“日本系"NFT世界トップAzuki、ハリウッド経営者を迎えてファンダム文化から日本IPを広げるプラットフォームになる 中山淳雄の「推しもオタクもグローバル」第102回
Azukiは2022年1月に「忍者」や「侍」などの日本的なモチーフをSF、サイバーパンクが入り混じったようなキャラクターの10,000点のNFTコレクションを発表。アニメにインスパイアされたそのデザインが秀逸で3分間で即完、売上は36億円にもなった。その後も2次取引で25億ドル(約4000億円)もの取引がなされてきて、その数字たるやOpenSeaでみればBAYC(Bored Ape Yacht Club)の次、つまり世界で2番目に売れたNFTコレクション企業である。Azuki自体はたった40名のベンチャー企業に過ぎず、今回はそのAzuki社に「ハリウッド界」の最前線であるFOXやCJエンターテイメントの役員を歴任したSteve Chung氏がCOOとして就任したというニュースが界隈を賑わした。日本ではまだ実例がないといっていい「メディア界トップ人材がWeb3に流れる」構図がどうやって起こりえたのか、Steve氏に伺った。ちなみにSteve Chung氏は日本メディアでのインタビューは初になる。
【主な内容】
■世界トップ級のNFTプロジェクトが“日本アニメ"で勝負をする
■ホワイトハウスでみた「意思決定の輪」、FOX・CJ ENM時代から感じていた日本アニメのポテンシャル
■General Entertainment is dead。ファンダム時代に向けて今北米がアジアに求めていること
■世界トップ級のNFTプロジェクトが“日本アニメ"で勝負をする
――:自己紹介からお願いいたします。
Steve Chung(スティーブ・チャン)と申します。最近までFOXや韓国のCJ ENM(CJエンターテイメント)で働いてきましたが、この6月からAzukiのCOOとして入社しています。
――:Azukiは2年前に鮮烈デビューしたNFTプロジェクトでした。米国発なのになんでこんなに“日本的"なのかと。日本企業でもないし、関わっている日本人がいるわけでもない、本当にミステリアスな立ち上がりでした。
日本アニメのファン達が始めた企業なんですよ。Azuki(小豆)という名前も日本語に由来して“豆"からブランドを成長させるというプロジェクトでした。Activision Blizzard のOverwatchのキャラクターデザイナーがAzukiアートを担当し、それをNFTで販売したんです。日本のアニメ文脈と米国のストリートカルチャー文脈が融合した面白いスタイルがヒットの理由でしたね。
――:先日アニメを発表されていました。NFT発のテレビアニメは日本だと『忍ばない! クリプトニンジャ咲耶』(2023年10月)もありますが、米国NFTでは初めての事例です。
8分間のアニメをちょうど2カ月前に発表しました。こちら、YouTubeでの視聴数は170万回ですが、中国でWeiboなどでも展開していて、世界で合計すると500万回ほど視聴されました。我々の想定していた以上の数字で見られています。
――:日本アニメというとどうしても放送・配信のフォーマットにあわせた「TVアニメ」という枠ばかり考えてしまいますが、AzukiのYouTubeをみると、様々な形式でコンテンツを出されてますね。
2.5次元のショートアニメストーリーを作ったり< https://youtu.be/8JrdKfvTUHc> 、AzukiのキャラクターがAIを活用して ライブストリーミングしたり、音楽を配信したりとコンテンツを出し続けています。
――:正直2022年半ばから「クリプトの冬」と呼ばれ、以前取材したAxie Infinityもそれから2年間は“潜伏期間"のような状況を続けています。Azukiも毎月数億ドル(数百億円)の取引があるような時代から、最近は月数百万ドル(数億円)くらいで底打ちしておりますが、現在はどういう状況でしょうか?
フェーズごとに考えるべきだと思っています。我々にとってPhase1は2022年初頭にPictureとしてNFTコレクションを発表しましたが、ここ最近はPhase2としてアニメを出したり、コンテンツを提供していくことで、ファンダムを固めています。Phase3はまさにそれが私がアサインされた理由でもありますが、そうしたGarden(Azukiのファンダム名)をホームとしながら、自社の1st Party IPだけではなく、日本の他のIPが米国含めた世界に展開するときのプラットフォームにしていきたいと思っています。
――:プラットフォームというのはどういうものを想定しています?今アニメファンはCrunchyrollで動画をみたり、My Anime List(MAL)でレビュー書いたり、Redditで話したりとしていますが。
自社だけで完結するものではないです。まだ詳しくは言えませんが、将来的には、MAL やCrunchyrollやRedditなど既存のサービスとも 連携しながら、北米のアニメファンの向けのプラットフォームを作りたいと考えています。Azukiのなかで醸成されたコミュニティがまたほかのプラットフォームでより深く日本のコンテンツとつながり、それがまたGardenに戻ってきたり、そうやって複数サービスが折り重なりながらファンダムが広がっていくことが理想だと考えています。今は日本IPのまわりで形成されるパイをどんどん大きくしていくフェーズだと思っています。
――:Azukiって会社としてはどのくらいのサイズで運営されているんですか?
現在40名程度の組織です。社員はGoogle、Amazon、SnapchatやActivision Blizzardなどから来ていて、私の古巣のゴールドマンサックスの出身者もいます。日本人はアドバイザーの鳩山玲人さんとあと何人かはいます。ただまだ少ないので絶賛募集中です。
20代~30代前半が中心の若い会社で、45歳で入社したばかりの私が一番最年長なんです笑。
■ホワイトハウスでみた「意思決定の輪」、FOX・CJ ENM時代から感じていた日本アニメのポテンシャル
――:GAFAにいた日本アニメファンが始めたAzukiというのは知っておりましたが、今回ちょっとSteveさんのようなハリウッド第一線で活躍されていたExecutive層が入社されたのは驚きでした。Steveさんはどんなキャリアを歩まれてきたんですか?
はい。私は1978年に韓国生まれで、7歳の時に移住してからずっとアメリカ暮らしでした。2001年にゴールドマンサックス(GS)入社後に、中国の会社(Pan MediaのCOO)や投資家をしていたり、自分で会社を立ち上げたりしながら、長く「ハリウッド」界に身を置いてきました。直近はFOX(FOXテレビのCDO)や韓国CJENM(米国法人社長)におりました。
――:輝かしい経歴です。最初からメディアの仕事を希望されていたんですか?
いえ、実は最初は国の仕事に就きたかったんですよ。ハーバード大学でも政治学を勉強してましたし、幸運なことにインターンで受かってホワイトハウスで仕事をしていました。そのThe West Wingでの仕事が刺激的で、米国大統領が何かを見て判断するまでに、その報告書は何百人、何千人という人の手をわたってようやく届くものなんです。でもその意思決定となると、その部屋の中にいる数人~数十人だけでなされるわけです。大学生ながら、そのダイナミズムを体感して、意思決定の輪の中にいなくてはならない、と思いました。
――:まさに“House of Cards"の世界を体験されてきたのですね。ハーバード大卒、ホワイトハウスでインターン、ゴールドマンサックスに新卒入社して、スタンフォードでMBA取得し、起業家を経て中国・韓国メディアの米国役員を歴任。そんな人が、日本のアニメも見たりするものですか?
幼少時代は結構日本アニメ見てましたよ。「機動戦士ガンダム」とか「超電磁ロボ コン・バトラーV」「マジンガーZ」とか。韓国語に吹き替えられていたので、それが日本産であるということは後で知ったのですが。米国にきてから読んだものだと、実は一番大好きなマンガが「将太の寿司」なんです。米国で出版されていた韓国語バージョンを読んだんですが、あまりに面白すぎて一気見でした。寿司に対する深い知識、米と海苔の奇跡のコンビネーション、毎回の話が驚きと知識の連続で、あれで寿司への向き合い方がずいぶん変わりました。
――:まさかコンバトラーVと将太の寿司がでてくるとは予想してませんでした笑。日本のアニメにポテンシャルを感じますか?
面白い話があります。FOXにいたときに、同じ役員でいわゆる「白人男性」のアメリカ人がびっくりした顔で話すんですよ。いま大学にいっている娘が(それもアイビーリーグのトップエリート校)、最初にルームメイトと話す話題がなくて困ったときに一番盛り上がったのが日本のアニメの話だったと。自分には全く理解できないと笑。でもそのくらい日本のアニメには「何か、いまキテいるな」という感覚をその5-6年前の時代から感じていて、CJENMにいたときの経験もあわせて、今回Azukiのオファーがあったときに合致しました。
――:たしかにこの5-6年OTT(動画配信)のお陰でびっくりするところまで広がっています。しかし、Azukiもトップ企業とはいえWeb3業界はまだまだきなくさい印象をもたれがちです。よく、今回は転職を決意しましたね。
実は大きな会社には所属していたんですが、JD(Job Description:職務概要書)がはっきりしていないポジションばかりだったんです。GSでも1人目のポジションだったり、起業もしていますし。「AzukiのCOO」というのも、もともと前任がいない新設ポジションですから。だからあまり違和感なく入ることができました。
――:なるほど!大企業でベンチャーのような仕事をずっとされてきたんですね。Azukiにはどういうポテンシャルを感じたんですか?
そもそもこの3-4年でOpenSea(NFTトレードの世界最大手プラットフォーム)で取引された総量をみれば、1位「Bored Ape Yacht Club」、2位「CryptoPunks」、3位「Mutant Ape Yacht Club」は全部Yuga Labs社のものです。そう考えると、もう4位のAzukiって世界2位のNFT企業なんですよ(76.4万ETHは現在価値で25億ドル、約4000億円の取引)。しかもYugaと比べて「日本にゆかりをもつNFT企業」としては一番アクセスがよい。中国・韓国企業でやってきた自分としては、これが初めての“フルコミット"で日本とかかわりをもてるポジションです。それが自分自身がもっているミッションと合致したんです。アジアと北米のブリッヂになるような仕事をしてみたい、と思っていたんです。
▲Openseaにおける過去累積の取引高ランキング(プロジェクトベース)、1-3位のプロジェクトがYuga Labs社のものであることを考えると、4位のAzukiが2番目のNFT企業である。
■General Entertainment is dead。ファンダム時代に向けて今北米がアジアに求めていること
――:以前、韓国AstoryのHan Seminさんのお話聞いたことがありますshttps://gamebiz.jp/news/364532 。SMエンターテイメント(韓国トップの芸能事務所)の社長までしていた人が、たった50人のドラマ制作会社Astoryの社長に転職されていて、日本ではありえない転職だなと驚いたものです。こういったキャリアの転身は、韓国企業ではよくあることなのでしょうか?
米国でも韓国でもそんなに多いパターンではないです。特にAzukiもWeb3・NFT業界ではトップ企業ですが、メディア企業からするとそれほど知られていません。今日本企業で営業を始めてますが、「Azuki?それは何をしている会社?」というところから説明を始めているところで、本当にこれからという感じです。
でも私は「今だからこそ」と思ったんですよね。なにせハリウッドは現在かつて経験したことのないほどのカオスにあります。
――:2023年のストライキ以降、ハリウッドはいまだに回復していません。人件費は高騰し、プロダクションもリストラ続き。映画の製作本数もいまだ2019年水準には戻っていません。
そうなんです。Bob Iger(ウォルト・ディズニーカンパニーの第5代・第7代(現在)CEOが「GeneralEntertainment is dead(いままでのエンターテイメントは死んだ)」と言っています。もう放送にのせて全面的に展開するようなエンタメは終わってきています。
未来は確実にファンが引っ張る世界になっていて、日本アニメが好き、韓国ドラマが好きというファンダムごとにターゲットをしていく市場に切り替わっていく。だからこのアニメファンダムをAzukiをベースに作っていくことが可能になる時代がきたと思ったんです。
――:Azukiは強いファンダムをもっているとはいえ、ベンチャー企業。今後アニメ制作をしたりといった莫大なコンテンツ投資に耐えられるものなのでしょうか?
そこがデジタルコンテンツの強さですよね。Azukiは十分に強いバランスシートをもっています。マージン10%のMDグッズではなく、マージン90%のデジタルアイテムを主体としてきたので、これまで取引されてきた作品の収益の多くの部分はAzukiが今後ファンダムに投資をしていく余力になっています。ただそのデジタルにはAuthenticity(本物らしさ)が足りなかった。今アニメや音楽など世界観を生み出すコンテンツと一緒になることでそこにAuthenticityをつけていっている最中です。
NetflixもOTTで動画を見せているだけだったのが、ゲームを始めていてデジタルの中で体験を回遊させていますよね。同じように、我々もデジタルにおける経験に複層性を持たせることでファンダムの体験をリッチにしていくんです。
――:谷口さんも「日本のオタクと同じ匂いがした。これだったらやっていけるんじゃないかと感じた」とおっしゃってます<https://youtu.be/YVZoH2p_VaA>。クリエイター同士で感じあえる文化があることもAzukiの強みと感じました。Azukiにはどのくらいのキャラクター、ファンがいるんですか?
Azukiはもともと約1万のNFTキャラクターを作るところから始まりました。現在では5万のキャラクターをもっています。我々にとってのマーベルユニバースのようなものですね。これまでは単にピクチャーに過ぎなかったものがアニメになって、そのキャラクターの背景にあるストーリーや世界観が描かれ始めています。『コードギアスシリーズ』や『ONE PIECE FILM RED』などを手掛けた谷口悟朗さんがクリエイティブプロデューサーとして前述のアニメを作ってくれました。次のエピソードも今後展開予定です。
ファンは8:2で男性が多く、そしてリッチなハイカルチャー層が大部分を占めています。約半分が米国ユーザーで、それ以外の国々にさまざまに広がっています。なにせまだFloor Price(1アイテムの最低価格)が3.98ETH(200万円)ですからね。その1個200万円で購入した何万人のユーザー、売却など含めて周辺で関わっている何十万人のファンダムがベースとなって、今後はAzukiのIPだけでなく、日本のIPを広げていく手伝いができればと思っています。
――:AzukiさんとしてSteveさんとしてこれまで日本企業と一緒にやってきた経験はあるのでしょうか?
Azukiの今回のアニメは電通さんが一緒にやっています。私自身もCJ ENM時代に東宝さんと関わりをもって、彼らにFifth Seasonに出資してもらいました。彼らはビジョナリーだし、勇気をもってリスクテイクをしてくださり、素晴らしい関係が構築できました。 。
ちょうどこれからAzukiの日本支社を作る予定なんです。それで今回も日本出張して、いろいろな日本企業をまわっているところです。ひとまず今は日本のIPの会社さんたちがWeb3にまだ保守的な状況です。そこをAzukiという明確な米国でファンダムをもっている企業と一緒になって「ユーザーへのダイレクトアクセス」をしていきましょうという話を始めています。OTT(動画配信)によってファンができはじめた次のフェーズは、ファンとのダイレクトなつながりを作っていくことがエンタメの世界において重要なことになります。
――:Azuki Japanとして人材募集というところですね!米国企業、中国企業、韓国企業を経験してきたSteveさんからみて、今の日本企業、特に日本のメディア・コンテンツ企業の課題をあえて言うとしたらどういうところでしょうか?
中国企業は共産主義とは思えないくらい“資本主義的"です。リスクテイクという意味では米国企業も顔負けないくらい、アグレッシブで起業家主導主義でした。韓国企業は危機に強い。何度もそうした経験をしてきたからということもありますが、カオスな状況においても選択肢を見出し、クライシス・マネジメントに長けています。
日本企業はそれらとは対照的で、中長期志向に優れ、非常に徹底した企業文化をもっています。ただそれはともすると市場環境が大きく変化するときにはウィークポイントになりやすい。いま世界は非常なる速度で変わってきており、とにかく意思決定をすることが大事な局面です。迅速に意思決定し、リスクを正しく読み解き、変化に対して順応していく。そういう時代だと思います。
会社情報
- 会社名
- Re entertainment
- 設立
- 2021年7月
- 代表者
- 中山淳雄
- 直近業績
- エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
- 上場区分
- 未上場