特例子会社という会社をご存知だろうか。特例子会社とは、障がいのある方の雇用の促進、そして安定を図るために設立された会社を指す。一定規模の企業では、障がい者雇用を義務付けられているが、障がい者がより働きやすい環境の実現として特例子会社を設立する企業もある。
2023年1月、厚生労働省の労働政策審議会障害者雇用分科会にて、障がい者の法定雇用率を現在の2.3%から段階的に引き上げ3年後に2.7%とすることが決まった。
誰もが生きやすい社会の実現が求められており、ゲーム業界各社においても、より働きやすい労働環境の改善などが求められている。
そんなゲーム業界でも、特例子会社を設立し、多くの方に社会参加と活躍の場を提供していく取り組みを行なっている企業がある。
グリーのグループ会社であるグリービジネスオペレーションズもその一つであり、2012年に設立された企業だ。
一定数の従業員を抱える企業であれば、障がい者雇用の義務があるが、課題を抱えている企業も多い。そんな中、グリービジネスオペレーションズではどのような取り組みが行われているのであろうか。
今回gamebizでは、グリービジネスオペレーションズの代表山本千晴氏にインタビューを実施。ゲーム企業の特例子会社としての取り組みやその想いについて聞いてみた。
ただ法定雇用率を満たす為でなく、様々な人が活躍できる場所として
――:まず簡単に、グリービジネスオペレーションの業務内容についてお聞かせいただけますか。
グリービジネスオペレーション(以下、GBO)は、特例子会社なので基本的にグリーグループ各社から委託を受けたものに対してサービスを提供しています。
仕事内容としてはグリーグループのゲーム・アニメ事業、メタバース事業、コマース事業、DX事業など他の子会社を含めて様々な業務を私たちで請け負い、サービスを提供しています。
今では、一ヶ月に250種類ぐらいの業務をグリーグループから請け負っている形になります。
――:メンバーの方々は何名ほどいらっしゃるのでしょうか。
2023年6月時点で障がい者手帳を持つ社員が50名となり、そこに管理部門のスタッフが加わり約60名の組織になります。
――:GBOはいつ頃から設立された会社でしょうか。
2023年6月で11周年を迎え、2012年に設立された時、私はちょうどグリーグループに入社した頃でした。
設立当時、私はまだGBOに参画していなかったのですが、人事側としてどういった制度ができるのか、法的な部分はどうなっているのかなどを一緒に相談しながら関わってはいました。
――:設立背景はどういったところからだったのでしょうか。
上場企業では法の要請として必ず考えることなのですが、障がい者雇用の法定雇用率を満たす必要があります。
ただ、当時のグリーは障がい者雇用に関してノウハウもなく、どういったことを考えないといけないかとか、どういった設備や環境を整える必要があるのかも分かっていませんでした。
また当時は、ソーシャルゲーム市場も盛り上がっており、会社全体としても人員が急拡大していたので、マネジメントもままならない状況でした。
そういった体制では、せっかくグルーグリープに入っていただいても能力を発揮できない可能性が高いです。ですから、ただ雇用率を満たすだけでなく、しっかりと働きやすい環境を考えることができる体制を築こうとして特例子会社が設立されました。
――:障がい者雇用というと、他社では目の不自由な方をマッサージ師として雇用するケースなどもありますが、会社として立ち上げるのは珍しい印象です。
目が不自由な方をマッサージ師として雇用することは当時も行っておりました。その当時から今でも、障がい者雇用の実態として、身体に障がいをお持ちの方の方が雇用が進んでいた背景があったんですよね。
ですが、障がいをお持ちの方の中には精神疾患の方もいらっしゃいます。私の身内にも発達障がいを持つ者がいますし、世の中には様々な方がいますよね。
特に発達障がいをお持ちの方はITの仕事と親和性が高いと考え、事業貢献できる活躍の場を築くため、特例子会社として体制を築いていくことに至りました。
はじまりは地道な社内営業から…会社も個人も成長していける環境を目指して
――:2012年設立ですと、もう10年以上となります。現在の体制となるまでに苦労したことなどはありましたか。
会社設立の経緯が、法定雇用率を守るという発端ではあったので、「何を業務としようか」といった点は設立と平行して考えていくことになりました。
そこで、まずは人事部門の作業を請けることからスタートしました。紙のデータをPDF化するとか、シュレッダーにかけるなどの仕事です。
どんな会社でも、いきなり重要な仕事は新しい取引先や社員に任せません。子会社だからと無条件に仕事が貰えることはないはずです。
一方で、能力が高い方がいても、彼らが仕事をしていてやりがいや自己肯定感を持てるか、成長力を持てるかというと、設立当初そういった仕事は少なかったため、その点は課題でした。
▲厚生労働省「平成 30 年度障害者雇用実態調査結果」より抜粋。多くの企業が雇用するにあたっての仕事や環境を用意することに課題感を抱えているようだ。
設立当初は実績がないので、地道に仕事を獲得してこなしていくしかなく、GBO側の人間とグリーの事業側の人間が密にコミュニケーションを取り、営業して仕事を獲得していくやり方をしていました。
――:そういったところは新規事業やベンチャー企業の黎明期と変わらない地道な活動からだったのですね。
はい。そしてそこで重要だったのは、対応したことのない業務でもチャレンジさせてください、と声をかけていったことです。
そうしているうちに、段々と変化が出てきました。グリーグループ内でも「その業務、GBOに相談できるよ」とか「GBOのアウトプット、良かったよ」といった声を共通認識として持ってもらえるようになりました。
最初は人事部門の仕事を請けることが多かったのですが、徐々に事業部門の仕事も増えるようになりました。
――:実績から信頼に結ばれていったのですね。
現在GBOの管理部門にいるスタッフには、事業部門にいた者もいます。
ですから、どの事業にどういった業務があるのか、そしてどういった工数に困っているのかなどの理解がかなり解像度高く把握できていました。
そういった課題感を持っている部署に営業に行くことで実績を積み、社内の口コミで「GBO良いよ」とどんどん広がっていく良いサイクルが出来上がり、今では月に250種の業務まで増やすことができました。
――:250種はかなりの業務バリエーションですね。
おかげさまで様々な業務に携われるようになりました。業務の選択肢が増えたことにより、Excelがすごく上達した社員や、元々使えなかったIllustratorやPhotoshopを活用して制作の仕事ができるようになった社員もいます。
これは会社のビジョンでも掲げているのですが、やっぱり社員には成長してほしい。会社の成長の他に、個人の成長や得意なことを見つけて伸ばしてほしいという想いがあります。
昔は単純作業の仕事が多い時期もありましたが、今は幅広い仕事があり、自身の得意分野や好きなことが見つけやすくなっています。
マネージャーが社員と密にコミュニケーションをとり、できるだけ得意な部分での業務アサインをするように意識していたり、業務の幅が広がったことで会社全体に良いサイクルができていると思いますね。
社員が継続的に働けられるように…誰でも働きやすいと思える配慮を
――:11年となると、一つの企業としても長らく活動されている印象ですが、他にもGBOとして意識している点などはありますか。
障がいを持つ方によっては、電車に乗ることが困難な方もいれば、人の視線に敏感な方もいますので、様々な面で配慮をしています。
例えばGBOではコロナ禍を経て、自宅でのフルリモートという働き方に舵を切ったのですが、そのきっかけは私が社員と1on1ミーティングをした際に、「通勤時にトラブルに遭って通勤自体が大きな負荷になることが多かったが、在宅勤務だとそのストレスがなくなり働きやすい」という声があったからでした。
また、コロナ禍初期から在宅勤務に切り替え様子を見ていたのですが、出社によって日々発生する様々な違和感が減り、仕事に集中しやすくなった、というポジティブな声が他の社員からも複数あり、実際に勤怠が安定する社員も増え会社全体での生産性も上がったため、グリーグループの中でGBOだけ独自ルールとしてフルリモートを導入することになりました。
しかしフルリモートですと、中には孤独を感じる方もいます。そのため、毎朝全社員でオンライン朝会を開いたり、チームミーティングの場を増やしたり、マネージャーや私以外にも、社員からニーズがある場合は外部コンサルのカウンセラーとも相談できるようにしたり、コミュニケーションをとる機会は、より意識するようにしています。
特に外部コンサルとの面談は、業務以外のことを相談してもらう場として活用してもらっています。
例えば、実家を出て一人暮らしがしたいけど、どうやって独り立ちしたらいいのか分からないとか、障害年金をもらえていない、など相談内容は様々です。
通常、そういった個人の不安は会社ではあまり介入できません。ただ、生活基盤が健全に整っていないと、業務パフォーマンスに影響が出てしまうのも事実です。
会社としてどこまで社員のプライベートな問題に踏み込んで良いかという悩みはありました。ですが、彼らが安定した生活基盤を整えることが継続的な就労につながるので、今では外部カウンセラーに入ってもらい、社員の仕事以外の悩みも相談できる場があることで、また前向きに働けるようになるといったサイクルを作りました。
――:生活上の不安などにも相談を受けるようにしているのですね。
私がGBOに入った際に感じたことは、仕事を用意するだけでなく、マネジメントの内容もしっかりと考えるべきだということでした。
発達障がいを持つ方の中には、日々の生活で変化が起きると他のことは考えることができないといったような、変化に敏感な方もいます。ただ、こういったことは大なり小なり、誰にでも起こりうることだと思います。
あくまで濃淡の違いだと思いますので、それぞれ配慮していくだけのことです。ですから、日々の生活に関わることでも相談できる場もあるべきだと考えています。
しかし、多様な人がいる中でのコミュニケーションとなりますので、マネジメントの観点からすると大変な場面があるのも事実です。
様々な人がいるため、マネージャーは色々なケースを配慮しなければなりません。逆に社員は相談事をマネージャーにはうまく伝えられなかったり、内容的に話しづらい場合もあります。その結果、社員もマネージャーも疲弊してしまう、ということもありえます。そういったことを回避するためにも、外部のコンサルによるカウンセラーを入れました。
社員にとって、マネージャーたちは相談できる相手でもありますが、コンサルにも相談して良い。マネージャーとしても、コンサルに相談を一部引き受けてもらえることで、社員それぞれのことを考える時間が増える。
そうすることで、マネージャーが一人一人と向き合う時間が増え、結果、本人たちが仕事や成長に専念できる機会を増やせるような循環をつくるようにしました。
――:そういった取り組みは特例子会社ではよく見られる取り組みなのでしょうか。
珍しいと思います。外部のコンサルの方からも珍しいと聞いていますし、このモデルは他でも展開したいとおっしゃっていました(笑)。
――:継続的に働ける環境を作るというのは、確かにどの企業にとっても良い取り組みでしょうね。
”いつかの自分が生きやすい社会”を目指して日本全国で機会を広げたい
――:今後の展望についてもお聞かせいただけますか。
まず我々GBOが活動して気がついた事は、障がいを持った方の可能性は大きい一方で、この方達の力を引き出せていない現状が日本中にまだたくさんあるということです。
東京ではまだ障がい者雇用が進んでいる方とは言え、大阪ですら東京の10年遅れと言われています。
▲地域別の特例子会社数(厚生労働省「特例子会社一覧」よりグラフは制作)。直接的に「特例子会社が少ない=障がい者雇用を促進していない」という訳ではないが、東京とその他地域で乖離があるのは事実だ。
つまり、日本中に可能性を持った方がいるのに就職口がないという実状があるのです。
GBOでは、大阪のある自治体と共同で、その地域の就職できていない障がいを持った方たちをマッチングしていただき、採用活動を行うという試みを行なっています。
今まさに、大阪在住の社員が入社したばかりなのですが、今後も関東圏以外に在住で、能力を活かせていない障がいを持つ方たちに、就労の機会をもっと提供したいなと思います。
また、今は特例子会社として100%グリーグループの業務のみになりますが、様々なノウハウが溜まってきたので、外部の企業様のお仕事も依頼されるようにしていきたいですね。
外部からの受託によって一企業として適切なサービスを提供し、利益を上げるのであれば、グループにとっても良い取り組みだと思いますし、それが社員の成長や新しい可能性に繋がればとも思います。
また、私たち以外にもこういった会社が増えていけばいいですよね。特に、ゲーム業界はフルリモートでも取り組める業務も多いと思います。
地方創生や可能性を持った方を採用できる機会でもあるので、より広がっていけたら幸いです。
――:最後に読者に向けて一言お願いできますか。
結局のところ、障がいを持っているかどうかというのは、グラデーションの中の位置にすぎません。
私自身も色々な生きづらさを抱えていますし、多分みなさんも大なり小なりの生きづらさを抱えているのではと思います。
障がいの定義とは、個々で抱える生きづらさが社会生活の営みの中でどれだけ支障になるかの違いであり、発達障がいをお持ちの方は、この現代社会においてその支障が大きいだけだと私は考えています。
例えば5年後の社会では、発達障がいの方にとっては全く支障にならないことが私にとって大きな支障になるかもしれない。
自分がそのグラデーションの中のどこかにいるという認識を持つだけで、多様性に対する理解がぐんと広がると思います。
“自分とそれ以外の障がいを持っている方”ではなく、自分も何かしらの生きづらさを抱えており、そのグラデーションの濃い薄いだけだと。その濃い薄いも時代が変われば濃さが変わってくる程度だと思っていて、本当に自分ごととして考えてみていただきたいなと思います。
障がいを持つ方が生きやすい社会というのは、すなわち“いつかの自分が生きやすい社会”であるはずなので、繰り返しになりますが、障がいについて身近な自分ごととして考えてみること、それがより良い社会に繋がっていくことだと私は思います。
――:ありがとうございました。