2015年に日本に上陸し、東京ゲームショウでも基調講演に登壇したTwitch。世界最大のゲーム実況配信プラットフォームだ。
2016年は満を持して単独ブースを出展し、プロゲーマーとして著名な梅原大吾氏をグローバル・アンバサダーに迎えるなど、日本でのマーケティングやユーザーコミュニティとの連携も進めている。Twitchの日本市場における現状や今後の戦略などについてケビン・リン氏(COO)、レイフォード・クックフィールド三世(アジア太平洋地域ディレクター)、チェイス氏(広報)、そしてTwitch Japanの中村鮎葉氏(アカウントマネージャ)に聞いた。
▲左から中村鮎葉氏、ケビン・リン氏、レイフォード・クックフィールド三世、チェイス氏
■「Twitch」日本ユーザー、直近1年間で700万UUを記録
――:今日はよろしくお願いします。ゲーム実況配信プラットフォームとして世界的に有名なTwitchですが、まだまだ日本ではなじみが薄い人もいると思います。簡単に会社の概要と日本市場での現状について、教えていただけませんでしょうか?
中村氏:わかりました。はじめに私の方から簡単にご説明させていただきます。もともとTwitchは総合ストリーミング配信プラットフォーム「Justin.tv」(現在は閉鎖)を母体に、2011年にサービスを開始しました。
きっかけはシンプルで、Twitchの共同設立者であるJustin Kanが年中無休で自分の生活をストリーミング配信したことがあったんです。ところが、他にそうした人がいなかったんですね。それで個人が配信するだけではなくて、いろんな人が配信できる動画サイトを作ることにしました。これがJustin.tvです。ところが大きな問題が出てきました。自分たち自身がそのサービスをあまり使っていなかったんです。
――:なるほど、よくある話ですね。
中村氏:はい。それで、何をすれば自分たちの情熱が仕事につながるか考えまして、「そういえば俺たち、ゲームが好きだよね」と。実際Justin.tvの中にもゲームの生放送をしている小さなコミュニティがありました。ちょうど『スタークラフト2』のβ版が出た頃だと思います。弊社の社員もゲーマーが多かったので、ゲームが上手くなるために他人のプレイ動画を見て研究していました。ところが、またまた問題がありました。みんなJustin.tvではなく、他の動画サイトををチェックしていたんです。
――:それも、よくある話です(笑)
中村氏:さすがにそれは駄目だろうということになり、Justin.tvのゲーム配信コミュニティに、どんな機能が欲しいのか徹底的にヒアリングしていきました。その結果誕生したのが「Twitch」です。ソーシャル要素のあるゲーム実況配信プラットフォームですね。他人とチャットしながら、一緒にゲームを遊んだり、自分のゲームに対する情熱をぶつけることができます。チャットで使えるスタンプもあり、非常に人気になりました。
▲中村鮎葉氏
――:なるほど、そういった経緯があったんですね。
中村氏:Twitchが成長する過程で予期しない事件もありました。それが「Twitch Plays Pokemon」です。『ポケットモンスター』をプレイする様子をみんなでチャットしながら楽しむというもので、ユニークユーザーは120万人にも及びました。同時接続者数も数千人に上ったと思います。たんにチャットするだけではなく、チャットでコマンドを書き込んでいき、時間を区切って多数決で行動を決めるなどして、何千人ものユーザーが一つのゲームをプレイするというものだったんですよ。
――:それはクレイジーでしたね(笑)
中村氏:ええ、Twitchのチャットシステムが壊れるんじゃないかとか、絶対にクリア不可能だとか言われていましたが、実際は8日でクリアされてしまいました。こういった出来事を経て、現在Twitchはゲームに限らず、世界最大の生配信プラットフォームになりました。オンラインのプラットフォームとしても、最もエンゲージメントの高い場所になっています。グローバルでは毎日1千万人、月間で1億人のユニークユーザーがアクセスしています。平均滞在時間は約2時間で、60%が1週間に20時間視聴し、平均年齢は25歳です。
――:日本ではいかがですか?
中村氏:昨年の東京ゲームショウに「Amazon & Twitch」ブースとして出展しました。そこから1年間で、700万人のユニークユーザーがアクセスしました。平均滞在時間は約4時間で、一日平均約10万件のチャットがおこなわれています。
――:それはすごいですね。海外以上だ。
中村氏:はい、私たちも驚いています。他にこの1年間で行ったことの一つに、プロゲーマーの梅原大吾氏をグローバルアンバサダーに招聘しました。これによって我々も日本市場を理解することができ、また日本を世界に紹介できたと思っています。格闘ゲームのコミュニティに対しても、「カプコンプロツアー」や「EVO」などをはじめ、さまざまなコラボレーションが進みました。格闘ゲームに限らず、今ではさまざまなゲームのコミュニティとタイアップを進めています。
――:なるほど。
中村氏:ゲームだけではなく、Twitchのコンテンツには「クリエイティブ」というジャンルがあります。もともとゲーマーがオンラインゲームの対戦待ち時間にイラストを描きながら待っていたことから始まり、つい最近「Twitchキャラクターデザインコンテスト」を開始しました。日本にも絵師さんがたくさんいらっしゃるので、ぜひ一人でも多くの人に応募いただきたいですね。
他にもローカライズの改善を進めています。UIの日本語化などは2017年に完成させる予定ですが、それ以外に検索機能を強化したり、日本のゲーム会社とより連携して、海外のオーディエンスにつなげられるようにしていく予定です。
――:急成長ですね。ちなみに社員数はどれくらいですか?
ケビン氏:2014年9月にAmazonに買収された時は全世界で約280人でした。今は約700人弱になっています。そのうち、約6割がエンジニアです。
――:すごく素朴な質問ですが、コーポレートカラーが紫色なのは何故ですか?
▲ケビン・リン氏
ケビン氏:これには何ヶ月も議論したんです。あらゆるゲーム会社、IT会社を観察し続けて、もっとも使われていない色が紫だったんです。もちろん社員が大好きな色でもありました。立ち上げ当時はあまり社員がいませんでしたが、なぜかみんな紫色が好きだったんですよ。そうした理由で決まりました。
実際、紫色はいろいろな多様性を認める、良い色ではないかと思います。いろんなイベントでも目立ちますしね。Twitchのグッズの中に紫色のパーカーがあり、けっこうプレミアがついてきたんですよ。
――:実は多くの日本企業はロゴや製品パッケージに紫色を採用していません。ローカライズの一環として、コーポレートカラーの変更も視野にいれるくらい、ドラスチックなことを考えられても良いかもしれません。
レイフォード氏:たしかに、海外のYahoo!はロゴが紫色ですが、日本のYahoo!はロゴが赤色ですよね。たまたま看板を見て驚きました。
▲レイフォード・クックフィールド三世
チェイス氏:なにか文化的な原因がありますか?
――:正確にはわかりません。ただ、日本では紫色が伝統的に高位を現す色とされ、皇族やそれに連なる者しか使用を許されなかったという事情も関係していると思います。そのため紫色のロゴが街中で珍しく、違和感を感じてしまうのです。
中村氏:たしかに、そういった話は聞いたことがあります。
――:なぜこんなことを言っているかというと、Twitchは日本でサービスをはじめて年月が浅いこともあり、まだまだ日本企業という感じがしないんですね。たとえば多くの日本人はセブンイレブンは日本発祥だと思っていますし、マクドナルドもそうかもしれません。同じように多くのアメリカ人はソニーがアメリカの企業だと思っているのではないでしょうか。いずれも、さまざまな企業努力の結果だと思います。Twitchは日本市場に浸透するために、どのようなことをされていくのでしょうか?
ケビン氏:この1年間でコミュニティを理解することが必用でした。実際に理解がかなり進んだと思います。その結果、ローカリゼーションがかなり進みまして、90%くらい終了しています。次に先ほど述べたように検索機能ですね。今は検索結果がグローバルな順位で表示されていますので、日本だけで検出されるようにする必要があります。
他に日本のコミュニティの話を聞いて、もっと関係性を構築していく必要があります。日本出身のスターが誕生して、世界中で有名になるような状況を創りたいと思っています。Twitchはユーザーがスターになる可能性がある場所ですからね。
――:この場合の「スター」とはどういう意味ですか? プロゲーマーでしょうか? アクセスを稼ぐ実況ゲーム配信者でしょうか? クリエイティブというジャンルもあるとのことですが、ゲーム開発者なども含まれるのでしょうか?
ケビン氏:「ゲームを愛するすべての人」「ゲーム体験を共有したいすべての人」という意味ですね。そのため、先ほど上げられた方々すべてが含まれます。
――:なるほど。Twitchは近年、GlobalGameJam(世界最大のゲーム開発ハッカソン)でメディアスポンサードをされていますよね。これもそうした見解からだと思いますが、日本のGlobalGameJamに対しても、同様の考えはありますか?
ケビン氏:もちろんです。Twitchはゲーム文化すべてをカバーします。ゲーム開発イベントもその一つですよ。
――:その際の窓口はどこになるんでしょうか? コミュニティがTwitchとコラボレーションしたい時は、誰に連絡したら良いのですか?
ケビン氏:もちろんTwitch Japanです! 今年は特にそうしたコラボレーションを強化していきたいと思っています。
中村氏:ぜひ私たちに連絡して欲しいですね。
――:Tokyo Indie Fes 2015でメディアスポンサードをされていましたが、他にはどのようなイベントの配信を予定されていますか?
ケビン氏:BitSummit(6月に京都で開催されるインディゲームのイベント)はその一つです。また例年サポートしているものに『ストリートファイターIII 3rd Strike』を用いた格闘ゲーム大会「クーペレーションカップ」や、『鉄拳』シリーズを用いた「MASTERCUP」などがあります。
――:コラボレーションするコミュニティやイベントの規準はありますか?
ケビン氏:よりアクセス数が増えて、間接的にTwitchの配信者が増えることが見込まれる、という点がその一つです。他にゲーム開発者であれば、開発過程を「ダダ漏れ」配信している人がいますよね。『Minecraft』のファンコミュニティなどはその好例です。実際、クリエイティブはTwitchの中でも成長ジャンルです。そうしたコミュニティには積極的にサポートしていきたいと思っています。
――:それは興味深いですね。
ケビン氏:もちろんサポートにはいろいろなやり方があります。ツールの提供などはその一つです。現在Twitchの視聴とゲームプレイをより円滑に繋げるためのツールを開発しており、ゲーム開発者に対しても、そうしたツールを提供できるように準備しています。ゲームが作られている過程を生配信すると、コミュニティからいろいろなフィードバックが得られます。これを、より便利に行えるためのツールというイメージです。
■VRゲームと実況の親和性について
――:TwitchではPCゲームや家庭用ゲームの配信が中心だと思いますが、日本ではモバイルゲーム市場が中心です。モバイルゲームの配信例はありますか?
ケビン氏:『モンスターストライク』『パズル&ドラゴンズ』『シャドウバース』などですね。もっとも、ご指摘の通りでTwitchはまだまだ、モバイルゲームユーザーに浸透していません。日本ではPCゲーム市場が小さいこともあり、家庭用ゲームの配信が中心ですね。
――:最近では『Vainglory』など、日本でもMOVAタイプのモバイルゲームが登場してきました。今後はモバイルゲームむけのマーケティングが増えていくのかなと考えています。
ケビン氏:もちろんです。『Vainglory』だけでなく、アメリカでは『クラッシュ・ロワイヤル』の大会なども配信例があります。モバイルゲームは我々にとって非常に大きなジャンルになっていますね。日本と同じようにワールドワイドでも、Twitchはすべてのジャンルに浸透しているわけではありません。特に最近のモバイルゲームはじっくりと遊べて、実況プレイに適しているものが増えていますしね。
――:Twitchではモバイルゲームむけに配信用SDKを提供されていますか? モバイルゲームを遊びながら、そのままスマートフォンだけで実況配信できますか?
ケビン氏:実は3年前にそうしたSDKを用意していましたが、まだモバイルゲームでは採用事例が5本に留まっています。当時はカジュアルゲームが多く、実況プレイの需要が少なかったのです。弊社の規模も小さくて、そこに割けるリソースも限られていましたからね。しかし、モバイルでもじっくり遊べるものが増えてきましたので、SDKの開発を再開するタイミングだと感じています。
――:VRについての取り組みについても教えてください。VRとゲーム実況の親和性について、多くの事業者が注目しています。TwitchではVR向けの施策を考えていますか?
ケビン氏:今はOculus RiftむけにTwitchを視聴するためのツールを提供しています。Oculus Riftを装着して、シアターモードのような形でTwitchの映像を楽しみつつ、アバター同士でボイスチャットができるというものです。もともとVR空間でゲームを共同開発をするための方法を研究開発していて、そこから生まれました。PCではキーボードによるチャットが一般的ですが、VRで替わりになるものを考えた結果、こうなりました。
――:それはおもしろいですね。VRゲーム自体の実況配信についてはいかがですか?
ケビン氏:もちろん、そこも研究開発中です。我々以外にも多くのVRゲーム開発者が独自にやり方を模索しています。ただ、確実に言えるのは、まだちょっとVRゲームの実況配信は時期尚早ということです。VRゲームの種類がまだまだ少ないですし、ゲームの作り方やゲームエンジンの機能に依存する部分もありますしね。
VRゲームの多くは一人称視点ですが、配信する上では任意に三人称視点に切り替えられたりした方が、よりダイナミックな映像になる、などは好例です。この点、ゲーム会社ともディスカッションしながら、研究開発を進めています。
――:なるほど。
ケビン氏:まあ、何がおこるのかわからないのがゲーム業界です。まったく新しいものが、これからも出てくるでしょう。実際に我々もVRはゲームの未来に欠かせないものになると思っていますし、そのための準備は進めています。
▲チェイス氏
チェイス氏:おもしろい例を紹介しましょう。VRコンストラクションゲームの『Fantastic Contraption』(NORTHWAY GAMES)ではTwitchのチャット機能が統合されていて、VR空間内にチャット画面が表示されます。
また、近未来のVRホバーレースゲーム『HOVER JUNKERS』では、VRゲームの中でTwitchのダッシュボード(管理画面)に直接アクセスすることもできます。ちなみに本作はゲームの開発過程がすべてTwitchで配信されています。
――:それはすごい。つまり今はそうした連携機能をゲームスタジオ側が独自に作り込んでいますが、将来的に同様の機能がTwitchの側に取り込まれて、公式にサポートされる可能性がある、ということですね。
ケビン氏:そのとおりです。まだ公式には何もお話しできることはありませんが、ぜひそうした形にしていきたいですね。
――:VRゲームの実況配信では、ゲーム画面と体験者の様子を同時に配信したい人が多いと思いますが、そうしたことはできますか?
ケビン氏:現状では別途USB接続のWebカメラなどを用意して、VRのゲーム画面の中に枠を作り、体験者の映像をはめ込むくらいならできます。もっと有機的に両者を組み合わせたいとなると、今後の課題になります。ただ、おっしゃるとおりで、そこは非常に重要なポイントですね。
――:ゲーム業界は変化が非常に早くて、来年の話をすると日本では「鬼が笑う」と言われますが、5年後に日本市場でTwitchは、どのような存在になっていたいと思いますか?
ケビン氏:何千、何万人もの人が、Twitchで家計を支えられるようになる。そんな風になっていたいですね。その上で、Twitchにおける視聴体験に適した、それこそ何千、何万人もの人が一緒にゲームを視聴しながら、一緒に楽しめるゲームが出てくることを期待しています。
ゲーム開発者の皆さんにとっても、Twitchでどんなユーザーがどんな番組を視聴しているか、リアルタイムで確認できることが、新しいゲーム体験の創出に役立ててもらえるのではないでしょうか。VR、ARと新しい技術はどんどん出てきますし、モバイルゲームもますます進化していますしね。
レイフォード氏:ゲームは5年後もTwitchの中核であり続けると思いますが、他のジャンルにもコンテンツが広がっているかもしれません。日本には絵師さんをはじめ、さまざまなクリエイターのコミュニティがありますから、そういった人々にどんどん役立てて欲しいですね。Twitchが日本企業だと誤解されるくらいに、日本のコミュニティの要望に対して答えられるようになっていたいです。
チェイス氏:日本ではTwitchで配信されていない、Twitchを使用していないイベントや、ゲームのジャンルもたくさんあります。モバイルはその一つです。あらゆるジャンルでTwitchが使われるようになっていたいですね。
――:ありがとうございました。
(取材・文:ライター 小野憲史)