【インタビュー】「ゲーム・アニメ産業が海外展開で必要なものとは」…ブシロード中山氏と文化人類学者三原氏が語る日系コンテンツの未来(後編)

昨今のエンタメ産業は表現の多様化が進み、リアルとデジタルが交わる形で世界的にも経済圏が広がってきていると言える。
 
本稿では、ゲーム産業の北米・アジア展開を推進してきたブシロード執行役員の中山淳雄氏と、アニメ産業の欧米・アジア展開を調査・研究している文化人類学者で元経済産業省クール・ジャパン政策担当官僚の三原龍太郎氏をお迎えし、ゲーム・アニメを始めとした日本のエンタメ産業の未来について話を聞いた。
 
後編ではこれまでのアニメ産業のグローバル化を振り返り、日本エンタメのグローバル化の鍵について紹介していく。
 
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今のアニメ業界はグローバル配信プラットフォーマ―の下請け?

 

株式会社ブシロード
執行役員
中山淳雄氏(写真右)
 
文化人類学者
三原龍太郎氏(写真中央)

 (ファシリテーター:デロイトトーマツ 美田和成)
 
中山氏(以下、中山):そもそもアニメはなぜグローバル化できたのでしょうか?三原さんの著書・論文を読んでいるとアニメ産業にはドメスティックな中小企業が多いことが分かりますが、そういう企業群からグローバルなコンテンツが生まれたことがとても不思議です。
 
三原氏(以下、三原):どこかで読んだ表現の受け売りですが、おそらく実態は、海外に「届けた」のではなく「届いてしまった」ということなのだろうと思います。アニメ業界の方たち自身が積極的に海外市場を意識して作品を作って発信することでグローバル化したというよりはむしろ、海外で草の根的に生まれた日本アニメのファンの側がアニメを海外各国に「引っ張りこんだ」ことでグローバル化したということなんだろうと思います。
 
「プッシュ」型のマーケティングはほとんど何もしてないのにも関わらず、海外にファンベースが形成され、その海外「需要」に後追い的に「供給」をしていった、と。
 
中山:その後海外配信大手が日本アニメ産業に参入してきて、外資マネーが流入した。
 
三原:はい。購買力の強いネットフリックスの積極的なアニメタイトルのアグリゲーションもあって、アニメ産業の海外売り上げはここ数年の間に急伸しています。海外配信事業者による「バブル」を心配する声もあるようです。
 
中山:その「バブル」がアニメ作品の海外への浸透に本当につながっているのかという点が気になります。1990年代にアニメを北米に紹介した人たちは、Funimationや4Kidsなどのようにニッチなアニメ好きで、一緒に作品を育てていこうというマインドの強いディストリビューターたちだったと思います。
 
いまのトレンドが心配なのは、アニメが視聴者集めのための単なる「調達」になってしまっているのではないかという点です。お金を出して買い占めて、自社が囲い込んでいる大量のユーザーに選ばせて、選ばれなかったらラインナップから外せばいいや、という運用になってしまっているのではないかと。
 
三原:やや比喩的に言うと、私の理解は、グローバル配信プラットフォーマ―からすると、日本のアニメ産業は世界各地に存在する「クリエイティブ油田」の1つに過ぎないのではないか、というものです。
 
「油田」にストローを刺してクリエイティブを吸い上げてそれをネタにお金儲けができさえすれば世界中どこの「油田」でもいいわけで、日本アニメでなければならない必然性はとても弱いのではないでしょうか。
 
日本アニメの「クリエイティブ油田」が枯れたら別の「油田」に行けばいいだけだということなのでしょう。その意味で日本アニメは彼らにとってone of themでしかない。
 
2000年代中盤までは少なくとも日本のアニメ業界は自分たち自身でアニメを海外に広げようとしていたと思います。ところがネットフリックス等が参入してきてからはその作業をグローバル配信プラットフォーマ―が代替するようになり、結果日本のアニメ産業が全体として彼らの「下請け」のようになってしまっているように見えます。
 
先ほど申し上げたようにアニメ産業の海外売り上げはここ数年で大きく伸びていますが、そのような数字の面での伸びとは裏腹に、海外市場開拓に係るアニメ業界自身の自律性(autonomy)はむしろ大きく後退しているのではないかと危惧しています。
 
中山:そうなると海外配信大手のOTT(Over the Top)競争が、Disney+の登場などでだんだん安定・鎮静化してくると、日本のアニメ会社はよりどころを失いますね。アニメ業界が今のように海外配信大手への単なる1コンテンツ供給者ポジションのままだと、資本の出し手がアニメにお金を出さなくなった時点で一気に業界が弱体化します。自分たちで認知を創り上げる力を奪われたままで。

 

ロビー活動が足りないアニメ・ゲーム産業

 
中山:三原さんのご経験が本当に余人をもってかえがたいのは、アニメという産業について、欧米の大学での学術経験とクール・ジャパン政策の実務経験をかけ合わせて、いわば産官学の3つの視点で語れるところだと思っています。経済産業省や日本政府はコンテンツ産業の育成のために何をするのが正解なのでしょうか?
 
三原:私自身の考えは拙著(「クール・ジャパンはなぜ嫌われるのか」中公新書ラクレ2014)に書いたことがほぼ全てなのでここでは繰り返しませんが、大枠の話としてはやはり政府とコンテンツ産業界との間の広い意味でのコミュニケーションをもっと拡充していくことがまずは肝要なのではないか、と今でも思っています。
 
中山:私がカナダやシンガポールでみた産官協力はかなり画期的でした。バンダイナムコスタジオがバンクーバーに拠点を作ろうとしていたときに、現地でのパートナー企業を探して数十社企業まわりをしたのですが、そういう場にカナダの州政府の誘致担当者が普通にビジネスの会議にも同席するんですよ。そしてひとしきり議論して会社を後にするときに、「やっぱりこの会社、COOが抜けた後だし厳しいかもね」といったコメントまでしてくれる。

よくよく話を聞くとその担当者自身も前職でゲーム会社を創業した経験があったり。元起業家が政府に雇われているというのもすごい話ですが、加えてカナダでは州同士で誘致を巡って競争していて、「お前はあっちの州ではどれくらい税率ディスカウントもらっているんだ」「うちの州ではこれくらいできるぞ」といった条件交渉までやる。シンガポールはもっとすごくて、現地での雇用数をコミットすると法人税が減税されたりします。最初それを提示されたときは「え?税率って変えていいの?」と驚きました。
 
三原:それはダイナミックですね。
 
中山:翻って日本の場合は、政府のお偉いさんがバンクーバーに来たときに、現地日系企業のトップが集められた意見公聴会みたいなものがありました。銀行、商社、重工業といった日系企業のトップがずらーっと会議卓に並んで座る中、自分はその端っこの方にゲーム業界の代表のような形で座っていました。みな5分くらいずつ話す時間を与えられて、自分の業界の状況や政府の支援がほしいポイントなどについて順番に話していくんです。1時間半ほどかけて出席した10数社が全員話し終わった後、「大変貴重なご意見ありがとうございました。今後政府としてもこれを生かして外交を行ってまいります」って。「儀式」のような感じで、「え、これで終わり!?」と拍子抜けしたことを覚えています。
 
三原:ゲーム産業やアニメ産業が国の政策意思決定プロセスとの間にどのような実効的なチャネルを作ることができるか、というのは論点ですよね。コンテンツ産業は政府とずっと距離がありましたから。この点、そのようなチャネルを長い時間をかけて構築してきた自動車産業や家電産業には一日の長があるような気がします。
 
 
中山:GAFAがまさにいまやっているところですよね。ビリオンドル級の予算をロビー活動にあてたり、政府出身者を採用したり。政策の影響度が大きいのに、それを「お上の仕事」とせずに、日本のアニメやゲーム業界も自らごととして影響力を聞かせていかないといけないフェーズだと思ってます。もう規模的にも注目度的にも高い業界ですし。

三原:エンタメ業界はもともと政府や政策といった格式ばった世界とは無縁であるところがその良さだったりするので、製造業などとはまた違った難しさがあると思いますが、アニメ業界では一部そういったロビー活動を活発化させようとする動きがあるようですね。

 
 

「オタク経済圏」の学問的な価値

 
――お二人とも学術的なバックグラウンドもお持ちですが、政策に加えて学術がエンタメ産業に果たしている役割についてはいかがでしょうか?
 
三原:アニメを産業として見たり、アニメの経営面にアプローチするような研究者は残念ながら海外ではほぼ見たことがないですね。海外における日本アニメの研究は映像テクスト分析が主流で、映画論や文学からアニメ研究に入るケースが多いように思います。研究者のキャリアバックグランドという観点から見ても、実務を経験したうえでハードコアな研究者になったというケースはあまりないのではないでしょうか。ただ逆に言うとその空隙に私自身のチャンスがあるというか、私自身の実務経験やアニメビジネスのフィールドワークに立脚した研究が貢献する余地があるような気がしています。
 
中山:学術の価値はレイヤー化だと思っています。一つ革新的な知見を分析・執筆すると、それを所与のものとして皆がその上に乗っかってプラスアルファの研究をするようになる。
 
三原:ある特定のトピックに関する研究が現状では少なくて「キワモノ」扱いされていたとしても、そのようなテーマを扱う論文の数が増えてきて、それらの引用数が増えていけば学術的な正統性が出てきて、ひとつの分野として確立していったりします。学術の世界もある意味多数派工作の世界と言いますか(笑)。
 
中山:僕が三原さんの本を引用させてもらい、また三原さんにも僕の本を引用してもらうことで、2人でお互いの学術的信頼性を上げていくことだってできる。ある意味貨幣に似ているというか、知識の交換の頻度が上がっていくことで、その知識に係る価値の信頼性も上がっていくようなところがありますよね。
 
三原:中山さんのご著書の内容に再び戻りますと、研究者としてこの本の「理論的貢献」について伺いたいと思うのですが、中山さんが提示された「オタク経済圏」のメカニズムに関する議論は、これまでなされてきた「メディアミックス」論などとどう異なるのでしょうか?
 
私の理解は、「オタク経済圏」というのは、ある特定の作品タイトルを中核として形成されている経済圏で、タイトル毎に組成される製作委員会的な企業パートナーシップであるところの「文化コンソーシアム」をその組織的バックボーンとし、それらの企業群が協力して当該タイトルに係るコンテンツをバーチャルもリアルも含めた様々なチャネルで同時多発的に展開し、「2.5次元」的な「ライブ感」を演出して消費者の「参加」も得ることによって、国内のみならず海外に向けてもブーストされるものである、そしてそれが21世紀型の日本エンタメ海外展開の勝利の方程式であり、「GAFAの次」に来るものである、というものです。
 
中山:はい、その通りです。タイトルでもそれを示してます。
 
三原:他方で、多チャネルによるコンテンツの同時多発的展開といった手法は大塚英志氏を始めとした「メディアミックス」論の分野で既にかなり議論されており、特に「リアル」がそこで果たす役割の重要性については例えばマーク・スタインバーグ氏がアニメ「鉄腕アトム」に係るステッカーのマーチャンダイジングを事例として指摘しています。
 
ファンは単に作品を受動的に消費するだけではなく、当該作品に積極的に「参加」する主体的な存在でもあるという視点も、ヘンリー・ジェンキンスを始めとしたいわゆる「ファン・スタディーズ」の分野で既に相当な議論の蓄積があります。

中山さんが本書で提示された「オタク経済圏」という考え方は、そのような先行研究に対して、どこが異なり、何が新しいのでしょうか?
 
中山:いきなりアカデミックにぶち込んできますね(笑)!大塚英志さんを始めとしたメディアミックス論は作品単位だと認識していますが、僕が「オタク経済圏」と言ったのは作品横断的に海外で新しいリテラシーができあがるという意味合いがあります。
 
例えばこんな話があります。カナダでゲーム開発をしていたとき「バイキング」をテーマにしようとした作品があったのですが、その際にカナダ人の頭の中にあるバイキングのイメージと日本人のそれとが全然違かったのです。日本的なバイキングのイメージは、ツノを2つつけたヘルメットをかぶってドワーフみたいなおっさんが酒飲みながら略奪しているような。カナダ人のほうは(その当時流行していたドラマの影響もあってか)それとは全然違っていて、アイスランドや英国をパイオニアとして開拓し、秩序と義理を重んじるCoolな民族、といったものでした。
 
考えてみれば、「バイキング」と言われてどういうイメージを持つかというのは、その人の人生のエンタメ経験に紐づくんですよ。でも遊んできたゲームも、見てきたテレビ番組も違うカナダ人と日本人では、そのすり合わせ作業が大変。ゲーム開発の過程で、あのゲームのこういうギミックにこのキャラのイメージを足して…といった抽象的なイメージの構築作業が成り立たない。
 
でもポケモン以降の「オタク経済圏」というインフラが北米でも出来上がることで、また同時にライブコンテンツ化で共時体験することで、北米の人々の頭の中でも日本人とほとんど変わらない「日本系コンテンツの経験蓄積」が出来上がっているのではないか、と。
 
三原:なるほど。確かに「オタク経済圏」の議論には、作品や国のボーダーを横断するといった側面が強調されていますね。今までのメディアミックス論は国内での展開が暗黙の前提になっていて、それが海外に移植・拡張していくとどうなるか、というのは私自身の問題意識でもあるのですが、そういった論点とも共鳴するところがあるのかも知れません。
 
中山:前に日本と米国でアプリの使用重複率を調べたことがあります。日本の5000万人のアプリゲームユーザーの内訳は、少年ジャンプ系、パズル系、ほっこり系、ゲーム系のアクションもの、といった風に遊んでいるジャンルがすごくばらけているんですよ。
 
でも米国では、それらが全部「日本系アプリ」として一緒くたなんですよね。米国には1億人のアプリゲームユーザーがいますが、その「日本系アプリ」で遊んでいるのはその中の600万人くらいでした。
 
つまり彼らはパズル系、アクション系といったゲーム性そのものがプレイの動機付けなのではなく、「日本系」であることが動機づけなんですね。全米ユーザーの5%くらいの「日本系」愛好者が、ジャンルもゲーム性も本来全く異なるはずのゲームを一緒くたにして遊んでいる、という。
 
そうであれば、日本のコンテンツの送り手としては、1社1社が個別に作品を海外にどう持っていくかを考えるのは意味がなくて、この「5%」の母数を底上げするべく「日本系」コンテンツとして協調的にレイヤーを構築していくほうがよっぽど大事なんじゃないかと思った次第です。
 
三原:中山さんはご著書の中で、その「海外に届ける仕組み」として動画配信やeコマースを挙げられていますね。他方で、先ほども議論になったように、その分野は現状ではネットフリックスなどの海外勢の独壇場になっています。「オタク経済圏」が、特に海外との関係で、「GAFAの次」になるのか、それとも「GAFAそのもの」に回収されてしまうのかがポイントであるような気もします。

 

■2020年以降、海外の「日系市場」をアップグレードさせていく鍵

 
――だいぶ話が多岐に渡ってきました。そろそろ議論をまとめて頂いてもよろしいでしょうか?(笑)
 
三原:そうですね(笑)。だいぶ議論が拡散してしまいましたが、今後の展望的な話で言うと、中山さんがご著書を「創世記」と銘打っておられることが象徴的だと思うのですが、やはりこれまで日本の経済成長を牽引してきた製造業とその海外展開に係る経営組織論の「次」が求められているのではないかなあと思います。
 
すごく広く言えば、日本ひいては先進各国の経済産業が「サービス化」していく中、日本は過去の製造業での成功体験に引きずられて、この「サービス経済」での「勝ちパターン」を構築できていないという認識が広く共有されているように思います。ゲームやアニメも広くはサービス産業の内数であり、しかも世界に最もインパクトを与えている日本のサービス産業の一つである、という考え方ができます。
 
なのでゲーム産業やアニメ産業が海外展開する際の経営組織論上の論点とか、それこそ成功例や失敗学を、社会学や文化人類学といったディシプリンできちんと分析することができれば、それは単にゲーム業界やアニメ業界にとどまらずに、広く「次の日本」を考える際の共有知になるのではないかなあ、という気がしています。アニメとビジネスに関心を持っている文化人類学の徒としては、今後研究を進めたりそれを発信したりする上で、そういった点も頭の片隅に置いておくべきなのだろうなあ、と思います。
 
中山:私も三原さんと同じ問題意識です。ゲームやアニメの世界は「語り部」が圧倒的に少ないんですよね。僕自身も、エンタメ産業に従事する内部者と、研究者としての外部者の視点を交錯させながら、本書で提示した「オタク経済圏」の力は何なのかということを引き続き研究していきたいと思っています。その研究が企業の利益を産み、エンタメ産業の持続的な成長につながることを信じています。この「持続的成長」というのがポイントです。
 
三原:そういった「次」をどのように創り出すことができるかという点ではやはりアントレプレナーシップのような議論がポイントになってくるのでしょうか。創造産業セクターにおける起業家の果たす役割というのは個人的にも大変興味をそそられる論点ですね。この点ではいままさに木谷さんの下で働かれている中山さんのご経験が今後どのようになっていくのか大変興味深いのですが(笑)。
 
中山:そうですね、近すぎると逆に語れなくなってしまうこともあったりしますが(笑)。起業家が道を切り開き、その後追いとして「よそもの」がその道の価値や展開可能性を分析し、産官学の連携や企業間連携を促進させる。リテラシーの異なる海外市場では、北米でも前述のように実は5%の市場しか捕捉できていなかったりする。この「オタク経済圏」という商圏そのものを、集団の力でアップグレードしていく。それが2020年以降のエンタメ産業に必要なことなのではないかなと思っています。



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(構成:達川能孝)
株式会社ブシロード
http://bushiroad.com/
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会社情報

会社名
株式会社ブシロード
設立
2007年5月
代表者
代表取締役社長 木谷 高明
決算期
6月
直近業績
売上高462億6200万円、営業利益8億8200万円、経常利益18億9800万円、最終利益8億400万円(2024年6月期)
上場区分
東証グロース
証券コード
7803
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デロイト トーマツ

会社情報

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