2025年8月、日中間のIPコンテンツ取引をサポートするIP FORWARD社主催、JETRO・JECEE後援の「成都コンテンツ市場視察ツアー2025」が行われた。アニメ・音楽・ゲーム会社から商社・VC、行政・大学関係者まで中国市場に興味のある40名近い参加者を集めた。今回はこの「成都」という日本人にとって馴染みの薄い地域が日本のエンタメにとってどんな存在になりうるのかを取材を行った。
■中国版“福岡"。住みやすさNo.1で中国人を魅了する“第四の経済圏"
日本人にとって中国でなじみがあるのは下記3地域。「北京周辺」の1.1億人の京津冀(けいしんき)経済圏、「上海周辺」の2億人の長江デルタ経済圏、3億人超の最大人口を有する「広州周辺」の珠江デルタで知られる粤港澳大湾区(えつこうおうだいわんく)、この「三大経済圏」だろう。これらは1980年代の中国が資本主義を取り込む際に、外資誘致を見込んで“経済特区"として繁栄してきた政策都市である。
だが、元来より中国は内陸大国であり、紀元前から13世紀半ばまでの2000年間にわたって首都とされてきたのは長安(現:陝西省西安)や洛陽(現:河南省)などの内陸都市であった。元の時代に初めて北京が首都とされてから、まだ1000年もたってはいない。特にこの「西安」と加えて「成都」が、紀元前からたどっての2大都市であったことが近年わかっており、そこには共通項がある。背後に巨大な山脈を構えて西からの攻撃を防ぎ、広大な盆地での農産業と輸送に便利な川に隣接していること。だからこそ北京に首都を移しながらも、シルクロードの起点となってユーラシア大陸の交通要所として栄えてきたのが西安や成都という都市であった。
2024年から不況期に入り、外需頼り⇒内需シフトする中国全体においてこの成都が所在する四川省に加え、雲南省・貴州省・重慶市の2億人経済圏「成都・重慶経済圏」が“第四の経済圏"としていま熱い。

▲成都周辺は峻険な山脈を背後とした巨大な盆地でまるで「京都」のようだ

▲洛陽-長安-成都から、西側【亀茲(現ウイグル自治区クチャ市)や于闐(現ホータン)を通って藍氏城(現:アフガニスタンのヴァズィーラバード遺跡)からトルコ・欧州へ】と南側【海洋ルートでペルシャ湾・紅海経由でトルコ・欧州へ】
この「成都・重慶経済圏」は全部あわせると8.6兆元(172兆円)、27兆元の長江デルタや12兆元の粤港澳に比べるとまだ半分以下だが、京津冀とはほぼ並ぶ規模になっている。1.2億人・GDP600兆円の日本に対して、人口2倍、経済で1/3といった地域ということになる。
成都の特徴はその歴史と地理的要所性、そしてなんといっても“住みやすさ"だ。「都市商業魅力ランキング」では2016~24年と9年連続で第一位(続くのが杭州、重慶、蘇州、武漢など)、住みやすさも含めた「中国幸福感都市ランキング」に至っては2009~24年と16年連続で第一位(上海や北京はその地価の高さなどもあってトップ10に入らない)と断トツの結果である。物価が安いのもあるし(上海で28元の牛肉麺が、成都では10元!半額以下だ)、公共教育・環境・安全・政府サービスへの満足度もトップクラス。地方部特有の緩やかさがあり、都会に疲れた人々がUターンで成都に居をもとめる流れはとまらない。コロナ後の5年間だけで1658万から2147万と30%も増加してしまったほどの、急激な人口流入都市である。ナイトタイムエコノミーも充実し、バー(3000軒)もカフェ(7000軒)も人口比でいえばずいぶんと充実している。“宵越しの金を持たない"おおらかな気質も、この都市を一大消費地にしている。

自動車保有率は上海より高い中国1位。高級ブランドも続々と成都に店舗を構え、ルイ・ヴィトン社にとって世界トップ3の売上に「成都店舗」が入るほどの勢いだ。それも成都自身が中国におけるインバウンド都市で、沿岸部のお金持ちは観光ついでに物価の安い成都で大量に買い物をして故郷に戻っていく。2022~23年ごろはゼロコロナ政策の反動もあって好景気であった中国経済だが、2024年にはそのバブルがはじけ、一気に不況に入ったと言われる。そこに2025年はトランプ関税による大ショックが起こり、輸出だよりではもはや経済成長はたちゆかない。前回長沙編で語られていたことと同じことがこの成都でも何度も繰り返されており、改めて「国内消費シフト」が湖南省・四川省といった内陸消費都市の重要性が再確認された。注目されているのは成都、武漢、青島、大連といった都市だろう。

▲成都の中心といえるIFS(国際金融スクウェア)、プラダとパンダの彫像がモニュメント



ただこうした事実は日本ではほとんど知られていない。それは成都の「物理的・精神的遠さ」によるものだろう。日本人が2万人在住する上海に対して、成都はたったの300人程度。中国各地には日系企業の商工会議所があるが、上海商工クラブ2176社、大連・蘇州・広州・北京とそれぞれ約600社ずつという沿岸部と比較すると、成都124社、重慶88社という数字が「日本人にとっての第四経済圏の縁遠さ」を物語っている。現状日系で展開しているのはイトーヨーカドー、モンベル、無印良品、ロフト、UNIQLO、CASIO、スシロー、和幸、はま寿司などなど。それなりの企業数は誇るが、ほとんどが小売で中国の他大都市に展開されているのと同様に成都にも展開しているに過ぎない。
実際に成都におりたってみると、驚くのは上海から飛行機4時間の“西の果て"の成都ですら、中国全体では「真ん中」なのである。ウイグルのウルムチまでさらに3.5時間かかり、ようやくカザフスタン・キルギス・タジキスタンとの国境が見えてくる。間寛平のアースマラソンでいえば、フランスからトルクメニスタンまで8か月かかっているが、そのトルクメニスタンからこのシルクロードを通って青島までいくのにさらに6か月がかかった。そのほとんどが中国なのだ。毎日50km、月で1500kmというハイペースで走っても、半年近くかかる広大すぎる中国は「内陸大国」であることに改めて驚く。
■ITとIPの接合都市、国内大ヒットを乱発する大開発地区。エンタメ産業人口30万人
SF小説『三体』(2008)は世界累計2900万部、2015年にはSF・ファンタジーの殿堂ヒューゴー賞をアジア作品で初めて受賞することになった。ゲーム『王者栄耀(Honor of Kings)』(2015)はテンセントのTimiスタジオがうんだMOBA系ゲームの金字塔で、10年たつ現在においても「世界一売れているモバイルゲーム」だ。DAUは1億人、年間18億ドルの売上を誇る本作がIPとコラボし、『Pokémon UNITE』が2021年にリリースされている。そしてアニメ『哪吒(邦題:ナタ 魔童降臨)』(2019)を生んだ成都可可豆動画影視(Chendu Cocoa Bean Animation)は続編『哪吒2(邦題:ナタ 魔童の大暴れ)』(2025)で154億元(約3080億円)という中国歴代No.1の興行収入を成し遂げてしまった。映画史トップ50にハリウッド以外から唯一ランクインした作品であり、『Inside Out2』を30%も引き離す世界アニメ史上No.1だ(9割が本国収入だが。米国で2.2千万ドル、英国で1.6千万ドル興収)。
2015年ごろからの10年間は、中国が内製IP作品で大ヒットをとばし、ProductionのみならずCreativeでも世界に冠する国にならんという目標が具体化した時代であった。だが驚くべきことにこれらが「成都発である」という点だろう。SF、ゲーム、アニメの中国No.1作が成都に集まっているのはなぜなのだろうか?
「四大デジタルメディア技術産業化基地」として産業クラスターに認定され、国家(広電筝曲、文化部、新聞総局、科技部)や地方政府、企業が展開する「動漫基地」のなかでも有数の地区である 。もともと上海の近くに立地する杭州や、深圳といった地域がCreativeにおいては有名だったが、その地価上昇や労働コストのはねあがりのなかで、住みやすい成都などの内陸部に人材が流入していったことも一因だろう。

今回ツアーでまわった「ガゼルバレー」には24万平方メートルの全体敷地のうち4.6万平方メートルの各企業別敷地があり、腾讯(テンセント)、網易(ネットイーズ)、完美世界(パーフェクトワールド)、アニメ・配信ではカカオ動画、千鳥動画、愛奇芸など中国のプラットフォーム企業が立ち並ぶ。成都でCreativeのトップクラスの仕事をするために、と人材集積地域になっており、IT系企業の7-8割がここに集積している、という。64社ほどの著名企業の従業員6000名が入居しており、2024年の全社売上が83億元(約1600億円)。ここから3.5億元(70億円)の税収があがった、ということで中国内でも産業振興の成功事例としてピックアップをされている。いまだ入居率は70%で、有力な日本企業が入居希望すれば大歓迎だ、という。

喧伝されていたのは時代の趨勢のなかで「今、ゲーム産業は中国の時代」という点だ。写真のように、1950年代に欧州の剑桥大学(ケンブリッジ大学)でゲーム研究が始まり、1970年代は街机時代(アーケード)でAtariが業界の黎明を開き、1980年代に日本の任天堂による掌机時代(家庭用)、1990年代にActivision Blizzardの端游時代(PC)、ついに21世紀になって手游時代(モバイルゲーム)がTimiの王者栄耀によって開かれたのだ、という。若干つっこみどころもある表ではあるが、すでに6兆円規模と米国・日本を超えるゲーム市場になった中国が世界のゲーム開発の中心になっている、という事実はもはや周知のものになってきている。


成都発でいうとTimiStudio(2008年設立、「王者栄養」)やSHEER(2005年設立、「第五人格」「陰陽師」「明日之後」「原神」のアート制作を行う1200名以上も抱えるスタジオ)、成都可可豆(2015年設立、「ナタ魔童降臨」(2019)と「ナタ2魔童大暴れ」(2025)で世界トップのアニメ会社になった)に始まり、意外にも多くのヒットアニメ・ゲーム開発会社が列をなす。

成都可可豆については世界トップ級アニメスタジオになったということもあり、観光客が引きも切らない。「写真撮影用」に巨大な看板を置き、以前はフリーで入れた建物も入口はがっちりと鍵がかけられるようになる。だがアニメ企業は可可豆に限らない。1つの大ヒット作はその周辺に豊饒な産業を作り出す。「哪吒」を共に作ったアニメ会社としてMORE VFX(2007年北京設立企業が2017年に成都市にスタジオ設立)、成都声娱Sound-U(2012年設立、音響制作会社)、千鳥文化(2018年設立のアニメ製作)、黒焔影視BLACK GGART(2015年設立、IPインキュベーション、美術デザイン)など多くの会社が本作をステップにして海外案件を受注するようになっている。

成都だけでなく重慶でもアニメ製作は盛んだ。テンセントが出資する彩色鉛筆動画(Colored Pencil Animation)は2018年に日本スタジオを作ったことでも有名になった。彼らが手掛ける「マスター・オブ・スキル(全職高手)」の劇場版アニメは(有限公司中国版のテニプリ(テニスの王子様)とも言われている)、2012年から連載されたプロゲーマーをテーマにした小説がもとになっており、2017年以来2期テレビアニメ化し、Netflixでは実写化もしているメディアミックスの成功作でもある。IPづくりは中国においてもはや「国策」であり、このガゼルバレーでもオリジナルで400作品以上、そのうち1千万人級の大ヒットが8作といかにIPを生み出すCreative Hubであるかを声高に主張している。

成都全体の統計でいえばガゼルバレーのトップ70社弱は“氷山の一角"だ。ゲーム会社7000社で従業員5万人(中国全体27万人の2割がこの成都に集結している計算)、産業規模709億元(2023年時点、1.4兆円)。アニメ会社680社で従業員10万人、映画テレビ映像会社1300社で500億元(約1兆円市場)、そこに音楽568億元(約1兆円市場)と映画・テレビ・音楽での従業員10万人規模。単純に積み上げるだけで30万人規模のエンタメ産業人口がいる計算になる。

今回のIPF主催、JETRO・JECEE後援の「成都コンテンツ市場視察ツアー2025」では、日本側からは30名強の参加社がおり、アニメ・音楽・ゲーム会社から商社・VC、行政・大学関係者まで中国市場に興味のある人々が参加した。相対する成都のエンタメ企業からはその倍近い54名が参加し、成都側の意欲の高さが感じられる。
成都で気になった企業でいうと、2024年リリースされた『ハイキュー!! FLY HIGH 』を開発した成都乐曼社(Changyou)、2024年3月からアジアに広がって月間の収益は数億円規模には満たず大ヒットとまではいっていないが、2025年8月以降は全世界60か国以上に展開され、インドネシア、ブラジル、タイなどかなり広い範囲でハイキューファンを広げる貢献をしている作品でもある。Sheer社は日本のCURO社、HYDE社とともにゲーム共同開発会社を設立し日中の共同製作事例を2023年から手掛けている。Pitaya Gamesはよく広告でみかけるDMM GAMESの「ハーレムオブトーキョー」を開発しており、他にも東映、サンリオ、バンダイナムコとも連携実績がある。世界一売れている、大ヒットモバイルゲーム「王者荣耀」を開発したテンセントの開発チームは、日本企業との合作を通じて、「王者荣耀」IPの世界展開促進を期待していた。
訪問先は雲頂動画、こちらも「哪吒2」の開発にカカオ動画のディレクション下で参画したアニメーション企業だ。同社社長は、成都でも有名なクリエイターでもあるが、同社は特に、3Dモーションの分野で強みがあり、「哪吒2」でも同分野の制作を担当していた。「哪吒2」の成功、その技術力、知名度をもとに、イマーシブ映画の映像制作等、色々な新しいプロジェクトを検討中であり、参加日本企業との意見交換も活発になされ、今後、日本企業との合作推進が期待される。
20周年になる成都COMIDAY(成都同人交流会)にも参加した。成都版のコミケであるが、2008年から開催されていたという事実に驚く。上海のCOMICON上海同人展が2007年、北京のCDBJと広州のADSL本土動漫創作作品展が2008年設立なので、この時期に中国各地で同時多発的に「二次元同人」が大量発生していたということになる。COMIDAY2025は5万平米の成都世紀白新国际会展中心で開催され、来場者は6万人数え、出展社だけで4500社を数える規模(ゲーム会社は130、アニメ・コンテンツが73社で他はサークルが4320社)。公式ブースは1/5-1/6といったスペースで同人作品が多数展示されており、日系IPではHUNTER×HUNTER、ウマ娘、BLEACH、NARUTO、ガンダムなどのコスプレーヤー、同人作品が目についた。

公式での出展という意味では最終幻想XIV - FF14 Online (2023年のFF16ではなく、オンラインベースで2010年から展開されているFF14)のブースが一番大きな面積をとって、集客も集めている状況であった。
■古代遺跡にパンダにとIP管理に長けた成都。天府国際動漫城から天府紅まで、めざすは「二次元の都」
中国における「二次元関連市場」は2017年4.4兆円⇒2024年11.9兆円ともはや放送・映画・音楽含めた日本コンテンツ総産業と同規模にまで広がっている。それ以上に、成都の文化クリエイティブ産業を計測するとほぼその2/3、特に2022年以降の中国全体の成長を上回る伸びを示し、7.6兆円となっている。いまや6.5兆円の中国ゲーム市場を超えるほどの勢いである。

出典:IPF分部氏資料「成都コンテンツ産業規模」、ほかから著者作成
ガゼルバレーも含め、いかに中国のなかでも成都が「エンタメ・IP」に力をいれたがるかが一目瞭然のグラフである。成都のコンテンツ市場はコロナ前から比べても2倍以上に成長している。そもそも成都はなぜこれほどIPをうめる都市になったのだろうか。実はその長い歴史にも起源を求めることができる。紀元前1,000~14,000年と数千年続いた「長江文明」、その古代中国の遺跡の一つ「三星堆遺跡」が1986年に出土した。紀元前3000~5000年のものと思われる玉器・金器・青銅器は考古学界に激震を与えた。それは宇宙人が飛来したのではないかと思うばかりの巨大な仮面や人物像で、まるでそのままSF小説になりそうな出来だった。この異形の青銅仮面はいまだ謎に包まれているが、確かなことは西安と並び成都にも「中国3千年」どころか「中国5~7千年」もの歴史でこうした豊かな想像力があり、高度な文明が発達していたことだ。

この青銅仮面は「哪吒2」にも登場し、SF小説「三体」の創出にも大きく影響したと言われる。古代遺跡もそうだし、全世界750頭しかいない絶滅危惧種パンダの8割が四川省に集住していることも影響はしている。「パンダ」は日本でいうネコや犬といった動物以上にIPとして強い存在感をもっており、成都パンダ基地には200頭以上が集住。その版権を利用してグッズを作っているライセンシー企業は1万社以上に及ぶという。パンダ基地に年間訪れる観光客は1240万人、ほぼディズニーランドやUSJと並べてもそん色ないほどの一大観光産物となっており、実際に成都企業がIPと組んだコンテンツ開発・マーチャンダイジング展開に慣れているのは、この何十年とパンダを相手に商売をしてきたから、とも言われる。
2024年10月にパンダ基地の近くに開かれたアニメ・マンガをテーマとした観光施設「天府国際動漫城」がある。12.6万平方メートルの広大な敷地にIPグッズストアが50店舗以上。4年かけて成都あげての重点プロジェクトとして完成し、ACGホール、レジャー消費、小売、飲食、キッズ消費などをとりそろえ年間400万人集客を目標にしている。まだ開始1年もたっていない出来立てほやほやの施設だ。



二次元アニメシティといいながら、Dragonball、NARUTO、ONEPIECE、呪術廻戦にポケモンまでとにかく日本IP目白押しだ。「哪吒」の成功によって、ようやく中国IPのグッズが散見されるようになったが、いまだほとんどが哪吒(なたく)とそのパートナー敖丙(ごうへい)の2キャラクターばかり。内製IP開発でいえばまだまだこれから、ともいえる。

▲左の「哪吒」と、右が東海龍王の息子「敖丙(ごうへい)」(封神演義では哪吒に殺されている)が二大人気キャラクター。2人のBL需要が劇場版アニメ「哪吒」の大人気を促進したという意見もある

ただ個人的に最も驚いたのが成都中心街にある「成都天府紅ショッピングセンター」だ。60~70店舗はあろうかという7フロアはほぼすべて日本IPタワーのような状況、まるで上海百聯ZX創趣場の成都版である。
「上海にZXビルあれば成都に天府紅あり」といえるほどに、この2つは中国に日本IPを発信するコアな体験型施設となっている。コロナ禍で空室率8割と「もう終わった」と言われたショッピングモールは、その中身をがらりと入れ替え、いまや「オタクの聖地」と呼ばれるビルに入れ替わった。
オタクビル化の背景にはほぼ背水の陣で「二次元関連グッズに勝負をかけよう」という「次元GO」という企業の成功例が大きかった。2022年6月に他拠点を閉じて、成都で起死回生を狙った同社が月商200万元(4千万円)を上げ、オタクコンテンツで一山当てた状態になった。二次元グッズであれば、周辺にない若者が一気呵成にこの成都の天府紅に買いに来てくれたのだ。
こうして2022年夏にはじまった反撃から、「(次元GOが入っている)5Fは二次元の聖地に」となる。そうして1フロアだけだった動きは2024年夏時点で全フロアに影響を及ぼすようになり、その時点でビル内の50%以上は二次元グッズ店舗に。今回の2025年夏で実感した感じでいうと、およそ8割以上はオタク店舗、といってよいだろう。キャラクターMDを取り扱っていない店舗を探す方が難しいレベルだった(それもキャラクターネイルサロンや写真館といったサービスに関わっているものが多い)。



▲成都の天府紅を「オタクビル」に変えた2022年の“老舗"次元GO
日系企業でいえばアニメイト、GUNPLAショップ、TAPIOCA、烏丸屋(DLSite)といった店舗が同施設内には入居している。目玉はやはり「アニメイト」だろう。すでに上海2店舗、広州・北京1店舗を構えてきたが、2024年11月に満を持して成都に新店舗をオープンするところとなった。



それもあってかアニメイトのまわりには類似の店舗も同じように群生してくる。日本IPを代表する旗艦店としてのアニメイトがあれば、同じように日系IPを展開することでそのこぼれ球市場も狙える。とばかりに、グッズ店、書店、コスプレスペース、コラボカフェなどが天府紅に集住するようになった。

















客の多くは15~25歳でコスプレーヤー率も非常に高い。平日で1万元、休日だと2~3万元(40~60万円)ほどの売上になるというhttps://www.afpbb.com/articles/-/3526739 。リサーチ大手の艾瑞諮訊によるとこうした2次元関連に特化した商業施設は中国全土で70ヵ所になる。そのうち上海ZXや@成都天府紅は間違いなく2024年夏の日本IPグッズの中国ブームの火付け役である。
JUMP CAFÉもまた2024年1月に成都店をオープンしている。徐々に日系企業が直接的に成都という市場に着目するようになっている(同社の展開については次回以降の特集で詳細をレポートする)。
■成都に根付いた日本コンテンツ、海賊版も横行する二次元トレンド
成都には意外なブランドが根付いていた。イトーヨーカドーは現在成都7店舗、北京1店舗。1996年に中国1店舗目をなぜか成都に展開した同社は日系サービス業展開の先駆けとなっており、現在では「日本も含めた店舗売上で成都店がナンバーワン」という状態になっている。2028年には成都に過去最大規模の新設SM(ショッピングモール)ができる予定でその中国投資熱は冷めてはいない。トップに就任するのは三枝富博氏、御年75歳で1996年に最初の1店舗目を成功させた本人が再び成都で指揮をとる、という話も聞いた。
※三枝富博(1949~):1976年イトーヨーカ堂入社後、1996年に中国初出店のプロジェクトメンバーとして中国室に異動。2011年同社常務執行役員中国室長、2012年には日本人初の中国チェーンストアー協会理事。NHKプロフェッショナルの流儀にも「中国で4万人を束ねる小売のプロ」として出演 。2017年イトーヨーカ堂代表取締役社長、2022年同社取締役会長、日本チェーンストア協会会長を歴任。


▲名物は1Fの食料品売り場、試食スペースがそこらじゅうにあり、1レーンの棚ごとに2-3人の販売員がおり販促してくる様子は他国ではみられない“活気"

▲JUMP SHOP、GUNPLAショップ、クレーン、ゲームセンターなども併設されている


▲少し郊外に足を延ばせば、文化・アートの発信基地「東郊記憶」もある。廃工場遺産を使って、ノスタルジーを刺激するような店舗や体験施設が展開されており、10~20代が集まる原宿のような場所になっている。

▲SNH48の仕舞いグループで2023年に結成された成都市オリジナルのアイドルグループCGT48の専用劇場も存在する

今回、中国どこでも見かけるようになった「POPMART」もその中心部で巨大なスペースを使って店舗を展開。2024年が日本IPグッズブームとすれば2025年は間違いなくPOPMARTブームであったと言えるだろう。

気になるのはこうしたアートとファッションの中心地域でオシャレなブランド店舗が立ち並ぶなかでも日本アニメIPは散々に使われている、という事実である。「クレヨンしんちゃん」(その多くは、下ネタ規制もあって中国では劇場版配給はほとんどされていない)を使った店舗では観光客の写真撮影がやむことはなく、大人気であった。

食事スペースでも「なぜこの場面を切り取った!?」という謎のポスターが張り出されていたり、まさにローカライズの妙味、といったところだろう。とても公式許諾をとったものとは思えない。

ポケモンの彫像も、ONE PIECEのルフィの彫像もあるが、別にそのキャラクターや世界観を使ったという店舗でもなく、「ただ人気のキャラを置いてみた」に等しい扱いだ。



クレヨンしんちゃんをモチーフにした現地産?のキャラクターもあり、現地の人からも「見たことあるけど、あれって名前なんだっけ?」というレベルの普及度のようだ。KADOKAWAが成功させた絵本IPの「パンどろぼう」も“それっぽいのだけれど、何かが違う"といった使われ方だ(徳力文具の海賊版グッズ)。


こうしてみると上海から遠く離れた成都でも、日本のアニメは2020年代に急激に浸透し、2022~24年でローカルのマーチャンダイジング・リテーラー企業が積極的に取り入れてブームを起こし、2024~25年に入って日系企業自身が着手をはじめるようになった、というのが現在地といえる。その需要のすそ野の広さと深さを鑑みるに、いまだ日系企業がその作品のフィードバックとして手にした売り上げは1割にも満たないだろう。まだまだホワイトスペースは広大に広がっている。

会社情報
- 会社名
- Re entertainment
- 設立
- 2021年7月
- 代表者
- 中山淳雄
- 直近業績
- エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
- 上場区分
- 未上場