最大のゲーム開発者向けカンファレンス「コンピュータ・エンターテインメント・デベロッパーズ・カンファレンス 2022」(CEDEC 2022)を開催中。
本稿では、8月23日に行われた“サービス終了寸前だったタイトルを3年4ヶ月にわたって生き長らえさせた「未来への期待」を醸成するプロデュース術”と題したセッションの模様をお届けする。
登壇したのは、ディー・エヌ・エー(DeNA)<2432>のナカムラ ケンタロウ氏。本セッションの題材となるタイトル“美少女剣撃アクションゲーム『天華百剣 -斬-』”のチームに2017年11月より所属し、2021年8月のサービス終了まで2代目プロデューサーを務めた。
▲DeNA ゲーム事業本部ゲームマーケティング部 マーケティングプロデューサーのナカムラ氏。
なお、本セッションは、CEDEDC 2019で行った「サービス終了寸前だったタイトルが、CMを使わずにDAUを増やして九死に一生を得たSNSプロモーション術」のその後(2018年4月からの顛末)を伝える完結編という位置づけ。
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本題に入る前に「サービス終了はプレイヤーやファンに対する最大の裏切り行為、という事実は覆せないものだと思っています」とナカムラ氏。「サービスを終了させてしまった自身の責任を自覚した上で、運営を通して得られた経験や知見をシェアすることで、ゲーム業界に恩返しできればと考えています」と、本セッションに対する想いを述べた。
ポイントは“未来に対する期待をどれだけ提供できるか”
前回のセッションでも触れているが、2018年4月の『天華百剣 -斬-』サービス終了危機はV字回復したが、その後はどうだったのか? ナカムラ氏曰く「順風満帆だったかというとそうではなく、サービス終了の危機はその後も長期間にわたり運営に深刻な影響を与えていた」という。
ナカムラ氏は、その主な要因として下記の3点を挙げた。
1)アクションゲームとして新ボスや新ステージをエンドコンテンツ的に定期的に追加し続ける想定が頓挫した。キャラゲーとしての体験を大事にするため、PvPやランキングを実施しないという根本的方針により新コンテンツ追加が困難だった。
2)毎月新規キャラを8体リリースする計画だったが、実際には半分の4体しか制作できない状況が続いた。また、ガチャ以外で収益の柱となる商材を途中から新たに追加することも困難で実現に至らなかった。
3)上記2点の構造的な弱点を抱えた状態では、大がかりなプロモーションを実施しても十分な効果が得られないため、ユーザー数を増やすために打てる手立てが非常に少ない状態が最後まで続いた。
ただ、この危機が続く状況でも「その後、3年4ヵ月にわたって運営を続けることができた大きな要因は、本作の運営で一番大事にしていた基本的な考え方があったから」とナカムラ氏。
それは、とある記事に掲載されていた『ファイナルファンタジーXIV』のプロデューサー兼ディレクター・吉田直樹氏の「MMORPGって“未来に期待して今を遊ぶゲーム”なんです。」という言葉だった。これは運用型ゲーム全てに共通する考え方だと感じたナカムラ氏は、『天華百剣 -斬-』においても“未来に対する期待をどれだけ提供できるか”を重要視したという。
下のグラフを見ると、実際に『天華百剣 -斬-』で提供してきた“未来に期待できる材料”は、プレイヤーの課金意欲との関係から見てみると如何に運営にとっての生命線なのかがわかる。ナカムラ氏は「2020年以降はコロナ禍の影響を受け、リアルイベントが一切できなくなり、未来に期待できる材料の提供が難しくなってサービス終了に至った」と説明した。
▲グラフは一定金額以上毎月課金しているユーザー数の推移イメージ。ピンクの部分は未来に期待できる材料が十分にあった時期で、青の部分は冷え込んでいる時期。
2つの側面から“未来への期待を提供”
次にナカムラ氏は、どのように未来への期待を提供していったのかを解説。こちらは「アクションゲーム×キャラゲー」と「天華百剣というIP=キャラクターコンテンツ」の2つの側面があり、ゲームの未来、IPの未来のそれぞれに対する期待を提供する必要があった。
まず最初は、自分の好きなキャラがゲーム内でもっと活躍できるようになるかも、という期待だ。
本作はキャラゲーなので、全キャラが等しく活躍できるバトル環境を目指すという基本理念を持つ。対人戦こそなかったが、高難度イベントのボス戦やマルチバトルにおいてキャラのバトル性能格差が如実に現れることがあり、その是正のための調整や改修を続けていったという。
では、この期待をどのように提供したのか? ナカムラ氏は「バトル環境をエンドレスで改修・調整し続ける事と、プロデューサーレターで良い材料、悪い材料含め、改修・調整の進捗状況などをプレイヤーに事細かにプレゼンする事」と明かした。
2つ目の期待は、好きなキャラに新しいコンテンツが追加されるかも、というもの。
本作では、リリース直後から毎月キャラクターに重要なコンテンツを追加していた。キャラクターの衣装(スキン)だ。これも未来への期待という所で、毎月のコンテンツ追加を通して半永久的にプレイヤーに期待を提供し続けたという。
衣装追加に加え、生放送での紹介、スキンの衣装をテーマにしたキャラソン、衣装が追加されたキャラの声優がゲスト出演するwebラジオ、Pレター動画版での紹介という、合計5つのコンテンツを1セットとして展開していった。これによりプレイヤーは「来月は自分の推しキャラに衣装が追加されるかも」という常にワクワクできる状況が生まれるというわけだ。
3つ目は、『天華百剣』というIPがこの先もっと発展するかも、という期待だ。
その説明の前に、「IPには大きく2つの種類があると考えます」とナカムラ氏。曰く、「既に一定以上の人気、認知があり、すぐに世の中から消えてしまう可能性が低いメジャーなIP。対して人気、認知度があまり高くなく、一定期間が経つと多くの人々の記憶から消えてしまう可能性のあるIP」の2種類とのこと。
そして、2種類のIPに共通して、未来を考える際に必要なベクトルという概念があるという。下の図がその概念である。
「基本的にIPは、常に認知度が高まるような施策を展開して話題になる回数を増やし、右上方向へのベクトルを発生させ続ける必要がある」とナカムラ氏。逆に右上方向のベクトルを発生させる力が一定以下になると、左下方向に反転するという考えを示した。
そして左下方向のベクトルが発生している状態が長く続くと、世の中から忘れ去られたIPになってしまう可能性が高いとし、「だから右上方向のベクトルを発生させ続ける必要がある」(ナカムラ)と説明した。
それを踏まえて、『天華百剣』で提供してきた3つ目の未来への期待として、IPの未来を期待できるような話題や材料(下の図)を挙げたナカムラ氏。これが『天華百剣』のIPのベクトルを右上方向に発生させ続けるためのずっと行ってきた取り組みだった。
変化する世の中の状況にどのように対応したのか?
「ここで少し話を変えます」とナカムラ氏は、『天華百剣 -斬-』を運営する中で、世の中の状況がどのように変化し、それにどう対応していったのかを解説。2017年~2021年の運営期間で、下記3つの大きな変化が起こったという。
1)スマホの通信容量が大幅に増加し、動画のサブスクサービスが一般化したことで、自宅のwi-fi環境だけでなくあらゆる場所でスマホで動画をできるようになった。
2)本作も属していたオタク系キャラクターコンテンツのメインストリームが、2018年を境にスマホゲームからVTuberへと徐々に変化。同コンテンツのメインストリームが世代交代した感がある。
3)上記2点を踏まえて、当時スマホゲームが担っていた隙間時間を埋める為の有力コンテンツという地位が、相対的かつ劇的に低下。「移動時間に何をする?」と聞くと2017年時点では「スマホゲーム」と答える人が多かったが、今は動画を見る人がかなり多くなった印象。
この大きな変化を受け、「定期的なコンテンツ提供の提供量が非常に重要になってきた」とナカムラ氏。これは短期的かつ定期的な期待感の量であると考え、どれくらいの頻度で提供できるかという事を特に2019年以降は重要視していったという。
例えば、アニメだと1作品につき毎週24分弱の映像が更新されれ、さらにサブスクによって最新作も過去作も好きなだけ見られる。また、VTuberは1人につき週に数時間の生配信をするケースもあり、かなりのコンテンツ量を提供している。
対してスマホゲームは月に数回、イベントやストーリー、キャラが追加更新される程度。1ヵ月のスパンで見ると提供されるコンテンツ量はそれらに比べて圧倒的に少ないと言える。
「『天華百剣 -斬-』が開発された2015年~16年の時点では、ここまで多種多様なコンテンツがスマホ画面を奪い合うという事は想定されていなかったので、ゲームのプレイサイクル設定が完全に時代に合わなくなってきた」とナカムラ氏。「1ヵ月のスパンで、どんな風にコンテンツを提供できるのか、そしてプロモーションをどのようにコンテンツ化できるか? 元々あったプレイサイクルをベースにするしかないものの、2019年以降は特に提供量と提供頻度を意識して全体スケジュールを組み立てていったそうだ。
▲定期的なコンテンツの提供量=短期的かつ定期的な期待感の量を意識したスケジュール。
期待値のリスクヘッジ
運営が提供する情報をプレイヤーがどう受け取るかは千差万別だが、「その中でよくあるパターンとして、期待していたものと悪い意味で違ったというもの」とはナカムラ氏。これは、未来への期待を生命線としていた本作の運営にとっては致命傷にもなり得るリスクであり、絶対に避けなければならないと考えていたという。
その為、特に重要視していたのがPレターでの情報提供と詳細説明だった。特に周年のタイミングでのPレターでは、「この先1年間はこのようにやっていきます、こういう予定です」と発表。翌月にアンケートを実施し、そのフィードバックを翌々月のPレターで行う、という流れを最も重要なものとして捉えていた。
「Pレターで詳細なことを説明すればするほど、ファンもアンケートに対して熱く答えてくれるという所で、自分が年間で持っているタスクの中で一番大きなものでした」。そう当時を振り返ったナカムラ氏は、プレイヤーからの膨大なアンケートのコメントに全て目を通して系統ごとにまとめ、その上で必要なものについてコメントや補足をしたり、訂正、追加説明等を行っていった。
▲アンケートに対するでフリーコメントは、文字数だけを計算しても多い時で50万文字。それ以上の年もあり、普通に本を5冊くらい読むレベルの文字量だったそうだ。
また、Pレターでこの先1年の方針を発表する際、その時に必要以上に期待値のハードルが上がらないように注意したそうだが、「それでも勘違いされてしまったり、そこまでは言っていないんだけどな、というレベルのポジティブ過ぎる受け取られかたも発生した」そうだ。
そこでポイントとなるのが、期待値のリスクヘッジ。
ナカムラ氏は「期待値のハードルを適切な高さにキープするという所で、プレイヤーの運営に対する採点方法を常に加点方式になるよう心掛けた」という。思っていたより悪い意味で違った、というマイナス印象を積み重ねると、採点方法が減点方式になってしまうのだ。
「この部分はイケてないね、という減点方式だと何をやっても±0が最高得点になってしまい、運営としては苦しい状態。逆に、概ね期待通りだけど、この部分は予想外に良かったという小さなプラス印象を積み重ねる加点方式になるよう心掛ける事が、運営として良い環境を築く為のベースになると思う」とナカムラ氏は話した。
最後に語られたナカムラ氏の思いの丈
「『天華百剣 -斬-』の運営について、サービス終了から1年が経った今でも心残りが2つあります」と口にしたナカムラ氏。
1つは「最大の心残りは、サービス終了させてしまったこと」。また、サービス終了に際してどのようにファンとコミュニケーションをとって、どういった段階を経てサービス終了を伝えれば良かったのか、その答えがいまだ見出せないという。急に伝えたり、どんどんコンテンツ量を減らしていってサービス終了の空気を出してから告知するなど、パターンなど様々あると思うが、どういう状況、どういうパターンがベストなのかは、考えているが答えは出ていないとした。
もう1つの心残りは、「オフライン版を残せなかったこと」。サービス終了告知をしてから、多くのファンからオフライン版を望む声が寄せられたそうで、なかには「クラファンするからそれで何とかしてください!」という提案もあったという。ナカムラ氏自身もオフライン版として残したいと模索したが、ついに実現させることはできなかった。
「これは多くのタイトルにも言えますが、本作の場合、オフライン版を残すにあたって最大のネックだったのが、サーバー側で処理していたデータ群をクライアント側で処理する形に変更するという所でした」とオフライン版を断念した理由を明かしたナカムラ氏。そして、「こうした大きな変更は基礎設計から想定しておかないと、対応が非常に難しい。仮に対応するとしても大きな費用がかかってしまう。ですので、開発初期段階や運用中でもまだ余裕がある段階でオフライン版への移行について具体的に想定しておく必要があるのかなと。個人的にオススメだなと思っているのが、初期設計のタイミングでオフライン版への移行を前提としておいて、コードレビューを行ってスムーズかつ低コストで移行できる状態を常にキープしておくのが理想」(ナカムラ)と続けた。
最後にナカムラ氏は、「なぜオフライン版を残したかったかというと、スマホゲーム全体の特性として、サービスが終了すると何も残らない。かつ、そのことでサービス中に費やした時間、お金が無駄になってしまうと感じてしまう所がかなり課題だと思っています。だから、スマホゲームで遊んだ時間が遊んでいただいた方々にとって良い思い出として残るような、より良い方法を模索していきたい。スマホゲームを含む運用型ゲーム全体にとっての課題について、今後も継続的に考えていきたいと思っています」と語った。
会社情報
- 会社名
- 株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)
- 設立
- 1999年3月
- 代表者
- 代表取締役会長 南場 智子/代表取締役社長兼CEO 岡村 信悟
- 決算期
- 3月
- 直近業績
- 売上収益1367億3300万円、営業損益282億7000万円の赤字、税引前損益281億3000万円の赤字、最終損益286億8200万円の赤字(2024年3月期)
- 上場区分
- 東証プライム
- 証券コード
- 2432
会社情報
- 会社名
- 株式会社KADOKAWA
- 設立
- 1954年4月
- 代表者
- 代表執行役社長CEO 夏野 剛/代表執行役CHRO兼CLMO 山下 直久
- 決算期
- 3月
- 直近業績
- 売上高2581億900万円、営業利益184億5400万円、経常利益202億3600万円、最終利益113億8400万円(2024年3月期)
- 上場区分
- 東証プライム
- 証券コード
- 9468