【特集】ゲームAIは開発者の未来となり得るか?…譜面自動生成などの開発支援を行うKLabの機械学習活用に迫る

達川能孝 gamebizプロデューサー/TeeL合同会社代表
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「機械学習」や「AI」。昨今さまざまな場面にて目にすることが増えてきたのではないだろうか。ゲーム業界においてもAI分野の注目度は年々高まってきており、日本最大のコンピュータエンターテインメント開発者向けカンファレンス「CEDEC2021」の基調講演においても「VR・AIの新しい現実(リアル)」をテーマとして掲げられている。

各方面にて注目されつつある「ゲーム×AI」であるが、機械学習の最先端の事例をゲームで活用する例はまだ少ないだろう。これまでも最先端の技術を取り入れてきたゲーム業界においては、各社研究を進めているだろうが、まだその成果は世間に広く認知されていないのが実状と思われる。

そこで今回、gamebizでは、「ゲーム×AI」をテーマにした企業インタビュー特集を実施。各社のAI活用における取り組みや考えを聞くことで、ゲーム業界におけるAI活用の可能性や課題についてクローズアップしていく。

第一回となる本稿では、KLab株式会社の機械学習グループにインタビューを実施。同社はこれまでも機械学習の取り組みを行なっていたが、今年に入って機械学習グループとして独立した部門も立ち上げたそうだ。キーマンとなる二人にKLabにおけるAI活用の取り組みやその可能性について聞いてきた。

KLabの企業文化から生まれた部署「機械学習グループ」

――:まず簡単に、お二人についてお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。

 

濱田氏(写真左。以下、濱田):現在、KLabの開発推進部の機械学習グループに所属しております。KLabに入社する以前は総合ITベンダーの研究所で、機械学習の研究をしていました。

機械学習を使いこなすうえで、社内の様々なチームが取得したデータが統一されたフォーマットで1カ所のデータベースに集約されていることがすごく大事です。その観点でKLabはスマートフォンゲーム業界の中でも非常に先進的なデータ基盤をもっていたこと、加えて私自身がKLabのゲームのファンだったことから、転職を決めました。

また、前職から引き続き理研AIP(※)の客員研究員を兼任しており、業務と並行しながら研究所や大学との共同研究など、対外活動も行なっています。

※理化学研究所革新知能統合研究センター。日本のAIをリードする研究開発拠点として2016年に設立された。最先端のAI技術を社会実装するため、企業との共同研究も推進している。

高田氏(写真右。以下、高田):私も濱田と同じく開発推進部機械学習グループです。私自身、KLab歴は長く、新卒として入社してもともとはゲームエンジニアでした。

もともとゲームのサーバーサイドの開発を担当しており、その後、様々なゲームのデータを、横断的に分析するためのデータ基盤の仕組みを作ることになり、その取り組みを通じて、今年から機械学習グループを改めて社内でも立ち上げることになりました

――:それでは機械学習グループを立ち上げる前から、KLabでは機械学習に関する取り組みを行なっていたのですね。

高田:もともとデータ基盤グループという部署があり、 データ基盤を作る傍ら活用も行なっていました。そこから独立し、 機械学習が活用できる場面を俯瞰して組織横断的に支援していくた めに、専門の部署としてグループが立ち上がった経緯です。

――:実際にどういう体制でされているのかをお聞かせいただいてもよろしいですか。

高田:KLabではもともと、各ゲームタイトルに運用チームと開発チームがあり、その部隊とは別にいろんな技術支援を横断で行う部署があります。開発推進部という部署ですが、その中に機械学習グループや、データ基盤グループといったグループがある体制です。

機械学習グループの場合は、機械学習に関わる部分はなんでも支援する。技術提供したり、ライブラリ提供したり、サービス提供したりと、機械学習に関わる開発を支援するイメージですね。

――:ゲーム会社の中で、単独で機械学習のグループが立ち上がっているのも珍しいですね。

高田:そうですね。当社のようにゲームをメインにしているところでは、結構、珍しいかもしれないです。

――:実際、KLabにて取り組まれている、ゲームにおけるAIの活用というのはどういった事例がありますか。

濱田:KLab独自の事例としては、リズムアクションゲーム、いわゆる音ゲーの譜面作成を支援するというようなところで活用しています。KLabでは音ゲーをいくつか配信していますが、各タイトルに100曲近くの曲があり、それぞれ難易度、初級、中級、上級と複数の譜面を作る必要があるので、制作としては大変な作業です。

そこで、ニューラルネットなどを活用して、曲の音声データを入れると譜面のたたき台を出してくれる仕組みを導入しています。今まで譜面を作っていた人は、そのたたき台をベースにクオリティーアップに集中できるようにするという運用で、譜面作成を支援するシステムなどを作っていますね。

これは、3月にプレスリリースを出させていただきましたが、九州大学さんと共同研究もしており、そこではかなり新しい、最先端の学術的な手法も取り入れて、改良を加えていっております。

【関連記事】KLab、九州大学と機械学習を用いたリズムアクションゲームの譜面制作支援システムについて共同研究を開始 運営するゲームの譜面制作で効果検証も

 

――:譜面の自動作成はすごいですね

濱田:ゲームAIというと、いわゆる思考ルーティンと言いますか、NPCキャラクターのAIのイメージが強いじゃないですか。意外かもしれませんが、ゲーム内で機械学習を活用するのは難易度が高いのです。リアルタイム性や予測ミスへの対処、リバースエンジニアリング対策など考えるべきことがたくさんあります。

一方で、制作支援や運用自動化などのゲーム外部に機械学習が活躍する場面が多く、KLabではこちらをメインでやっていますね

高田:譜面制作の例の他にはデータの価値を高める支援も行なっています。例えばゲーム内チャットですね。スパム広告を大量に貼ってくアカウントがいるとすると、自動で発見して、このアカウント怪しいですよというリストを生成するといった取り組みも行なっています。

ゲームのレビューを機械学習に掛けて、ポジティブな内容とネガティブな内容で分けて、ゲーム改善へのフィードバックに生かすとか、そういった取り組みが多いですね。

 ――:結構、開発の支援としてAI活用を活用しているのですね。こういった取り組みはいつ頃から始められてきたんですか。

高田:ここ2、3年での活動になります。当初はメンバーも少なく、本当にそれこそ僕とかが手探りで進めていましたが、濱田のような人間に参加してもらいながら、徐々に人数を増やしていき、今年から部署としても動いていこうとなりました。

――:会社としても力を入れていくって判断は中々早いですね。取り入れが早いというか。

 高田:背景としては、KLabの文化もあるのかなと思います。もともと、KLabでは運用に力を入れており、データをちゃんと活用してよりよい運営をしていこうという方針を立てていました。

もちろん新作も作りますが、やはり1本のタイトルを長く楽しんでもらうために、無理なく運用していけるような体制を組んでいくことが重要なので機械学習もその観点から力を入れるようになりました。

 ――:なるほど、AI活用で良く聞くのは、AI活用自体に売り上げを伸ばす施策ですとか、分かりやすい効果が出しづらいので、中々活用に二の足を踏んでいる会社さんも多いと聞きますが、ゲームを長く運用するんだという考えの基に力を入れているんですね。

 濱田:私自身、KLabに入社してみてびっくりしたのが、データ基盤がすごくしっかりしてる点でした。実際、機械学習を使おうとしても、機械学習以前にデータの準備ができていないことが多く、なかなか前に進めないっていう会社はすごく多いんです。

KLabの場合は本当に1カ所のデータベースに全てのタイトルのデータを集約して、しっかり統一的なフォーマットで記録しておくという体制が構築できていました。

そのおかげで、機械学習をやりたいと思ったら、クエリを投げるだけで必要なデータが取れる状態になっており、すごくびっくりしました。

 ――:データベース管理も体系的に構築されていたのですね。

 濱田:歴史が長い企業ほど各部署で仕様が様々でまとめようがないことが多いんですけど、機械学習が使いやすい、完全に準備ができている状態からスタートできたというところも大きいかなと思います。この点は、KLabバリューの一つである”楽するための苦労”や開発の効率化の考え方が活きた部分だと感じます。

 ゲーム内のAI活用はまだまだ限定的

 ――:ちなみに、お二人から見て、このゲーム業界全般的に、AIの活用動向としてはどのようにみていますか。

 濱田:活用できそうな場面は数多くあるんですけど、活用自体はまだまだこれからという印象を受けますね。

 ゲーム開発カンファレンスのCEDECでも最近、機械学習の発表が増えてきていて、今ではもう1割近くの発表が機械学習になってきています。

 なので、注目はどんどん集まってきていますが、まだ組織的に動けているところは多くないのかなという印象はあります。

 また、ゲーム開発で機械学習を使う上で、定型的なフレームにはまらない仕事が多いです。Eコマースやウェブマーケティング関連の会社だと、広告の最適化とか検索のランキングとか、レコメンドシステムみたいな定番の機械学習タスクにあてはめることでうまくいくことが多いですが、ゲームの場合は中々そうはいきません。

自分たちで新しいタスクを定義して、機械学習のモデルを開発することも多くなるので、言葉通り研究になります。そういった意味で、機械学習として面白い課題がたくさん眠っているんですけど、まだそれを発掘しきれてない部分も多いのが現状です。

 その分、可能性も大いにあるので、機械学習に詳しい人にこそ、このゲーム業界にはどんどん来てほしいなと思っています。

 高田:各社が膨大にデータを持っていて面白いモデルやタスクもあるのに、それが業界外に知られていないのがもったいないなという気がしています。業界として対外的にもアピールはしていかないとなぁと感じています。

ちなみに、今年のCEDECでは、先ほど言っていた譜面作成支援のほうをKLabとしても発表させていただく予定です。CEDECでは毎年、「重点技術」というピックアップされるテーマがあるのですが、やはり機械学習は入っていましたね。

 

――:CEDECでも重点技術として掲げているということは、業界としてもすごく注目されているんですね。

 高田:そうですね。まだ注目はされているんですけど、実用化できているところが少ない、というのが昨年の印象でしたからね。

 濱田:特に、ゲームの中で使おうとするのはまだまだ限定的という印象があります。ゲーム内での機械学習事例もありましたが、実用化にはもう少し時間がかかりそうでした。とはいえ、キャラクターが事前に決められた動作をするだけでなく、本物の意思をもっているかのように多彩な反応をしてくれるというのはやっぱり夢があります。

 高田:そうですね。CEDEC見ていても、今は裏方といいますか、制作支援とかデバッグとか、そういう方面での活用が注目されている気がします。

 ゲーム内もチャレンジはしていきたいですが、まだまだチャレンジングな分野なので、制作支援で活用しつつ、ゲーム内の実装でも研究を続けていく形ですね。

 ――:そうですよね。AIというとまず思いつくのはゲーム内のイメージが思いつく人も多いと思います。

 濱田:特に、スマホゲームは長く遊ぶものだと思うんです。毎日、少しずつでも。その楽しみ方の中でマンネリ化しないように、毎回変化を持たせられるという点で、機械学習を使いこなせたらすごく役に立つんじゃないかなと思いますよね。

 ――:確かに、ログインボーナス時のセリフを変えてくれるだけでも楽しめそうです。

 ゲーム業界はAI研究における埋蔵金が眠っている

――:今後の展望についてもお聞かせいただけますか。

 高田:まずは、開発サポートの実現をどんどん進めていければと思います。機械学習を活用して、なるべく低コスト、少人数での運用を続けられれば、一つのゲームを長く遊んでもらえることにつながります。

 プランナーなどのゲーム運用する側は、単純作業じゃない、純粋にユーザーさんに楽しんでもらえる新しいアイデアを提供するとか、よりクリエイティブなほうに専念できるんで、そこをサポートしていくのが、今のミッションと言えます。単純作業はもうAIにやらせていきましょうという時代になればなと。

 濱田:譜面生成のツールやデバッグのフレームなど、それぞれ個別の事例で終わらせないで、ちゃんと全社的に展開して、全てのタイトルで使えるようにいわゆるMLOpsも整備していきたいですね。

 もちろん、同じ音ゲーでも個別にいろいろ違うところがありますから、まだまだ改良の余地はありますが本当に全てのタイトルで使えような汎用システムが芽吹くまでちゃんとやるっていうところは大事にしたいなと思っています。

 ――:社内で浸透させるために、もうそういった統一的なプラットフォームを整えていきたいと。

 高田:加えて言うと、ゲームへの機械学習の応用って、最終的には”何をすると役立つのか”をしっかりヒアリングすることが重要だなと感じます。

 というのも、”これをやればいい”みたいな定番がまだあるわけではないので、聞いて探していくと、意外と良い発見があったりするからです。ですので、こちらから様々な部署や外部の人とコミュニケーションをとっていくことが必要ですよね。

 濱田:意外と、コスト感の認識のズレなどもあって、外からは簡単そうに見える作業に実はすごく手間がかかっていたり、当事者は機械学習で効率化できることに気付いていなかったりすることがヒアリングしてみると見つかったりします。

 高田:そうですね、多分、聞いていくと、できそうなことが色々あるんじゃないかなと思います。

 ――:AI研究における埋蔵金が眠っている、と。

 高田:埋蔵金があるでしょうね(笑)。

 濱田:どういうフローで仕事をしているのかをちゃんと聞かないと、こちらもなかなか精度の良いものはつくれません。こっちの理解が曖昧だと、ゲーム開発者が欲しがっているものとは違うものを作りかねないので、やはりそこはしっかり聞く必要がありますね。

 逆に、ワークフローを把握できていると、しっかり役立つものが作れるので、整理されていることは大事なことだと思います。KLabでは引き続き意識して取り組んでいきたい考えですね。

 ――:ありがとうございます。それでは最後に一言お願いできますか。

 高田:AI研究者やエンジニアの方に向けてになりますが、スマホゲーム業界は豊富なデータがありますし、まだまだ確立された機械学習のアプローチだけでは解けないような、挑戦しがいのあるテーマがたくさん眠っているので、機械学習に自信のある人はぜひ飛び込んで欲しいなと思います。

 濱田:ゲーム業界の方に対しても、ゲームの機械学習というまだ可能性のある領域なので、KLab以外でも盛り上がっていくといいなぁと思います。

 高田:それこそ、いろんなノウハウが業界内に蓄積されていくと、全体にとってもすごく良いことだと思いますので、興味のある方は積極的にコミュニケーションをとっていきたいですね。

 ――:ありがとうございました。

 

 

 

 

 

KLab株式会社
http://www.klab.com/jp/

会社情報

会社名
KLab株式会社
設立
2000年8月
代表者
代表取締役社長CEO 森田 英克/代表取締役副会長 五十嵐 洋介
決算期
12月
直近業績
売上高107億1700万円、営業損益11億2700万円の赤字、経常損益7億6100万円の赤字、最終損益17億2800万円の赤字(2023年12月期)
上場区分
東証プライム
証券コード
3656
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