【インタビュー】ハードの開発はソフトチームとの共同製作へ 新たに生まれたシナジーとは…SIE WWS プレジデント吉田修平氏に聞く(3/5)
VR業界の最前線に立つキーマンにVRに携わる前と、VRに携わった後の話を伺うインタビュー企画の第1回。
本企画の第1回目は、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(以下、SIE)傘下のSIEワールドワイド・スタジオ プレジデント吉田修平氏(写真)に、インタビューを実施した。
今回はSCEアメリカへの異動、ワールドワイド・スタジオ(WWS)の設立、PlayStation 3の発売とPlayStation 4の発売までを、振り返っていただいた。
■SCEアメリカ、ワールドワイド・スタジオの設立、ハードの開発は方針転換へ
2000年にPlayStation 2が発売された時、当時のSCEアメリカ社長の平井一夫さん(現ソニー株式会社取締役、代表執行役社長兼CEO)に誘われてアメリカへ行き、2000年4月から2008年9月頃まで北米のゲーム制作の担当をしていました。
その間の2005年にワールドワイド・スタジオ(WWS)が設立。当時、PlayStationのゲーム制作は、日本は日本、アメリカはアメリカ、ヨーロッパはヨーロッパと地域毎に行なっていたのですが、ゲームの制作規模が大きくなってきたことで、組織を一本化しました。
2006年にPlayStation 3が発売されて以降は、ハード主体の開発から徐々にハードのチームとゲームソフトを制作するチームが一緒になって、新ハードを作るという方針になっていきました。
この方針によって、ハードウェア側から色々な提案をしてもらって、それを見たソフトウェア側からはこんなことを実現したい、ハードウェアでこれができるんだったら、こういうアイデアが実現できます、といったやりとりが生まれました。
ハードウェアの技術者達は非常に優秀ですが、新しい技術が本当にゲームに生きるのか判断がつかないことがあります。そこでゲームソフトの制作チームと直接やりとりし、ハードウェアのプロトタイプを作って、そこでゲームの制作をしてみる。
こういったやり取りをすることで、取捨選択のプライオリティがとてもつけやすくなりました。ハードウェア技術者達もすごく喜んでくれて、そういう関係の中で作ったのがPlayStation Vitaであり、PlayStation 4であり、PlayStation VRです。
広い意味で言うとゲームは世の中に浸透しました。今ではいろんなデバイスでゲームができるようになり、今度は家庭用ゲーム機の存在価値は何だろうという事を、常に示し続けないと、選んでいただけないのが現状です。
PlayStation 4は、ワールドワイドで大ヒットしていますが、日本はまだ海外と比較すると普及率という意味ではこれからです。
初代PlayStationのやりたかった事は、結果的に自分たちの思っていた以上の成果が出たと思います。
それからPlayStation 2、PlayStation 3となって、現在はPlayStation 4ですが、グラフィックスの性能やメディアの容量が上がり、ネットワークも追加され、規模も大きくなるとともに表現力が増して、最近で言えば『アンチャーテッド 海賊王と最後の秘宝』や『Horizon Zero Dawn 』などは凄いクオリティになりました。
ただ、PlayStation 4の大型タイトルは制作期間も開発コストも大きくなり、年間にリリースされる数は多くありません。
現在、その間を埋めているのがインディーゲームです。インディーゲームは少人数、それこそ、初代PlayStationの頃のような制作体制で、場合によっては1人で何年かかけて作っています。そのため、クリエイターの思いがそのままゲームになるような作品が出てきています。
様々なゲームが1年を通して豊富にリリースされ、そこから新しいクリエイターが生まれたり、新しいアイデアが試されたりしています。それはPlayStation VRの現状も同じですね。
<続く>
4月27日(木)掲載
・【インタビュー】VRを創りたいクリエイター達のパッション、PSVRの開発からVR元年まで…SIE WWS プレジデント吉田修平氏に聞く(4/5)
過去連載一覧
・【インタビュー】PSVRはここから始まった、ソニーからSCEへの事業化までの道のり、嘘みたいな本当の話…SIE WWS プレジデント吉田修平氏に聞く(1/5)
・【インタビュー】SCEの始動、ゲームをより幅広い人へ、よりカッコイイものにしたかった…SIE WWS プレジデント吉田修平氏に聞く(2/5)
(取材・文・撮影 : 編集部 和田 和也)
会社情報
- 会社名
- 株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)
- 設立
- 1993年11月
- 代表者
- 暫定CEO 十時 裕樹