デモを作るには、プログラミングやコンピュータグラフィック、デジタルミュージックなどの様々な技術が要求される。ゲーム開発に必要な技術もあってか、ゲームクリエイターも参加しており、今回PC 64K Intro部門にてKLabの細田翔氏、直江禎喜氏が優勝となった。
▲優勝作品『RE:SIMULATED』
そこで今回、優勝者の二人にオンラインインタビューを実施した。普段はゲーム開発のUnityエンジニアとサウンドディレクターとして活躍している二人。参加経緯や制作の裏側などについて伺ってきた。
■ゲーム業界とも関連が高いデモシーン制作
――:優勝おめでとうございます。まずは率直なご感想をお聞かせください。
細田氏(以下、細田):歴代のRevisionの優勝作品は非常にレベルが高く、自分たちの作品がそれらに並ぶとは微塵も思っていませんでした。入賞したらラッキーといった気持ちで結果発表に臨んでいたので、優勝作品に選ばれたことをしばらく信じられなかったくらいです(笑)
直江氏(以下、直江):まさに細田さんがおっしゃる通り入賞したらラッキーという気持ちでした。本当にありがたいです。
――:「Revision」の参加経緯についてお聞かせいただけますか。
直江:技術面でのリベンジが参加のきっかけとして大きかったと思います。細田さんと組んでデモシーンにエントリーするのは今回で2回目になります。1回目は一昨年の12月に開催されたTokyo Demo Fest 2018という国内最大のデモパーティでした。
Tokyo Demo Fest 2018のときは細田さんがUnity環境でグラフィックを作り、私が作曲ソフトを使用してサウンドを制作しました。その時の作品はありがたいことにCombined Demo Compoという部門で優勝したのですが、次回は64KBの制限のある部門やサウンドもコーディングのみで再生できたらもっと面白いね、という話を周りからいただいていたので、今回はRevisionの64K Introに挑戦しました。
細田:デモシーナ(デモ製作者)としては、64K Introなどの容量制限のある部門への憧れがずっとありました。
コーディングのみでサウンドを作るのはかなりの特殊スキルなのですが、Tokyo Demo Fest 2018のときに直江さんはノイズから音色を作り上げたとのことで素質を感じていました。そこで、今回はプログラミングの習得を含めて楽曲の作成をお願いすることにしました。
――:作品にて意識したことはありますか。
細田:前半のシーンはフラクタルを多用して情報量の多いビジュアルにしました。映像のビットレートが高くて動画では綺麗に再現しにくいので、ぜひお手元のPCで動かしてみてもらいたいです。
▲自作のデモ制作用ツールによる製作中の画面
また、サウンドとシンクロした展開にすることで、観た人の感情を煽るようにしました。また、後半の宇宙空間のシーンでは、尊敬するデモ制作グループをイメージした惑星とグループ名を登場させました。これはグリーティング(挨拶)と呼ばれるデモシーンにおける慣習です。
直江:シンプルなトランス調の曲ですが、映像と合わせたときにリッチさが出るように様々な音を入れるように意識しました。後半の展開で山が欲しかったため、人が「あ~っ」と言っているような音色を作ってみたり、また、スピーカー鳴りも気にして、なるだけ低音が出せるようにキックドラムの音色作りにもこだわって作ってみました。
――:苦労した点や印象に残ったことはありましたか。
細田:今回エントリーしたPC 64K Intro部門は、作品データの容量を64KB以内に収めるという制約が設けられています。そのため、Unityなどの既存のゲームエンジンに頼らず、描画エンジンや制作ツールをすべて自前で開発する必要がありました。64KB部門のためのエンジンとツールの開発は自分にとって初めての試みだったので、苦労しました。
また、今回のデモのために開発したエンジンは WebGL と WebAudio を利用して動作します。最新のChrome上で動作するので、高性能なPCがあれば、ぜひお手元で動かしていただきたいです。
NEORT version
※WebGL / WebAudioというWebの技術を用いて実装したデモ作品のため、最新のChromeと高性能なPCがあればブラウザ上で動作します。
効率的にデモを制作するためには、編集用のエディタ機能が必要です。prod用のビルドにはエディタ機能が含まれないような webpack の構成にして、編集用環境はファイル容量を気にせずに個人的に必要な機能を盛りだくさんに詰め込みました。Webフロントエンドの開発は経験が少なかったため、今回は良い勉強の機会になりました。
直江:サウンド面ではシンセサイザーの音色(おんしょく)作りについてかなり試行錯誤をして進めました。今回の制作では容量の制約上、wav、oggなどのデータを使用することが難しかったため、DAWなどの楽曲制作ソフトは使用せずGLSLというシェーディング言語でコードを書いて音を鳴らし映像に埋め込む手法を取っています。
制作の進め方として、楽曲制作ソフト上でMassiveというシンセサイザーを使いリードからドラムまで1からスケッチを作った後、スケッチした楽曲をコーディングによって1つ1つパートを再現、もしくは寄せていく作業を行いました。
ここで苦労した点は、市場に出回っているシンセと比べ、矩形波ひとつとっても自分の思うような質感で出力されないことでした。
普段、効果音や曲制作に使用しているシンセサイザーから出ている矩形波は、出力される前にコンプレッサーやサチュレーター等による何かしらの補正がかかった状態を聞いている可能性があり、今回のような純正の波形から市場レベルに近い品質までもっていくためにはさらに調整が必要だということがわかり、試行錯誤で質感を揃えていく作業がかなり大変でした。
市場に出回っているシンセサイザーの出力の調整もプログラマーの方々がひと手間かけて行っていたと思うと制作者の方に足を向けて寝られない気持ちになりました(笑)。
大変手間はかかりましたが、シンセサイザーの仕組みを知れば知るほど普段の制作での効果音、楽曲制作における引き出しが増えると私は思っているため、今回の音色作りはとても良い経験になったと思っています。
また、今回初のコーディングによる作曲だったため、細田さんにはGLSLの扱い方から細かい仕様まで大変お世話になりました。苦戦しながらも完成まで持っていくことができたのは細田さんという利き腕のエンジニアがサポートしてくれたからだと思っています。
細田:サウンドについては、直江さんがプログラミングが初めてとは思えない吸収力と速度でGLSLサウンドを習得されて、とても驚かされました(笑)。GLSLサウンド用のシーケンサーの実装だけは自分が担当したのですが、それ以外のサウンドの実装については、すべて直江さんにお願いしました。
――:デモシーン制作は普段のゲーム開発においても共通する部分は多いのでしょうか。
細田:デモシーン制作もモバイルゲーム開発も「データサイズや端末性能などの制限がある中で最高の表現を追求する」という点は共通ですので、デモシーン制作で難しい制限を乗り越えた経験が業務に役立つことは多いです。
以前に業務でアニメーションの負荷の削減に取り組んだことがあり、Unityのスキニングを頂点シェーダーで再現することで負荷を大幅に削減できたのですが、そういった発想や技術はデモシーン制作のおかげです。
――:お二人から見て、参加者にはゲーム業界のクリエイターも多かったのでしょうか。
細田:ヨーロッパ圏の参加者がもっとも多いですが、アメリカからアジアまで、参加者の国籍は様々でした。参加者のバックグラウンドまでは公開されていないので、あくまで印象論となってしまいますが、ゲーム業界や映像業界とデモシーンの関連は強いので、それらの業界からの参加者も多いと感じます。
――:KLabではRevisionのような海外イベントにも積極的に参加しているのでしょうか。
細田:Revisionについては業務としてではなく個人的に参加しました。ただ、KLabでは業務外の個人活動も評価の対象となるので、こういった社外イベントへも積極的に参加しています。個人のクリエイティブな活動を会社として支援してもらっているのはありがたいですね。
今回はオンライン開催となりましたが、当初は会場予定だったドイツ現地に半月ほど滞在するつもりで、その時も業務のスケジュール調整を快く行ってもらえたのはありがたかったです。これまでにもバンクーバーで開催されたSIGGRAPH2018と、サンフランシスコで開催されたGDC2019に業務として参加したことがあります。
直江:KLabでは海外のユーザー様に向けて行うイベントも多く、私の所属するKLab Sound Teamでもライブ演奏で海外に行く機会が多くなりました。
ドバイで開催された「Middle East Film & Comic Con」やフランス・パリで開催された「Japan Expo 2019」などのイベントで、チームのメンバーがKLabの出展ブースでゲームBGMを演奏し会場を盛り上げたりしています。
▲「Japan Expo 2019」の様子。
――:最後にメッセージをお願いします。
細田:次の目標としては、64KBという制約を全く感じさせない作品を作りたいですね。観た人が「どうやって実装してるんだ!?」と驚くような、純粋に映像としてかっこいい表現を目指していきたいです。そのためには、エンジニアとしての技術面だけでなく、アーティストとしてのセンスを磨いていきたいですね。
直江:今回、和音や展開、レイヤーを多用したサウンドの制作でしたので、もし機会がありましたら、次はフィルターなど1つの音が時間軸によって動的に変化する音作りなどにも挑戦できればと思います。他にもサウンドという立場でできることがあれば様々なイベントに参加してみたいと思います。
また、私が所属するKLab Sound TeamではTwitterで情報発信をしております。サウンドに関わる技術的なTipsや、KLabクリエイティブの動向をチェックできるアカウントとなっておりますので、是非フォローいただけると嬉しいです。今後とも私たちが現場から出来ること、また、今回のように個人で参加できるものなど積極的に努めて参りたいと思いますので、宜しくお願い致します。
――:ありがとうございました。
会社情報
- 会社名
- KLab株式会社
- 設立
- 2000年8月
- 代表者
- 代表取締役社長CEO 森田 英克/代表取締役副会長 五十嵐 洋介
- 決算期
- 12月
- 直近業績
- 売上高107億1700万円、営業損益11億2700万円の赤字、経常損益7億6100万円の赤字、最終損益17億2800万円の赤字(2023年12月期)
- 上場区分
- 東証プライム
- 証券コード
- 3656