経産省きってのラディカル派。官僚はクールジャパン再起動にどんな役割を担うのか(後編) 中山淳雄の「推しもオタクもグローバル」第125回

中山淳雄 エンタメ社会学者&Re entertainment社長
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2024年7月に「文化創造産業課」という新しい課が経済産業省に誕生した。10年以上にわたって産業支援のコンテンツ課と、CJ機構を支援するクールジャパン政策課として2つの部署が違う軸でエンタメ産業を支援してきたが、経団連「Entertainment Contents ∞ 2023」、岸田政権「第26回新しい資本主義実現会議」でコンテンツ産業を取り上げた/り(2024年4月)といった動きに対応する政策をつくっていこうと、2つの課が統合した結果である。「産業政策」と呼ばれる行政による産業振興の支援がどう行われているか、2024-25年度に大きな推進をみた動きがどんな尽力の結果としてあらわれたものかを分析すべく、文化創造産業課課長に就任した佐伯氏にインタビューを行った。前回の前編に続いて、今回は2回目となる特集だ。

 

第三章:日韓コンテンツ予算の差/世界が嘱望する日本エンタメのスター性を生かすには 

■政府支援は十分VS不十分?韓国に負け越しの原因は「ちゃんとした」制度設計

――:2010年代のエンタメ海外化の成功は果たして政府支援の貢献が大きいのか、Streaming化という環境要因による単なる環境要因だったのか、どちらなのでしょうか?

産業政策そのものがもともと国毎に、産業の状況が異なりますし、政策の立て方のトレンドも違いがあり、環境依存型なんですよ。だから個人的には単純に比較して議論するのはなかなか難しいと思っています。

課題は政策のパターン作りです。製造業であれば研究開発費やマーケティング費、サービス業であればIT導入など、何を支援するかというルールはある程度ルールがあるのですが、コンテンツ産業においてはその「王道」がなかった。

その点、2013年のJLOPによる本格的な支援が始まり、海外展開支援の萌芽が見られました。まず2013~2017に掛けて、118ヶ国に展開し、4割の会社が海外展開は初、という状況でした。個々の作品ベースでの海外展開支援から始まっており、これが経験できたのは良かったと思います。しかし、海外に拠点を構築して継続的にマーケティングができる企業は限られています。2010年代は、グローバルな配信の波は限定的で、コンテンツ助成で海外マーケティングにより海外展開に着手する企業が出てきたと言っても本格的な事業展開は限定的だったということではないかと思います。

――:他の製造業と比較した時に、コンテンツ業界は「被益」額が小さいのでしょうか?

もともと製造業は輸出をけん引する戦略性もあって重要なものでしたが、ここ10年は幅広い雇用と生産性の伸び代が大きいサービス業にフォーカスがあたり、むしろ製造業に着目した支援はほとんどなくなっていると感じます。特に、海外展開支援については、「コンテンツ村だけが支援が必要と言っているのはけしからん」という声が、政府内、永田町内でも聞こえてくることもあるのは事実です。

ただ、私に言わせてみれば、産業政策をあちこちで撤退してきてしまった結果であって、(国内の他産業よりは相対的に大きく見えますが)国毎に比較すると、韓国やフランスのコンテンツ振興に比べればまだ手薄です。韓国は文化体育観光部ではコンテンツ振興として局が一つあり、課も4つある。そして、明らかに音楽やドラマに大きく舵を切っており、日本ではやってこなかった制作支援を大幅に拡充してきています。

――:なるほど、それは意外でした。ただ同じコンテンツ産業でいうと韓国が20年かけて数百億~1千億といった支援額まで積みあがったことで、「相対的に見劣りしてしまう」状況だったのではないかと思います。

韓国の文化体育観光部の予算は、全体で年1000億円ほどで、そのうち700億円くらいが韓国コンテンツ振興院の予算に与えられています。純粋文化的なものにも+300億円程度の予算が投じられています。一方で、経産省のJLOX+部分だけでいえば年100億円程度です。コンテンツだけで700億円を投じているわけですから、確かにコンテンツ市場サイズと比べても韓国のほうが大きな政府支援をしているというのは事実かと思います。

ただこの違いの根本は、予算の立て方がそもそも違うところからくるのです。大統領を含めたトップダウンでFormulaを決めて毎年毎年増額割合で増やすことを決めている韓国と、すべて予算をセグメントごとにボトムアップでつみあげて、予算要求をしていく日本では、大分事情があり、今稼ぐ機会が目の前にありますが、中国韓国勢の伸張、生成AIによるダメージを受ける前に、スピード感を上げていかなければならないところで、なかなかそれを理解いただくことができないのは、私としては歯がゆい想いでした。

日本の場合は、「支援額決定コスト」自体がだいぶかかってきます。基本的には無駄な予算を使うな、という方針のなかで、「これを使ったらどういう効果をもたらすのか?」を常に明示しながら予算を要求しています。経産省の予算計上では毎回パワーポイントで100~200ページもの資料をつくって説明していますが、細かい議論の積み上げよりも、海外市場を取るために、国としてどの分野に優先的に張っていくのか、率直に考える機会が必要であると思います。

――:じゃあコンテンツ支援を2000億円にするべき!という経団連の提言を実現しようとすると…

じゃあこれを何倍にもして2000億円を支援していこう、としたときにその要求するための資料作りのコストを考えると眩暈がするほどです。各産業・協会・企業から必要とされる支援を精査し、積み上げて2000億円の投資対効果を仔細まで説得できるようにするには一体どれだけの労力がかかるのだろう、と。

ただ、経団連側でも、政策のスピード感に対する危機感があると思います。それが数字として表れている。経団連の数字について「積み上げでは無いのか」という批判が政府内部だけでなく、政治からありますが、民間では積み上げで予算を決めている訳ではありません。逆に、すべてを積み上げで予算計上することをやっているのは役所くらいではないでしょうか。普通は利益をたたき出しているところに投資を寄せていく訳です。そうでないと、スピードも出ません。2000億円は、中国韓国勢に負けたり、生成AIによる市場の混乱を生み出す可能性があるという産業界の危機感のその表れそのものと捉えるべきであると考えています。

7兆円程度の海外市場をみすみす失っても良いのか。民間セクターではこれまで過小投資が問題になってきていますが、それは政府も同じです。社会保障に押されて、国としても、将来への予算を大いに削ってきてしまった。トップダウンでスパッと決められる韓国が正直うらやましいです笑。

――:確かに僕も事業者として支援を受ける立場でしたが、何千円という単位でもかかったコストは領収書・明細を出しますし、何重という監査をうけて確かにかかったコストの一部が支援してもらう、というプロセスでした。企業側も助成金を申請する専門部隊が必要になるほど、「きちんとしている」のは確かですね。その「きちんとしている」が重しになっているのですね。

日本は方針を決めたら守る。見直しもする。ただ産業政策をやればやるほど、要求する側も支援する側も過重なプロセスコストがかかってくる。それを年度ごとに超高サイクルで行っているわけです。積み上げ主義だから。

経産省側だけでやり方を大きく変えて2000億円を支援できる体制にするというのは正直、難しいです。自民党においてもコンテンツ振興議連が再スタートされました。当方も大いにサポートをさせていただきたいと思います。産業界が危機感を燃やしている中で、これまでの国家的な見地からのプライオリティに関する議論が必要であると思います。大きな執行機関をつくり、国内企業、業界、制作から流通までシームレスにやれるような仕組みを作らないといけないです。

――:韓国は韓国のやり方でスピードを担保しています。欧州のコンテンツ支援はどうでしょうか?

日本と欧州のコンテンツ政策が違うのは「流通の人たちがお金を出す」(映画興行、放送・配信業者からお金をとり、それを「カルチャー・パス」など子供たちの文化消費へと分配している)という手段を持っていることですね。制作がとまると流通にだせるものがなくなる、だから、流通の人たちがお金を出して、制作を支援するという流れができています。しかし、我が国では「お金を払っている方がエライ」という強固な認識があり、産業界だけにまかせていると、バーゲニング・パワーの不均衡で、流通が強くなりすぎ、制作側の基盤がボロボロになりかねない。非常に危なっかしさがあります。フランスは、この点がだいぶしっかりやられていると思います。

――:それは同意です。アニメは配信・商品化・製作委員会など別の手段を獲得しましたが、テレビ局-テレビ制作会社の交渉力の差をみると、産業の自助努力だとあまりに不均衡になりすぎます。

まさにそういう状況があるからこそ、政府の産業政策の出番です。例外的に、米国はディズニー、ワーナー、ユニバーサルなど、大手スタジオが流通を持っていたり、あるいは流通側に買収されたりして、製作・流通が一緒となっており、そこで製作がまわりつづけるエコシステムができている。でも日本は欧州のように制作と流通には分断があり、また、業界の上下関係が非常に厳しくて危うい構造があります。

すぐに流通のバーゲニングパワーで、制作の基盤が弱くなるリスクが常々ある。しかも制作側も「買い手に対する過剰なサービス精神」もそれを助長しています。お金の出し手に必要以上に作り手が配慮しすぎてしまうので、例えば、アニメスタジオ側で、利益をうまく計上して成長投資をしっかり確保することができず、品質を気にして過剰にオーバーワークしてしまって結果的に赤字、というのは受託企業のよくあるパターンです。「佐伯さん、アニメ会社はどうやって成長したら良いのか」と正面切って言われたこともありました。海外展開の遅れにもつながっていると私自身は感じています。私はここについても、いろいろな検討や仕掛けを作って起きました。

――:めっちゃくちゃわかります。米国も欧州もサービスの範囲外のものってきっちり有料請求しますよね。契約外のことはやらない。今の万博の不払い問題にもつながっている問題です。ちなみにこうしてエンタメ、エンタメとどんどん声が大きくなることを、政治家や他産業の方々はどう見ているのでしょうか?

政治家・政党のなかではいまだに「コンテンツに甘すぎる」といった考え方がないことはありません。企業同士でも、他のエンタメ産業で「あそこは助成金にしゃぶりついている」といった悪口が出てきたこともあります。でも結局は、エンタメは、ヒットを出すまでの失敗コストが高くついており、当たり外れのリスクが高い、ボラティリティの高い商売をしているがゆえに無駄打ちにみえる動きも多い。ハイリスクな商売だからこそ、そのリスクを正面に捉えて判断する必要があると考えています。

関係のない産業や周辺の人たちにも「なぜ今コンテンツなのか?」を説明していかないといけません。自動車はEVになって厳しくなるし、化学や半導体も厳しい。まわりが想像している以上に日本のコンテンツというのは今、他の産業よりも優先度を高くつけるほどに競争力をもっている。通商政策の担当者からも、「日本で連携したいのは、エンタメぐらい」と言われることがあるとも言われました。逆に言えば、それ以外にあまり日本で目立っているものがなくなってきているということではないでしょうか。先ほどいった日本のマーケティング全体を担うような使命もでてくるほど国際競争力もある。それはコンテンツ業界の方々よりも我々のような周辺の人間が伝えていかないといけないことなのだと思います。

――:製造業の時代からサービス業の時代に入って久しいですが、そのサービスのなかでもより無形財に近いものが脚光を浴びてます。

産業政策も、製造業偏重からサービス業へのシフトが目立ちます。しかし、国内でコンテンツ制作し、配信プラットフォームに乗せて、海外にファンを開拓し、海外でマーチャンダイジングで稼ぐというモデルへの認識が高まっていますが、製造業に比べるとまだまだ進んでいないと感じます。それでも、自動車に次ぐ2番手になるまでは成長しました。

現状言えるのは、大きく海外で稼げるのは、製造業とコンテンツしかない。デジタル赤字の解消としても、キーとなるコンポーネントはこの二つでしょう。

 

第四章:官僚だからできる仕事/官僚にしかできない仕事 

■2024年度エンタメ・クリエイティブ産業政策の総括、残された課題

――:まとめるとこの1年で文化創造産業課が実現してきたことってどういうことなのでしょうか?

コンテンツをつくりつづけるために、民間の方々にも政策にコミットしていただき、「成長の絵」を皆で描いてみた、というのが今回の成果だと思います。まずは、日本が一丸となって、課題に対処する。

例えば、アニメ産業は作品を受託制作するだけの状態で、「アニメ制作会社そのものとしての成長する絵姿」が出てきていなかったと思います。とある有力スタジオの方は「税制控除が必要である」とおっしゃる。ただ、示された事例を見ても海外の支援規模は必ずしも大きいものではない。ではなぜ税額控除の話が必要なのか伺ったところ、アニメ制作会社として受諾制作しているだけでは将来が見えない、というわけです。。

私は、コンテンツの中身に一番こだわっているアニメ制作会社自身が直接マーチャンダイジングに乗り出し、製作委員会出資の資金を捻出したり、自ら作品制作に投資する好循環を作っていくしか、なかなか道はないと思います。制作側から見ると、マーチャンダイジングはいささか地道で面白みは少ないかもしれませんが、事業努力をしていって、安定的な収入得られるようになって、海外を含めた成長への体制ができるから、初めて政策も生きてくる。

――:今回の審議でも出てきたポイントですね。安易に助成金増やしたり、税額控除したところで、根本解決にはならないはずです。

だから今回のアニメ産業でいえば「映像権だけでは回収に限界があるんだ」ということを一つの絵にしたかった。そのうえで、映像制作商売から脱皮して違う事業が必要なときにそこに必要な投資を、政府も政策的に補助・支援していく。

政策が先か、企業努力が先かというのはにわとりたまごの関係で、どっちも必死になって進めないといけないんです。日本を代表するコンテンツ企業であっても、中国とアメリカにしか拠点がないこともあります。しかも、商売はすべて番組販売の売り切り。それじゃどうやって収益を増やしていくんだ!?という話です。流通にとられていると文句もいうばかりではなく、しっかり自分たちの手で回収しにいく、その絵姿を理解していただきたいと思います。

――:企業自身が60-70点とるところまで自力で伸びてくれないと、支援したところで砂地に水まくような感じ、ということですよね。

10年後の経営課題どうするか、という長い目で考えてほしいですね。いますぐにやったって整っていないことも多い。現在海外市場でコンテンツはクラウドのサービスにうばわれている部分はありますけど、じゃあその海外でファンダムをつくっていくこと自体はもっとコンテンツ側でやるべき仕事なんじゃないか?といった議論ですとか。

長い計画でやっていくことを会社の中でも共有していただきたいですし、企業努力で成果がみえるときにその循環をうまくまわすために行政も産業支援をしていきたい。

――:もっと2024年のうちにやるべきだったこと、というのはありますか?

私個人でいえば、正直これが限界でした、と言いたいです笑。たぶん皆さんは「なんでそんなに時間がかかるの?」と思っていらっしゃるかとは思います。

まずは、2つの課を1つにして、コンテンツとクリエイティブ分野で、戦える組織に育てる。10業種について、業界トップとの関係を再構築し、エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会を回して、政府や政党を含めた問題提起を受け止めるプラットフォームとして、「エンタメ•クリエイティブ産業戦略」を国のアクションプランとして立ち上げ、これをベースにPDCAを回す仕組みを作る。まずは、国として、政策の枠組みをつくりました。ようやく100億円の予算を推進する枠組みを作りました。

その上で、私個人自身としては、予算の確保に加えて、使い勝手をよくするとともに、やはり国際的にみても(韓国などと比較すると)支援機関がいささか貧弱であり、日本も強化していく必要があるのではないかと考えています。

韓国は民間の需要が明確で無くても、マーケット分析の意味も込めて、韓国コンテンツ振興院の海外窓口を一気に立ち上がっています。人員も数百人規模がいるということで、非常に思い切った情報収集と現地でのプロモーション活動も投入できるでしょう。日本のコンテンツ企業も中小企業性が高いでしょうし、収益の回収という意味では海外が重要になっていく。こうした組織が本格的に立ち上がれば、大変、心強い存在になっているのではないでしょうか。

――:アニメ以外の分野で注目している産業はありますか?

個別の分野としては、新たな枠組みの立ち上げを支援していくことにも着手しました。例えば、音楽業界として「Music Awards Japan」など、日本から発信する重要なイベントの立ち上げを支援させていただきましたが、この延長線上にあるのは、海外での定期的な日本コンテンツファン向けのイベントの開催です。今年の3月に「Matsuri」というイベントを開催し、JETROも参画させていただきました。ADO、新しい学校のリーダーズ、YOASOBIと所属事務所も異なる日本の代表選手が集まったイベントで、ほとんどは現地の米国人に来て頂きました。日本人の方はあまりいなかったように思います。こうしたイベントを大いに広げて行く必要があると思います。韓国では、「K-Con」と呼ばれる食を絡めたコンテンツイベントをハイレベルで開催しています。こうした海外でうまく巡回する枠組みの立ち上げに向けて、具体的に検討をやっていくべきであると感じますし、私も関係者とは議論を始めていました。是非やっていただきたいと思います。

――:音楽や映像の世界は多分にイベントが有効な手段だったりしますよね。

イベントという意味では、日本のコンテンツの優位性があるうちに、日本が世界のコンテンツを評価したり、考え方やトレンドを語り合う場、表彰する場の立ち上げることが必要であると思います。個人的には、アニメやゲームなど日本のお家芸といえる分野において、こうした流れを作っていくことが必要ではないかと思いますし、こうした点でも私自身も動いておりました。例えば、フランスではアヌシー国際映画祭があり、ここで、アニメ分野でのある種の最高峰としての評価が行われていると言われています。しかし、フランスがアニメ制作で強い訳ではありません。あまり知られていないこととは思いますが、国際映画祭には独特の制度があり、それを前提にしたゲームをうまくこなさないといけません。日本の役所もそこを深く見ている者は少なく、映画業界の方々も十分に理解はされていないように思います。官民でシナリオを共有しながら、したたかに進めて行っていただきたいと思います。

――:制作の面ではいかがでしょうか?

また、海外との関係性を構築していくという意味では、共同制作の枠組みの立ち上げもとても重要です。日本は、例えば映画の共同制作協定は、イタリアと中国しかありません。ここまで少ない国はなかなか映画先進国では珍しい。カンヌ国際映画祭に行って驚いたのは、今や世界の国々がファンディングを行っており、映画の撮影誘致の国際競争が本格化しているということでした。共同制作がない作品は逆に難しい、と言っても良いかもしれません。また、映画では日本の独自に発達した邦画だけでなく、シナリオを重視した最新の制作技術の習得という意味で、海外との共同制作を大規模に展開していく必要があると考えていますし、重要なコンテンツ市場となる国やパートナーとは積極的に二ヶ国間の枠組みを設けるなどして進めて行く必要があると思います。

――:制作機会を増やすとともに、クリエイターの待遇改善もよく出てくる問題です。

バーゲニング・パワーについては、大きな問題が残っていると思います。アニメでは永年の課題として指摘されてきたアニメーターの働き方、若年層のアニメーターの支援を視野に、「アニ適」の立ち上げを働きかけるとともに、スキルの標準化をはかり、若手のアニメーターのスキルが適切に育成・評価される仕組みの構築に向けて、動き出しました。国連からの指摘もあり、急務であると考えています。また、クリエイターとしての俳優さんの活動を支えるために、内閣官房と公正取引委員会がガイドラインを作成しましたが、当方もこの検討を大いに支えました。我々の向き合い方の基本的な立ち位置は、芸能プロダクションが、芸能人の育成をいかに円滑に行い、また、事業として育てつつ、日本のコンテンツが海外に進出できるようにできるか、という点です。ルールも必要ですが、プロダクションの経営をうまく支えていくことも重要であると考えています。

――:他にも制作・クリエイターまわりで課題なところはありますか?

制作ではないですが、出版流通としての書店の問題です。普通のコンテンツのパターンと異なり、独禁法に基づく再販制度があり、コンテンツ制作側が圧倒的に強く、流通側が逆に非常に弱い。書店の利益の配分の水準が低くて、書店の営業利益がマイナスかプラスか、というモデルです。

今回は齋藤健経済産業大臣のリーダーシップに加えて、角川春樹事務所の角川春樹さん、講談社の野間省伸さん、読売新聞の山口寿一さん、株式会社KADOKAWA、トーハンの近藤敏貴さん、むしろ心ある出版・取次の方々のリーダーシップで議論が動いております。経済産業省としても、業界の収益構造を改善するため「返品削減研究会」を立ち上げました。ただ、率直に申し上げれば、書店側では日書連ほか中小書店以外の経営者以外には顔が見えなかったのは残念でした。

――:やはり上流~下流までコンテンツ流通のバリューチェーンで、産業ごとに考えないといけないですね。

それは本当に大きな問題で、流通と制作側の関係性ですね。これには流通側が制作を支援する議論をキックオフしたほか、法的なものも含めて、枠組みについての下勉強についても、いろいろと進めておりました。制度的なアプローチが必要な分野であることも痛感しました。

また、他の制度面では、生成AIのリスクと収益の確保の手法について、どのような法的な環境整備がありうるのか、深ぼる議論も水面下ではキックオフをしておりました。

やりたいことまでなかなかたどり着かない。なんとか文化創造産業課を戦える状態にして、後任の梶課長につないだ、というのが2025年7月です。あとは南商務・サービス審議官、梶直弘課長(佐伯前課長との入れ替わりで2025年7月に就任)、そして、クリエイティブ分野では、宮井彩室長、課長補佐以下の優秀かつやる気のあるメンバーに託します。

 

■制度を詰める。そのために個人の正義感を押し通す官僚が必要

――:佐伯さんは次はどんなことをされるんですか?

中小企業庁の企画課というところで、中長期的な観点から、中小企業政策のどこに力点を置くのか、KPIの見直しを担当させていただいています。2040年くらいまでの15年くらいを考えて次の5年で何に張るのか、それを考えています。10年前にも同じ課にいたので、これまでと変わっているところ、変わっていないところ、成果をどう出すのか、可視化するのかなどを考えています。

中小企業は、336万者と企業数の99.7%、労働者数の7割、付加価値額の約5割を占めます。「中小企業」という発音ほど、小さなプレイヤーではなく、経済の重要な主体です。総体としてみた場合には、一万社しかない大企業や中堅企業と比べると把握そのものが大変ですし、課題に合わせて的確に政策を届けることも容易でありません。一方で、政策が本当に効果を持ちうる分野でもあり、「重いミッション」であると考えています。

様々な危機に瀕しています。中小企業の経営者っていまや平均年齢60歳超え、10年前から事業継承が大きな問題で、色々議論されてたんですがその時から単純に上がっている。そのまんま問題が深刻化している。また、中小企業の中で、中規模企業が付加価値を生み出す重要な主体であり、小規模企業から中規模企業を目指す流れを作っていくことが大事ですが、基本的な政策の考え方にそういうものがない。日本政府として、2040年にGDP1000兆円を目指すということが議論されている中では、大企業と比べて数が圧倒的に大きく、リーチしにくいが、とても重要な経済主体であるが、どうやってそういう流れを作るのか、とても重要な課題です。

これまでと変わらずに、剛速球、変化球を投げていきます笑。

――:官僚として「仕事が出来る」人材になるにはどういうことがポイントなのでしょうか?

私自身は大した者ではありませんが、「何を課題にするか」という課題設定力が重要ではないでしょうか。前例をあまり気にしすぎず、また、他人の目を過剰に気にせずに、重要なことを放置せずに、正面から対峙し、対処していく姿勢をもつことは大事だと思います。しかし、これは意外と誰もができることじゃないんです。

重要な課題に対しては、多少無理してでも取り上げて、土俵に持っていかないと、新しいものが出てこない。自分としては、そうやって火事場にでかけて、炎上しているものに手を突っ込んでいくことを恐れずに対処することを大事にしています。もちろん結果的にそれに巻き込まれた人たちにはいささか申し訳ないという気持ちもなくはない。でもそれが本質的には国を守る役所の仕事だろう!という思いがどこかにあります。

――:そこは民間の大企業での仕事にも通底する話ですね。

手堅くできることしかやらないのであれば、たいていは何も変わらない。茹でガエルになってしまう。変だなと思ったら、その変だなという自分の感覚を信じて、まずは、フタを開けてみて、自分の考えを発露し、ブレずに対処していかないといけない。役所の人間は、基本2年単位で異動するわけだから、何もせずに、やりすごそうと思ったらやりすごせちゃうんですよ。「2年では、なかなか、変えられるわけないよ」、と。

私は、個人の生活をしっかり充実させつつ、無駄な仕事はできるだけやらないことを前提とした上で、「できることはすべてやるべき」、というのが信念です。子供の教育や配偶者のケア、介護などの家庭やご自身の問題を抱えている人にはまず余裕をもっていただかないと仕事にかまける余裕を作りだすことは難しい。このポイントは紙に書いて課の全員に配布しています。仕事は二番目で良いという紙を配るとぎょっとされる方ももちろんいます。私自身も毎日、皿を洗い、洗濯物をたたみ、子供の音読などに付き合っています。そして、土日は、子供らとキャンプをしたり、史跡を巡って、歴史について議論しています。

一方で、本質的な仕事はきっちりとやり抜く姿勢を常に持ち続ける。個人的には、頼まれた仕事は頂けるものは基本的に断らずに、まずは頂くスタンスです。本質的なことを外さないと考え始めると、仕事は増えてしまうところがあります。

あまりこんなことを申し上げても仕方が無いですが、後任として、今回は経済産業省を代表する優秀な二人の管理職にお渡ししましたし、CCSの時にも実質的には2.5人の管理職に引き継ぎました。さらに、宇宙の時には、自分の後任が3人いたこともあります。本質的なことを外さないと考え始めると、仕事は増えてしまうところがありますが、自分自身はどんな仕事であれ、手を抜かないという姿勢も重要だと思います。

――:官僚になるって、割にあいますか?

役所の仕事はやりようによって、全然やりがいありますよ。課題を課題として腹をくくって論点提起をする。色々反発があっても、逃げずに正面から議論して進めていく。予算にするなら予算にする。そうやってゴリゴリやっていると、普通の会社では40-50代にならないと出来ないような大きな仕事が、20-30代のうちに経験出来る。

もちろん色々な方向性を決めるのは、かつてに比べれば、政治の動きや、幹部の決裁権が大きいところはありますが、それでも「こういう政策をやりたい」「この業界はこうなるべきなんだ」といったビジョンを示せば、おそらく民間企業以上に若いうちから大きな仕事が手掛けられると思いますし、それが魅力であると感じます。私たちを相手にしていただいている各企業、各産業の窓口はほとんどが部長・役員・社長クラスです。練り上げられたものの見方に触れることは大変重要なことだと思います。

もちろん、仕事が思うように進まなかったり、想定していないトラブルにまみれたり、嫌みを言われたり、怒鳴られたり、いろいろと誤解も的を得たものも含めて、悪口を言われていることに気づいて疲れることもあります。

しかし、全員が好きとか全員が嫌いという現象は世の中にはありませんので、何かを動かそうとすれば、そういう状況にまみれるのはいささか仕方が無いとも言えます。国を動かす仕事のダイナミズムをここまで味わえるのは、他の仕事にはない魅力だと思いますし、ますます若くて、力のある方々に担っていただきたいと思います。

中山先生にも大変お世話になりました。中長期的な観点から、日本のコンテンツがどうなっていくかについては、私自身としても、しっかりと見据えていきます。幸い、異動後にも、継続的に何がどうなっているのかを教えていただける方もいらっしゃいます。むしろ、コミュニケーションが増えている人たちもいます。

ここまで読んでいただいた皆様、日本のコンテンツを愛し、そして、育てていただける方であると確信しております。引き続きのご愛顧とご指導を頂ければと思います。また、在籍中に多くの方々にお世話になりました。この場をお借りして、改めて御礼を申し上げます。どうもありがとうございました。

 

会社情報

会社名
Re entertainment
設立
2021年7月
代表者
中山淳雄
直近業績
エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
上場区分
未上場
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