【CEDEC 2018】「開発・運営が自らデータ分析する文化を!」 (Aiming 芝尾幸一郎氏) ゲームをより良くするための方法と施策とは?


今年もパシフィコ横浜にて開催された「CEDEC2018」。期日は8月22日から同月24日までで、この3日間は多数のセッションに様々な業界・様々な立場の人々が集まる。本稿では、「データを分析する文化を作る-開発運営が自分でデータを分析してもらうためにしたこと-」について、株式会社 Aiming開発グループリードソフトウェアエンジニア(データ分析チーム・Monolithリーダー)の芝尾幸一郎氏が行ったセッションに触れていきたい。


 
■プレゼンの主張はこちら

「データ分析は、データ分析の専門家が行うのではなく、開発・運営が自分たちで行うべきである。データ分析の専門家は、そのための手助けをするべきだ」

これは「社内にデータを分析する文化を作る」事を目標とした主張であり、開発・運営が積極的に分析を行って欲しいとの願いも込められている。Aimingでは、そのために次の施策を行った。

●社員誰にでも見られるBIツールの開発
●BIツールに興味を持ってもらうためのキャラコンペ開催
●データ分析講座・SQL講座運営
●データ分析社内報の発行

次に、これらの取り組みについての詳細を交え芝尾氏の言葉をお伝えする。
 


 
■ゲーム開発・運営とデータ分析

「データ分析が大事だ」という認識は広まりつつあり、ハーバードビジネスレビューにおいても「データサイエンティストは21世紀で最もセクシーな職業」だと言われている。また、総務省情報通信白書平成29年度版でも「データ主導経済と社会変革」について述べられているのだとか。これについて芝尾氏は、「データ分析自体が社会改革を起こすほどの大きなインパクトを持っているという特集が組まれている」と語る。実際にCEDECにおいてもデータ分析のセッションは行われているのだ。

一方、セッションの聴講者の中にデータ分析を行っている方が多くいたものの、データ分析チームを作ろうという企業は少なかったよう。そのため、Aimingでの事例を合わせて、実務としてどう動かすのかを紹介した。

「データ分析の目的」としてあげたのは、次の2つ。
一つは、PDCAサイクルを回すため、
一つは、開発メンバー間のコミュニケーションを促進させるため、
である。

PDCAサイクルはみなさんご存知「Plan・Do・Check・Action(Act)」だが、「通常これはPlanに寄っていて、意思決定のためのものだと思われている事が多い」と芝尾氏。しかし同氏は「Check(効果測定)のためのデータ分析はある」という。アクティブユーザーを上げる、売り上げを上げるという施策をした際に、「本当にイベントや施策の効果によって上がったの?」を調べる必要があるからだ。
 


CheckをするためにはPlan時の仮説・目標数値設定が必須であって、闇雲にPlanをあげて実行しても、仮説や目標設定がなければよく分からない事が多い。「仮説なくして検証なし」であり、効果があるとしたら何%なのか、副作用はあるのか、それらの予測、数値目標を立ててやっていく必要がある。


◎コミュニケーション促進
ユーザーが何を欲しているのか、どうしたいのかは行動分析をしないと分からないため、データ分析を通して何が起こっているかをチーム内で共有する事が大切。そして運営だけがそれを持つのではなく開発者などにも開示する事で、メンバーの情報の共有が共通言語を生み、生産性が高まるのだ。

◎データ分析を業務フローに加えよう!
ドメイン知識(ゲームの知識)、統計(数学の知識)、計算機(コンピューティング)はデータ分析の三要素。その要素をゲーム開発・運営にどう活かすのか? 例えば統計の専門家を雇えばいいのか? 答えはノーであり、ただ専門家が居るだけではバリューが出せない。なぜかと言えば、それは「業務フローの中にデータ分析のフェーズがないから」だという。Planから効果測定や改善をしないまま、再び同じPlanに戻ってしまうのだ。
 


その理由について、「ゲーム産業の成り立ちに、データ分析業務が含まれていないから」と芝尾氏は語る。開発して、流通にのせて、ユーザーの感想が聞けるのはリリース後のさらにまた後。改善に至るのは、ナンバリングタイトルや別のタイトルになりかねない。これに付け加えて言うならば、そのような雑多な情報を当時色濃く持っていたのはゲーム雑誌であり、メーカーにまでユーザーの情報は届きにくい状況でもあった。これでは到底分析にまで及ばないだろう。
 


一方ソーシャルゲームでは状況が全く異なっている。リリース後に「ゲーム運営」というフェーズが出てくるためだ。イベント配信や日々のアップデートで改善と開発は進み、分析される。ユーザーの声をゲーム内やポータルサイドでダイレクトに拾い、様々な情報が蓄積されていく。PDCAサイクルが生きているのだ。

つまりゲーム業界では業務フローにデータ分析を組み込んでからの歴史が浅く、統計の専門家を雇う前に、まず業務フローにデータ分析を組み込む事から始めるのが重要だと結論付けた。


 
■開発・運営自身でデータ分析を行う理由

データ分析を開発に活かそうと考えた時に、「①外部のデータサイエンティストがゲーム運営チームの依頼を受けて分析する」そして「②内部のゲーム運営担当が分析担当のサポートを受けてデータ分析を自ら行う」という2つの方法が考えられる。

ただしこれにもメリット・デメリットが存在していて、
①外部のデータサイエンティスト
利点:統計学・数学の高度な知識が活かせる/プロジェクト横断の知見が活用できる
欠点:ゲームに対するドメイン知識が運営に劣る/施策を提案しても実行に至らない

②内部の運営担当
利点:ゲーム内のドメイン知識が豊富/ゲームに対する「肌感覚」を持つ
欠点:統計やコンピューティングに弱い/プロジェクト間での情報共有がしにくい

これらを踏まえて、Aimingでは次の役割分担を行っている。
運営:基本的な集計・分析
データ分析チーム:より複雑な分析・モデリング/データサイエンスレクチャー

▼下の画像がこの分担を選んだ理由だが、運営の持つゲーム知識を最大限に活かしつつ、少人数である分析チームの負荷を減らして、かつ社内での共通言語の構築を目指している。


その目的は「データ分析する文化を作る」事だ。「分析する文化とはなんぞや?」と言うと、基本的には開発・運営が自ら分析する流れ、習慣を作る事である。
 


そのために芝尾氏が選択したのは、社員誰でも見られるBIツールの作成や各講座の開催、データ分析社内報の発行など。中でもBI(ビジネス・インテリジェンス)ツールは各プロジェクトの俯瞰的な可視化が進むので、今後のAimingにとって重要な意味を持つだろう。
 


 
■Aimingにおける施策紹介

▼以下の画像がBIツールの中身。


▼下の画像が、取得KPIをまとめたもの。「FQ5」は5日間連続ログインユーザー数で、定着率につながるためこれを最重視しているとの事。「MRPPU」は中央値(Median)で取った顧客単価で、ARPPUでは1人だけ廃課金がいたら分析結果が正しくなくなってしまうため、「中央値の方が実態に則した結果になるのではないか」と重視しているそうだ。


◎モノリスはリスではなくて板
チームMonolithでは、利用促進のために「BIツールのキャラコンペ」も開催。日頃BIツールに興味を示さないデザイナーやグラフィッカーも興味を持ってくれたので、成功を収めた催しだ。ただしMonolithのリスからリスを(狙って)選んだメンツも多かったようで、芝尾氏はニヒルな笑みを浮かべていた。もっとも、あのモノリスのキャラ化となるとそれはもう「ぬりかべ」なので、結果正解と言えよう。
 


◎データ分析講座・SGL講座
次に、施策として行われた社内勉強が紹介された。間隔は半年から1年の間で、近年では新卒向けのデータ分析講座も行っている。

▼以下の画像が、開催された各講座。


▼本番のDBでMySQLを使って問題が発生した事があるため、ビッグクエリを利用している。また、以前は初級勉強会にGROUP BYを入れていたが、難易度が高く非エンジニアには難しかったため中級に入っているそうだ。


▼ビッグクエリでのデータスキャンで実際に使った金額は、単位あたり1セント程度の金額しかかからなかった。


◎社内報「モノリスさん」
キャラコンペで栄冠を手にした「モノリスさん」が表紙を飾る社内報は、数ヶ月に一度のペースで作成されている。テーマはもちろんデータ分析で、これまでに8号を発刊、毎号30ページのボリュームを持つという。データ分析チームが執筆・編集しており、編集会議まであるというからガチめの取り組みがなされている。正直大変な事だと思う。しかし、この手のものは実際に「共通言語作り」に役立つものでもあるので、必ず誰かが良いアウトプットにつなげているはずだ。
 


実際、「社内報は呼び水になる」と芝尾氏。勉強会となると足踏みしてしまう、または時間のとれない者でも、社内報であれば入り口は軽く、情報の到達まで自分のペースを保てる点が大きい。


 
■まとめ

「データ分析は、データ分析の専門家が行うのではなく、開発・運営が自分たちで行うべきである。データ分析の専門家は、そのための手助けをするべきだ」

本稿冒頭で述べた上記を念頭に、「社内にデータを分析する文化を作る」事に注力した結果、ある程度の成功を得た。とは言えその文化を根付かせるには今しばらくの時間がかかるのも事実。今後も継続していき、「ゲームに関わる全員がデータを意識する事で、ゲームはより良くなる」と願いを込めてセッションを締め括った。