2023年8月30日(水)~9月2日(土)の期間、東京工科大学八王子キャンパスにおいて、「Entertainment Computing 2023」(主催:情報処理学会 エンタテインメントコンピューティング研究会)が開催された。
このイベントは、エンタテインメントコンピューティング(EC)の為の新技術、ECの新しい可能性、ECと人や社会とのかかわりなどをテーマとする学術会議として、2003年より毎年開催され、今年21回目を迎えた。
今年のテーマは、エンタテインメントの本質を改めて考えなおすという意味を込めて「Re: entertain」となっている。そしてEC2023開催2日目となる8月31日、エンタテインメントのアカデミックと産業界をつなぐための企業ランチョンセミナー「Re: collaboration」が行われ、産業界のプロ、EC研究者、EC研究に取り組む学生が一同に会して、3者各々が連携して価値ある真価・進化・深化をだしていくべく、忌憚なく意見をぶつけ、未来につなぐ第一歩のミーティングに臨んだ。
今回、産業界からは、穴吹健児氏(バンダイナムコスタジオ 第3スタジオ第3グループ グループリーダー/プロデューサー)と田川勝也氏(アカツキゲームス 執行役員)が招かれ、EC研究者として、松下光範氏(関西大学 総合情報学部 教授)、栗原一貴氏(津田塾大学 学芸学部 教授)、湯村翼氏(北海道情報大学 情報メディア学部 准教授)、阪口紗季氏(東京都立大学 システムデザイン学部 助教)の4名が参加。
「EC研究分野は産業と密接に関わる研究分野である一方、海外の様子と比べると産業とアカデミック間での知識、技術の共有、人材の循環が上手くいっていないところもある。その風通しを良くするために、このセッションを行うことになった」という山西良典氏(関西大学 総合情報学部 准教授)と、馬場保仁氏(ファリアー 代表取締役)の進行のもと、ミーティングが始まった。
今回、参加する学生に対してエントリー段階で事前アンケートを実施。現状考えている進路を見ると、参加者の75%はエンタメ系に進路を考えており、その中でも40%がゲームと回答し、この研究会におけるエンタメ系企業への関心の強さをうかがい知ることができた。
また、「ECを含めていま学んでいる事が何に活かせるのか?」など、学生たちのエンタメ業界就職に対する不安もさまざまあるようだ。
そうした不安は、いわゆる情報不足から来ていると考えられる。今回のミーティングでは、学生たちが抱えるゲーム業界に対する疑問について企業サイドが回答。そこからどんなのスキル、メンタリティーが求められるかなど企業のニーズを聞く事ができ、さらに指導者側もどのような指導をしていくのか、それに対して学生自身がどうすべきかを改めて考えて、気づくためのキッカケ作りの場になった。
上のスライドは学生のアンケートからピックアップされたゲーム業界に対する質問。各項目について、穴吹氏と田川氏が自身の、そして自社の事例を交えて答えていった。
その中で特に大学サイドが興味を持ったと思われるのがスキルに関する話だった。「モバイルゲームは、業界が変化するスピードが個人で積み上げるスキルのスピードよりも圧倒的に早い」と田川氏。
2010年代初頭に『パズル&ドラゴンズ』がパズルゲームとして人気を博し、その数年後には『白猫プロジェクト』のようなモバイルで手軽に遊べるアクションが流行ったという時代背景を例に挙げ、「ここ10年程度でもこれだけの変化がある為、求められるスキルセットも全然違ってくる。さらにデバイスの進化にも対応して、自分達も改めて学び直す必要がある」とした。つまり、1つのスキルを得たからといって、同じスキルだけで10年間食べ続けられないため、学び続ける事が重要であり大変な部分だと説明した。
それに対し「アカデミックの立場では10年、20年枯れないものを育てるというところも大きい。これまで学んできた基礎やスキルも大切なのではないか」と松下教授。時代の変化とともに枯れていったとしても、スキルを蓄積したからこそ活かせる事もあるのではないか、業界の変化のスピードばかり意識すると学生は大学での学びはそこそこに新しいゲームを遊ぶようになってしまうのではないか、とした。
松下氏の危惧に対し、「ゲームデザイナーやアーティストなど職種によって違ってくる。特にエンジニアは新しい事をやっていかなければいけないが、基礎知識は身についていることが大前提」と穴吹氏。自社を例に、アーティストであればベースとなるツールを使いこなせる事が大前提で、基礎的なデッサン力も必要になってくるという。また、ゲームデザイナーなら自分の考えを他者に伝える事が仕事となるので「これは良い、これはおもしろい」ということを言語化して伝えることや、アウトプットしたものを伝える能力は、時代に関係なくずっと必要なスキルとした。
基礎については田川氏も「時代が変わるからこそ根本となるスキルは大事だと思っている」と賛同。特に自身の経験も踏まえて「自ら仮説を立てて論文を書いた経験は重要」で、ゲーム業界でも大いに活きてくるという。例えば自分がエンタメを楽しむ際に何でお金を払うのか、それをどうすればゲームに応用できるかという仮説を立てる、という力。
「そこがしっかりできないと、どんな時代でも対応できない。最先端技術だけでなく、日々の消費活動の中でなぜ課金したのか、そこを言語化して他の人に伝える。変化のスピードが速いからこそ、そういった時代に左右されない基礎スキルの重要性も相対的に上がってくるのかなと思う」(田川)。
アンケートの質問項目を一通り終えた後、大学側から企業に聞いてみたいことをテーマに話し合われた。
その1つとして、ECはエンタメを作るだけでなく、分析したり(振動がゲームにどんな風に影響するか、など)アイデアを創出するという研究もあるそうだ。では、例えば分析を中心に学んできた学生がゲーム業界を志したとき、企業はその人のどういったスキルを見るのか? あるいはゲームに直接は関係の薄い研究をしている学生が企業にアピールできるものはあるのか? という質問が投げかけられた。
それに対し穴吹氏は「具体的にどういう技術なのか内容による」と前置きしつつ、有効に活用できる部分もあるとした。曰く「企業の受け入れ先の開発しているタイトル、得意なジャンルにもよるが、ある分野を研究、分析して“なぜそうなったかというとこうだから”と言語化できる力は分野に限らず大事なので活用できると思う」(穴吹)。また、「弊社には分析官という職種があって、どんなものがリアルタイムで受け入れられているか分析している。ゲームを作った経験がない人でも活躍できる場はある」と加えた。
ゲーム業界でよく見受けられるのは、データ分析を主とするメンバーが、外部から客観的に見て“これはこうです”と伝えるも現場に響かないというパターン」とは田川氏。その理由について、原因と仮説、原因と結果、考察がつながっていないので結果論に聞こえてしまうそうで、「そこを踏み込んでいかないと、事後的にデータを分析するだけではゲームでは活躍できない」という。その為、面接時は数字を分析する力があって、さらにその前後を考えて仮説をたてて考察できるかを見ているとのことだ。
また「いまのモバイルゲームはプランナーも数字は使えないといけないので、データを客観的に分析し仮説を導くことはベーシックなスキルとして求められる」とし、さらにデータを読み解く力を持ちながらも、自分の主観体感を織り交ぜた話をできる人だと望ましい」と説明した。
こうして、約90分のランチョンミーティングは、熱を帯びた議論が行われる中、あっという間に終了。
最後の締めの挨拶でも、次年度の実行委員長である湯村氏から「EC分野の学校、学生、教員がどう貢献できるか? エンタメ企業の皆さんにとって、どんな人材スキルが必要とされているか?など、「互いを知る」貴重な第一歩となったと思います。今後も更に情報共有して互いが歩み寄り、ハッピーになれるよう次年度もぜひ、ランチョンミーティングを開催したいと思いますので、その際には2社様ともこれに懲りず、北海道ですが、ぜひお越しください!」と会場が大きな笑いに包まれる中で締め括られた。
大学と企業がコミュニケーションをとり、お互いのポジションを明確にしてディスカッションするという貴重な場に参加した学生たちはもちろん、企業、教授陣も、未来につながる第一歩を踏み出すことができたはずだ。
▲最後に、湯村准教授が来年のイベントの実行委員長を務めることが発表された。