『乖離性ミリオンアーサー』など、数々のスマホゲームを手掛けてきた、スクウェア・エニックスのプロデューサー・岩野弘明氏。同社に勤務してから10年以上もの歳月が経っているが、そんな彼にも新人時代があった。上司や先輩に教わったこと、成功や失敗から得たこと、様々な経験を経て今がある。この連載は、岩野氏がプロデューサーになるまでの道のり、その後に直面する幾多もの気付きを形にしてくれた、自叙伝。
■第10回「ゲームのリッチ化に伴う落とし穴とその回避方法」
先日「ましろウィッチ」と「叛逆性ミリオンアーサー」(中国向け)という2つのアプリを発表しました。両方とも今回の記事に関わり深いタイトルなのですが、近年のスマホゲーム開発における課題に対してそれぞれ異なるアプローチで開発しているものなので記事の中でも話題に出していきたいと思います。
さて、それでは本題に移ります。2013年〜2015年の時期はまとめて紹介した方が話しやすいので一気にいきます。
<2013年>
「オカルトメイデン」「唯一性ミリオンアーサー」が続けて不発。その他開発中のタイトルも問題ばかり。チームとしても個人としても低調な年。原因は多すぎたプロジェクトの数。ミリオンアーサーのヒットでいろいろ提案が通りやすくなった一方、ヒットした今がチャンスとばかりに色々立ち上げまくって手が回らなくなった。部の指示として受けたプロジェクトも多かったが、自分のキャパをちゃんと把握できてないことがよくなかった。
<2014年>
うまくいってなかったプロジェクトを閉じたり、他の人にプロデュースを変わってもらったりして色々身軽になった分、数を絞ってがっつりプロデュースをできるようになった。そして「アリスオーダー」立ち上げ。この頃はメインでのプロデュースは「乖離性ミリオンアーサー」と「アリスオーダー」のみに絞っている。
この年は、立ち上げ前後お手伝いした「魔法科高校の劣等生」がヒット。これはほとんど椎名Pが頑張ったタイトル。その年の後半に「乖離性ミリオンアーサー」もヒット。
<2015年>
「乖離性ミリオンアーサー」の運営をやりつつ、制作が「アリスオーダー」だけになったので新たなプロジェクトを立ち上げる。このプロジェクトは以前中止したもので、これが実は「ましろウィッチ」だったりする。素材がよくてヒットする予感がしたので企画内容を一新して立ち上げなおした。
その後「アリスオーダー」をリリース。世界観やキャラクターデザインはすごく好評だったものの、ゲーム内のグラフィックやゲーム性が、キービジュアルやPVから期待するものではないという評価が多く、またゲームのテンポやマネタイズもうまく回らず不調。結果、運営中止することに。
■リッチ化=ヒットするゲームになるというわけではない
最近出る新しいゲーム、なんだかビジュアルがリッチなものが増えましたよね。3Dのキャラがグリグリ動いたり、キャラの立ち絵がLive2Dでヌルヌル動いたり。理由は、そうでもしないと、この日々数多のゲームが生まれては死ぬスマホゲーム市場で目立たないし遊び続けてもらいづらいからです。かくいう僕も「拡散性」以降のタイトルは基本的にリッチ化路線を進めました。
もちろん、必ずしもそういうリッチなビジュアルのゲームでないとヒットしないということではないのですが、全くの新しい遊びを提供するというのもビジュアルのリッチ化と同等以上に難しかったりするので、どちらに進むも困難な道であることは変わりありません。
話をビジュアルのリッチ化に戻します。この方法をとる際によく陥る(僕自身も経験した)落とし穴があります。それは、ビジュアルのリッチ化により逆に売れないゲームになってしまうということです。その理由は以下の通りです。
・見た目をリッチにすることで、リッチでない状態であれば許されていた表現が許されなくなり、粗が目立ちやすくなる。(例えば、3D化し動かすことで表情やモーションをしっかり作りこまないとそのキャラの魅力を逆に損なってしまいかねない、等)
・見た目や演出にコストをかけすぎて商品そのものの物量が足りなくなり、育成・収集の遊びが狭まってしまう。その結果、マネタイズの幅も狭まってしまう。
・量産が効かないため、似たような商品やイベントが続き運営がマンネリ化しやすい。
・グラフィックに力を入れすぎて挙動が不安定&高い端末スペックを要求することに。
結果、プレイヤーの母数を減らすことにつながる。
「オカルトメイデン」はまさにこの落とし穴にはまりました。安易にビジュアルのリッチ化を目指せばよくない結果につながります。また、かといって逆にコストや動作の安定を図ってある意味守りに入ってしまった「アリスオーダー」は、当時の新作としては既視感の強い見た目、ゲーム性となりプレイヤーのモチベーションをあげることができませんでした。それらの経験を踏まえ、やはり見た目はその時の「新作感」を感じられるものを目指すべき。その上でヒットするものにしなくてはいけないと考えます。
もちろん、必ずしもそういうリッチなビジュアルのゲームでないとヒットしないということではないのですが、全くの新しい遊びを提供するというのもビジュアルのリッチ化と同等以上に難しかったりするので、どちらに進むも困難な道であることは変わりありません。
話をビジュアルのリッチ化に戻します。この方法をとる際によく陥る(僕自身も経験した)落とし穴があります。それは、ビジュアルのリッチ化により逆に売れないゲームになってしまうということです。その理由は以下の通りです。
・見た目をリッチにすることで、リッチでない状態であれば許されていた表現が許されなくなり、粗が目立ちやすくなる。(例えば、3D化し動かすことで表情やモーションをしっかり作りこまないとそのキャラの魅力を逆に損なってしまいかねない、等)
・見た目や演出にコストをかけすぎて商品そのものの物量が足りなくなり、育成・収集の遊びが狭まってしまう。その結果、マネタイズの幅も狭まってしまう。
・量産が効かないため、似たような商品やイベントが続き運営がマンネリ化しやすい。
・グラフィックに力を入れすぎて挙動が不安定&高い端末スペックを要求することに。
結果、プレイヤーの母数を減らすことにつながる。
「オカルトメイデン」はまさにこの落とし穴にはまりました。安易にビジュアルのリッチ化を目指せばよくない結果につながります。また、かといって逆にコストや動作の安定を図ってある意味守りに入ってしまった「アリスオーダー」は、当時の新作としては既視感の強い見た目、ゲーム性となりプレイヤーのモチベーションをあげることができませんでした。それらの経験を踏まえ、やはり見た目はその時の「新作感」を感じられるものを目指すべき。その上でヒットするものにしなくてはいけないと考えます。
▲『オカルトメイデン』
▲『アリスオーダー』
■リッチ化した上でヒット確率を高めるには
これは僕の個人的な見解ではありますが、いくつか方法をあげてみたいと思います。
1.とにかくお金をかけて質も量も追い求める
(もちろん、お金をかけさえすればうまくいくという話ではありません)
→お金があり、かつそのプロジェクトに会社規模で力を入れようとしている会社にしかできません。
また、適切で効果的に使うことを前提とした話になります。
2.高い技術やセンスを持ったスタッフを集める
→そういうスタッフは得てして報酬が高い。その報酬を払えるかは会社としての判断が必要。
3.量を犠牲に質を高めた分、その商品の育成要素を増やす
→例.キャラに対して、武器、防具、スキル、ジョブといった複数の育成要素を設け、遊びの幅を広げる。そして、マネタイズの幅を広げる、など。
4.一つの商品に対してマネタイズの余地を広めに設ける
→例.いわゆる限界突破的要素での必要数を増やす、など。ただし、この方法の場合、課金していただく際の納得感がより得られやすいよう、入手難度をマイルドに設定しないといけない。
5.取捨選択を徹底し、そのゲームのウリを最大化させる見せ方をする
→例.3Dキャラのモーションや同時表示体数を絞る代わりにモデルのかわいさを追求しつつ端末スペックを落とす、など
1.と2.は、とにかくいいものを作るためにお金をかける!という方法で、会社全体で取り組まないと難しいです。でも日本の会社ではこれらに正面から立ち向かっている会社は少ないように思います。なにぶんリスクが高いので。ただ、それでも挑戦しているところはあって、例えば中国の売れてる会社はこの方法をとっています。
また、最近はゲームエンジンを使って開発することが一般的ですが、それも一長一短があります。例えば、あるエンジンはAndroidをシングルコアでしか使えないためそのエンジンで開発したゲームはAndroidでの挙動が不安定になりがちです。そのためせっかくグラフィックをがんばっても多くの端末でゲームが動かずプレイヤーの母数を減らしてしまう、みたいなことになってしまいます。
■中国の開発技術がすごい
ここでまた中国の話をしますと、中国ではiOSよりAndroid端末の方が圧倒的に多く、またみんながみんな最新の端末を持っているわけではないので高いスペックを求められるゲームはそもそも遊んでもらえません。また、中国のゲーム文化は欧米のPCオンラインゲームの流れを汲んでいてジャンル的にはMMOやアクション、MOBAといったもの、テイストはリアルテイストが好まれます。つまり、3Dでグリグリ動く系のゲームです。
今ではPCのみならずスマホゲームも上記のようなゲームがランキング上位を占めているのですが、先に書いた理由によりこういったゲームを借りたエンジンで開発することが難しいです。よって、この手のゲームの開発には自社で独自エンジンを作って行うことが多いです。そうやって中国のスマホゲーム開発は進化してきました。そして今では、高レベルかつ大量のモデルが動き、オンラインで多人数で遊ぶようなゲームを比較的短期間で作るという、とんでもない技術力が備わってきているのです。
そして、実は「叛逆性」は1.と2.の方針で正面突破的にヒットするゲームを目指すべく、ネットイース社との協業という形を選びました。リスクを分散しつつ、IPを乗せ高い技術力で開発精度を上げる形でヒットの確率を極力あげていこうという試みとなっています。もちろん、この取り組み方はお互いにメリットがないと成り立ちません。「叛逆性」の場合は、それぞれの得意不得意部分がまさにかっちり補い合う形となっているため、開発もとてもスムーズにリスペクトし合いながら進められていると実感しています。
■素材のリッチ化に即したマネタイズ
他のインタビュー記事でも話しているのですが、「ましろウィッチ」では他の対戦ゲームなどで採用されているシステムを採用し、RPG向けにアレンジしています。実際ちゃんとビジネスになるのか出してみないとわからないところではあるのですが、我々なりにRPGアレンジが可能とみて挑戦する感じです。
新作を出しても埋もれがちですぐに淘汰されていく今の、そしてこれからのスマホゲーム市場なだけに、今回例に挙げた「叛逆性ミリオンアーサー」や「ましろウィッチ」以外でもうちの部署ではそれぞれ異なったアプローチで新規性と収益性の両立を目指したアプリを開発しています。ヒットしているゲームのいいところを踏襲するのはもちろん大事なのですが、ほとんどコピーして売れる時代でもなくなっていますので、今後は特にチャレンジを続けていき、そこで得たノウハウを次のゲームに注いでいきたいと思います。 ではでは今日はこの辺で!
P.S.
「BLUE GIANT」という漫画をご存知でしょうか?ジャズがテーマの漫画で、世界一のサックスプレイヤーを目指す十代の主人公が仲間と共に腕を磨きながらジャズでの成功を目指すというストーリーです。僕としては、才能を秘めながらも努力を惜しまず、少しずつだけど確実に歩を進めていく彼らのサクセスストーリーを見るのがとてもアツくて好きなのですが、最新刊で衝撃の展開が待っておりまして…!賛否あると思うのですが、僕は非常に胸に来るものがあり、さらにこの漫画が好きになりました。「BECK」とか好きな方はハマると思うのでご興味あればぜひ!
■著者 : 岩野弘明
スクウェア・エニックス第10ビジネス・ディビジョン(特モバイル二部) プロデューサー。『乖離性ミリオンアーサー』を筆頭に、同シリーズ全体のプロデュースを担う。
岩野氏のツイッター:https://twitter.com/Iwano_Hiroaki
■バックナンバー
第9回「プロジェクト成功のための第一歩とは」
第8回「プレゼンが苦手な人にオススメなプレゼン方法」
第7回「IPタイトルプロデュースで大切なこと」
第6回「オリジナルのゲーム作りで大切なこと」
第5回「失敗の新体験が成功のチャンス」
第4回「どうしたら企画が通るの?」
第3回「ゲーム開発、内製と外注どっちがいいの?」
第2回「いまいち今の仕事が好きになれないあなたに」
第1回「2006年4月、スクエニ入社」
会社情報
- 会社名
- 株式会社スクウェア・エニックス
- 設立
- 2008年10月
- 代表者
- 代表取締役社長 桐生 隆司
- 決算期
- 3月
- 直近業績
- 売上高2428億2400万円、営業利益275億4800万円、経常利益389億4300万円、最終利益280億9600万円(2023年3月期)