世界で誰も見たことのないジャンプ体験を作る。集英万夢の上海ショップ・カフェ事業 中山淳雄の「推しもオタクもグローバル」第123回
成都における日系IPの活況 、上海Bilibili Worldからみる好況<>について取材をしてきたが、市場規模がそのまま好機になるというわけではない。特にライセンスアウトが多く、自前で中国に展開するといった“汗をかく"日本企業が少ない中で、今回出版社である集英社が現地で物販店舗・カフェ事業を直接手掛けているという話を聞き、「日系企業がホンモノをもって中国市場でやっていくこと」の手ごたえと難しさについて話を伺った。すでに上海、成都での2拠点となったSHONEN JUMP SHOP/SHONEN JUMP CAFÉの現在地である。
■集英万夢のSHONEN JUMP SHOP/SHONEN JUMP CAFEリニューアル。アナログのパタパタディスプレイ
――:自己紹介からお願いします。
集英社とバンダイナムコホールディングス、ベネリックの合弁会社、集英万夢(上海)実業有限公司で総経理をやっています阿相道広(あそう みちひろ)です。

――:2025年7月、まさに上海でSHONEN JUMP SHOPとSHONEN JUMP CAFEがリニューアルオープンしたタイミングで取材に伺いました。徐家匯にある複合商業施設「美羅城(美罗城)Metro City」ですね。
CAFEは70席あってリニューアル前の1.5倍以上の座席数になっています。1日6回転の予約制で、だいたい月1万人くらいがはいれる計算ですね。力をいれたものとしてはこの“パタパタ"です。一定時間でパネルがパタパタと自動制御で変わり、様々な作品の絵になります。上海の名所になるようなインパクトのあるものを、と思ってアイデアを出し、実現にこぎつけました。SHOP・CAFEの外壁に2面、CAFEの店内に1面設置しています。

▲CAFE店内:「幅12.8m×高さ2m」×1面のパタパタ

▲SHOP・CAFE外壁:「幅7.8m×高さ3m」×2面のパタパタ
――:これはあまり見たことのない、珍しい仕組みですよね。「白/黒」だったり「紙をめくる」だったり、漫画読書体験を重視されている集英社さんならではのギミックだと感じます。でもこの“アナログ感"がみていて心地よい 。
巨大なディスプレイで凄い映像を見せる、みたいなものは、すでに上海の街中にあふれているので、とにかく「説明のいらない凄いモノ」を考えていたんです。世界で誰も見たことがないようなもの。LEDの屋外広告には厳しい制限があるので、何か別なものをと考えていたとき、昔、鉄道好きの息子と、駅や空港に時刻表ボードを見に行ったのを思い出しました。
ただそこからが本当に大変で。こんな大きな規模でのパタパタをつくって、しかもそれを全体で自動で制御するシステムをつくる、なんてどんな事業者も経験したことがないわけです。スケジュールが厳しいなか、パネルの印刷・システムなど一連の設備はTOPPAN NEXT様、デザインはテラエンジン様にご協力いただき、クオリティの高いものが実現できました。また、その他にも日本企業との関わりでいうと、SHOP・CAFEに設置しているJUMPRIという名前のオンデマンドプリンターは大日本印刷様の技術です。集英万夢の商品は、紀伊國屋書店様、アニメイト様、丸善ジュンク堂書店様、蔦屋書店様の中国国内外の店舗で、ショップインショップのかたちで販売していただいていますし、商品の輸出には日本出版販売様のグループ会社である北京書錦縁諮詢有限公司様にも ご協力いただいています。
――:なんと!この巨大な構想を実現するために中国のローカル企業じゃなくて、もう実質「護送船団」的な日本の座組でもっているんですね。
技術力や実績、弊社がやりたいことを照らし合わせて一緒に取り組んでいける取引先を探していったら、結果的に日本企業だったという感じです。

――:カフェを降りると、1Fには「SHONEN JUMP SHOP」があります。
最近はタペストリーが売れ筋商品の一つですね。布に漫画家の先生が描いたカラーのイラストを印刷してあって、『HUNTER×HUNTER』 などが人気です。商品企画も自分たちでやっているので「本当に集英社の人ですか?」とよく言われますね(笑)。
――:本家本丸の出版業はされてないんですよね?
はい、出版としてはすでに中国で集英社作品を出版・流通する提携先がありますので、弊社はこのSHONEN JUMP SHOPとSHONEN JUMP CAFEをメインとするMD・飲食の会社なんです。


――:アニメ版権からの商品化か、原作としてのマンガ版権からの商品化という違いでも、グッズの違いが出そうです。
そうですね、フィギュアは基本的にはアニメ版権なので集英万夢では商品開発をしておらず、各メーカー様から仕入れたものを取り扱っています。集英万夢で開発する商品は、あくまで出版としての原作版権を使って展開できるものに絞っています。
――:やっぱり集英社さんご自身でやると、自由にどのIP作品も出しやすいというのはあるのでしょうか?
いやいや、我々もライセンシーとして1作品1作品、他の会社さんと同じように許諾を得ながらやっています。中国で事業をスタートして、この5年でようやく25作品ほどの開発許諾を得て、展開できるようになりました。
集英社による監修もいちライセンシーとして他の会社さんと同じく進めていますし、そこに特別な優遇はありません。
――:前回みたときより、ずいぶん商品点数が増えていますよね。どのくらい作っているんですか?
今、ここにあるだけで1500SKUくらいですかね。9割以上は自社商品で、他社から仕入れている商品はごくわずかです。週に1アイテムは新商品を発売しています。社内に商品開発部門があって、商品企画を行い、集英社に提案をする、というプロセスでやっています。上海から東京にサンプルを送るのには中2日かかります。いわゆるグッズメーカーがやっているのと同じことを、ひととおり弊社内で完結させています。

▲ONE PIECEのコースター。ブラインドボックス式の人気商品

▲SHONEN JUMP SHOPとSHONEN JUMP CAFEとは別に、モールの外にはテイクアウト専門のSHONEN JUMP CAFE STATIONを展開している
――:本当に何屋かわかりません(笑)。実は今回は成都のSHONEN JUMP SHOP/SHONENJUMP CAFEにも寄ってきたんです。2025年7月上海のリニューアルにも先駆け、成都で2拠点目がオープンになっています。こちらはなぜ展開されたのですか?
2024年1月に成都春熙路晶融汇2階でSHONEN JUMP CAFEをオープンしました。上海のCAFEでナンバー2だったシェフが成都に転勤して、基本的に上海と同じメニューを提供しています。北京や広州など他の都市も検討しましたが、そうした中で中山さんが行かれた天府紅などの好景気ぶりもありますし、ゲーム・アニメの会社もたくさんある、ということで成都でいこうとなりました。

▲こちらは中国の2拠点目となる成都のSHONEN JUMP CAFE
――:SHONEN JUMP SHOPのグッズは世界中で売られています。
先ほどお伝えしましたように、日本の書店様の海外の店舗で弊社商品を販売していただいています。台湾、タイ、シンガポール、マレーシア、オーストラリア、ドバイ、アブダビ、フィリピンあたりでしょうか。店頭では、現地語版や英語版のコミックス、あるいは画集などと一緒に売り場を作っていただくようお願いをしています。日本以外では、アニメを観て作品のファンになる方が圧倒的に多いです。もともとアニメの原作は漫画で、漫画は「週刊 少年ジャンプ」という雑誌から生まれているということを、ぜひ世界中のファンに知ってもらいたいという狙いがあります。今後は香港、ベトナム、サウジアラビアなどでも展開していきたいと考えています。
――:以前のSHOP・CAFEも拝見していましたが、この美羅城Metro City新店舗はものすごい力をいれてますね。非常に美しい店舗の仕上がりになっています。
物件交渉や準備には長い時間がかかったのですが、施工自体は、実は「1か月で出来た」に近いんですよ。ちょうど1か月前に赴任してきたばかりの新任も「これ、本当に来月開店できるんですか、、、?」と驚くほど進んでなかったんですけど…ギリギリになってから急激に進んで猛スピードで仕上げていきました。プロセスの進め方なども日本の感覚とは異なるので、臨機応変、柔軟な対応が求められるケースが多かったです。


■中国で「ホンモノ」を届けるための格闘: 乱高下する中国景気のなかでのブランディング
――:よく覚えていますが、バンダイナムコもまた集英社さんと『NARUTO―ナルト―』や『DRAGON BALL』のゲーム展開をするために2015年に万代南夢宮(上海)商貿有限公司を設立してきました。そうした中で集英社さん自身が中国展開を始めたのはいつなのでしょうか?
集英万夢は2019年設立です。それまで集英社は、現地語版の出版許諾と、アニメ版権の許諾という形で、いわば間接的に中国事業を進めていました。上海に合弁会社を設立し自ら原作版権商品を現地で製造・販売をするという事業を始めた当初は、中国の消費の主流であるECを中心に展開しました。2020年7月には天猫 (アリババの運営する中国最大のECサイト)で商品販売をスタートしたのですが、コロナ禍の影響もあり、まったく響きませんでした。当時はSNSを使った宣伝の仕方も、ファンの心理もわからず、イベントに出展したり、実際に事業を進めながら試行錯誤を重ねていったという感じです。そこで学んだのは、やはりECだけで注目されることは難しく、実店舗に人を集めてブランドとしての魅力を拡散することが重要だと。それが2021年12月にスタートした「SHONEN JUMP SHOP」です。2022年からは「SHONEN JUMP CAFE」も運営してきています。

▲移設前にSHONEN JUMP SHOPとは別に個別運営されてきたSHONEN JUMP CAFE。完全予約制で42元(約800円)で入場(2023年12月著者撮影)


――:2021年12月にSHONEN JUMP SHOP、2022年1月にSHONENJUMP CAFEと「公式」として進出していきます。結果はいかがでしたか?
模倣スピードが 早いんです。たとえば、最初に上海でオープンしたSHONEN JUMP SHOPの内装はモノクロの漫画の絵をふんだんに使った斬新なものでした。するとあっという間に他のIPを扱う現地のショップも、漫画の絵を店内に並べ始めました。彼らはジャンプ作品の図版を許可なく勝手にプリントアウトして壁や柱巻に使います。いわばSHONEN JUMP SHOPのコピー店舗が出現したわけです。また、弊社の正式商品の発売当日に、オンラインでそのコピー商品の受注販売を始める業者も現れました。
こんな競争環境におかれたうえに、2022年にゼロコロナ政策のタイミングと重なってしまって、強烈なダウントレンドを味わいました。上海がロックダウンしたときは、SHOPは2ヶ月、CAFE約半年も営業を停止しました。
――:中山は2017~18年のコロナ前の中国はTCG(カードゲーム文脈)で上海・広州など行き来してました。それでコロナ明けで2023年11月、12月と連続して訪問するようになると、まるで違う光景。上海Z/Xビルが2023年頭から大ブームを起こして驚きました。
2023年夏ごろからようやく、自社の実店舗・EC店舗、卸販売で、これならなんとかなるかもなと思える数字があがりはじめました。
でも当初はZ/Xにも偽物や非正規商品を売るテナントが結構あったんですよ。同じアニメ版権商品が複数の店舗で違う値段で売られていたりする中で、公式のSHONEN JUMP SHOPの原作版権商品がのりこんでも同じ土俵で戦えるのかどうか、どうしたものか、と悩んでもいた時代でもありますね。
――:そうした中で2024年7月に中山も再度上海に伺って、阿相さんにお話を聞く機会がありました。あの時は絶好調!という感じでしたよね?
昨年お会いした2024年夏、あの時は、中国IP業界全体のピークでした。
コロナ前は、中国の商品化といえばフィギュアがトレンドでした。2022年のコロナ期でIP業界全体が在庫過多に陥り、フィギュアのバブルは崩壊、2023年の回復期からはいわゆるグッズ、弊社のSHOPの主力商品である缶バッジやアクリル系など比較的安価な商品がトレンドに変わっていきます。24年6月の「劇場版ハイキュー‼ ゴミ捨て場の決戦」の中国公開がピークとなりました。しかしその後、夏休みが終わった9月からは、弊社のSHOP・CAFEだけでなく、業界全体の売上が半減し、下落傾向はその後も、2025年5月の労働節まで続いたという実感です。
ーなんと!なんか数年単位でブームがあがったりさがったりではなく半年~1年の間に好況不況がギッコンバッタンするような状況なんですね。
2024年夏のピーク時には、様々な業種の会社がアニメ商品化や小売に参入して来ました。もともと商品化や小売をやってきた企業も、ここぞとばかりに増産し、大量の商品を投入したわけです。消費力を上回る供給が続けば、おのずとバブルは弾けます。
――:集英万夢実業の社員でいうとどのくらいいらっしゃるのでしょうか?
駐在は私1人で現地社員あわせて10名体制で汲々としていた2023年頃から比べると、2025年は体制充実の年です。赴任者は私以下3人まで増えました。そこに営業、商品開発、生産管理、総務人事などの現地社員もいれて今では20名以上の体制です。その他に店舗やCAFEのスタッフたちを加えると、総勢は100名を超えますね。
――:じゃあ不況期・売上半減にも関わらず、体制は「伸ばした」のですね。
上海から撤退するという想定は全くなかったので。ある意味「市場に抗う」1年間でしたね。
IP業界の波は落ち続けるということはなく、必ずまた上がるときが来ると思っています。ちいかわやPOP MARTのように、業界に刺激をあたえるものが、必ず出て来る。弊社のSHOP・CAFEも、そういった刺激を提供できる存在になりたいです。


■長期視点のブランディングは自社で責任をもって行うしかない
――:2019年から6年、出版社とはおもえぬ展開をされてきた集英万夢ですが、阿相さんとしてはどういったところが事業成功のポイントでしたか?
思えば全部手弁当でやってきました。中国で先に展開してきた日本企業にアドバイスを求めて、現地企業のやり方を学び、2019年にこちらにきてから「自分の目で見たもので判断する」ということを基本としています。とにかく足を運んで、SHOP・CAFEの候補地は実際に見て、街の雰囲気、人の流れ、交通手段、地元の食べ物、すべてを体験します。代理店に任せたりせず、自分で判断するというのが今につながっているように思います。
――:どんどん店舗を広げていくのでしょうか?
「量」は追っていないんです。中国で何10店舗もSHONEN JUMP SHOPをつくるんだ、というものではないです。数よりも質、各店舗がブランディングの旗艦店です。実際、中国でも様々なお店でジャンプに由来するIPグッズは手に入ります。でも集英万夢だからこそできること、集英万夢がやるからには期待されるレベル、さらにそれを超えることを、目指していきたいです。
――:たしかにあれだけ自社IPをつかって広がった店舗が今度は内製IPで一色に塗り替えられてしまうような大型リテーラーもいれば、2023~24年にがっつり取引していたのに、2025年に入ってMDをシッピングするまえに解約されたりといった「事故」のような事例も拝聴します。
中国現地企業は売れるとなれば一気にくるが、売れないとなれば一気に引いてしまう。IPを育てるという発想を一緒にもってくれる事業者は少ない。だからこそ自社は自社でブランディングのための旗艦店をもって、そこでデザイン性と体験価値を高めていく動きをこうやって1店舗1店舗手作りでつくっていく必要があるのだと思います。

▲集英万夢(上海)実業有限公司総経理の阿相道広氏
会社情報
- 会社名
- Re entertainment
- 設立
- 2021年7月
- 代表者
- 中山淳雄
- 直近業績
- エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
- 上場区分
- 未上場