【連載】森下明のマーケティング虎の巻:獲得単価でなく投資回収の目線を持つこと…第一回MOLOCO坂本達夫氏対談

マーケティングと聞いて、思い浮かべるものは何だろうか。広告やユーザー・クライアントとのコミュニケーション、サービス設計そのものなど、人によってそれぞれイメージは異なるだろう。

昨今の世の中はサービスやモノにあふれており、マーケティングの重要性は高まってきている。スマートフォンゲーム市場においても同様だと言えよう。

ゲームビズでは、「いちばんやさしいアプリマーケティングの教本」の著者であり、ブシロードが誇る完全無欠のモバイルマーケターの森下氏による連載を掲載。マーケティングに関わる人との対談や森下氏の実体験を基にしたマーケティング動向を紹介していく。

第一回ではMOLOCOの坂本達夫氏との対談が実現。国内外でマーケティングに関わる坂本氏からみた日本と海外のマーケターの違いとは何か。

本稿では、スマートフォンゲームのみならず、マーケティングで陥りがちなケースがなぜ起きるのかについて話してもらった。

 

獲得単価でなく投資回収の目線を持つこと

 

Bushiroad International Pte.Ltd.
Head of Mobile
森下明氏(写真右)
2018年、株式会社ブシロード入社。デジタルマーケティングチームの立ち上げに参画し、自社IPのデジタルマーケティングを務める。現在は海外HQであるBushiroad Internationalのモバイル事業責任者として複数のモバイルゲームのマネジメントに従事している。また、「いちばんやさしいアプリマーケティングの教本」の執筆も行い、本連載ではファシリテーターも担当。

MOLOCO
Head of Sales,Japan
坂本達夫氏(写真左)
楽天、Google、AppLovin、Smartly.ioを経て、2021年9月よりUS発の広告ソリューションMOLOCOの日本ビジネス統括に就任。モバイル広告・マーケティングテクノロジーの専門家。国内中心に50社強のスタートアップにエンジェル投資を行う。アプリ・サービスを紹介する深夜番組「ええじゃないか!!」MC。東京大学経済学部卒業。福岡出身、関西育ち。2児の父。YouTubeリンク

森下:昨年末に「いちばんやさしいアプリマーケティングの教本」を刊行させてもらいましたが、gamebizでは「森下明のマーケティング虎の巻」として、様々なマーケターさんに話を聞く他、僕自身が実感したマーケティングに関する話をしていければと思っています。

栄えある第一回は坂本さんに伺おうと思い、ご連絡させていただきました。ありがとうございます。

坂本:こちらこそありがとうございます。書籍も拝読しましたよ。

森下:ありがとうございます。坂本さんから見て、いかがでしたか?

坂本:業界内ではこの本に書かれているような話題は盛んに議論されているかと思いますが、文書として公的に公開されたのはこの書籍が初めてなのかなと思いますね。

概念レベルまでのものは他の書籍等でも見ることはありますが、仕様などの細かい部分まで切り込んでいるので、珍しいなと感じました。

主要媒体のアトリビューションの独自仕様など(以下、図表)、意外と知られていない部分も言及されているのはありがたいでしょうね。基礎的な知識や必要な内容が体系的に記載されているのが良いなと思います。

これらの仕様は後に変更される可能性も大いにあるので、歴史を知る文献としても今後価値が出てくるのかなと思いました(笑)。

森下:ありがとうございます。

坂本: また、森下さんという、現在広告出稿をする立場で、かつ過去に広告代理店で営業を経験されている方が執筆しているのも良かったと思いました。

マーケターという人間が、ただプロモーションだけをしていても見えない部分ってあるじゃないですか。森下さんは広告代理店などでの実体験から得られたのではないかと思うのですが、そのあたりの部分についても、この本からは垣間見えます。

僕のような、広告事業だけに関わっている人間だと、自分たちのサービスに関わることを対象として話すことは多いですが、それ以外のことに対しての言及が曖昧になってしまうか、執筆者にとって都合良い内容に解釈される可能性がありますからね。

森下:実際に、執筆の際はよくあるようなポジショントークにならないように気を付けてみました。ポジショントークとはもっとわかり易い表現で言えば「その人が所属企業から与えられている目標によって、生じやすい発言」と言い換えても良いです。例えば、広告代理店であれば「媒体の効果が良いので追加予算をください」であったり、広告主の場合「90日NETLTVでの回収基準から遅れているのでCPIを落としてください」とかでしょうか。

書籍内でも、こういったポジショントークを超えて人間関係を築こうということをコラムで触れているんですけど、マーケティングにおいては非常に大事なことだと思うんですよね。

坂本:僕自身もそうですが、マーケティングに関してはweb上でも多くの人が解説していることが多いです。

ただ、結構注意が必要で、『その人が関わっているサービスに関してはある程度引き算をして受け取る』など、咀嚼して読んだ方が良いと常々思っています。

その点、ポジショントークを超えた関係を築いて、立場を超えた意見を聞けるようにするというのは大事だと思います。

実際に、広告代理店さんの話を鵜呑みにしてしまう人や、他人から聞いた話を検証せずにそのまま実践して満足している人も多いですからね。

森下:会社のビジネスモデルによっても目指しているものが違うことをまず認識しなければならないですよね。

ただ、坂本さんの仰る「広告代理店の話を鵜呑みにしてしまう」などその功罪でいうと、広告主の知識不足にも一因はあると思います。

坂本:もちろん、広告主さんの中にはしっかり判断できる知識があって、健全に最適にプロモーションが行えている企業もありますよね。

森下:アドフラウドの問題などもありますが、広告主でもきちんと知識を持っておかないといけないですよね。

実際に、CPIを下げるためだけのプロモーションといった旧石器時代の運用を未だに行っている企業もチラホラおりますが、こういった売上利益の最大化において意味をなさないKPIを追ってしまっているがためにアドフラウド業者に募金しているケースは多いです。

そして、何より悲しいことがアドフラウド業者に投資をしても顧客満足につながらないということです。もっとメタに言うと、世の中の発展になんら貢献していないということです。この点は、広告主としてもしっかり注意しておくべきだと感じます。

坂本:目標設定やインセンティブ設計に齟齬がある可能性が高いですよね。ただ「CPIを下げて件数を稼ぐ」を目的にすると、どうしても歪んだプロモーションになると思いますよ。

例えば、自然流入の一部がアドフラウド業社の成果としてカウントされていた場合など、一見するとプロモーションの効果が良く見えてしまうんですよね。

森下:私も似た経験はあります。獲得したユーザーの動きやKPIを見ていると、どうもおかしいなとなりまして、配信のRAWデータを見てみると、どうやら自然流入で入るべきユーザーも成果としてカウントしていたんですよ。

そこで、一旦広告不正を起こしているであろうノーインセCPI媒体をを止めたんです。そうすると、自然流入が一気に増えました(笑)。結局、ノーインセCPI媒体での獲得に占める自然流入の吸い取り分がかなり多かったという実態でした。

坂本:思考停止してしまいますよね。この点は、本質を理解しないまま、効率的な経営をしようとした弊害なのかもしれません。

ここからはもう、組織論の話になってきますが、機能別で区切ってしまうが故の難しさがありますよね。

開発は開発部、プロモーションはプロモーション部みたいに、機能として組織を分けてしまうと、それぞれの組織で最適化をとろうとしてしまうので、プロダクト全体の最適化が起きづらいと思います。いわゆる、局所最適というやつです。

人間の体を例として挙げると、左手の指が痛いとして、その原因は『右手とのバランス』かもしれないですし、体の別の部分が原因かもしれません。

ですから、左手だけをみていたら絶対に解決できない部分もあるんですよね。全体を見ることができる役割の人も必要なのかなと感じます。

森下:書籍でもLTV(アプリのUI/UX。もっというと開発系のKPI)とCPI(所謂、プロモーション系のKPI)はイコールで結んでいるんですが、これって開発系のKPIとプロモーション系のKPIは繋がっている話だと伝えたかったんですよね。

つまり、開発は開発、プロモーションはプロモーションといって縦割りにして局所最適化しても何もメリットは無いということです。

書籍(以下図表参照)では水を入れる行為をプロモーションへの投資をしてインストールを入れる行為としています。

一方、ペットボトルの側面に穴が空いていて水が溜まりにくい状況をアプリのUIUXの完成度合いとして表しております。修正する担当が別々の組織でコミュニケーションをせずにアクションを起こすと、ペットボトルの底に穴が空いている状態なのに、水を大量に入れるといったことが発生して、プロモーションコストを大量投下したにも関わらず、DAUは増えず、結果的に売上は上がらないということが起き得ます。

そこまで考え抜いてマーケティングをしていかないと、いつまでたってもプロモーションしかできず、売上を上げる本質的な取り組みができないままになってしまいます。

ただ、広告主が知識を持とうとするインセンティブも働きづらいという実状もあると思います。結局、トップの判断として”CPIを押さえておけば良い”という間違ったKPIを与えられた場合ノウハウを貯める機会もありません。割と構造的な問題だと思います。

坂本:会社や上司がそのレベルでしか評価をできないとなると難しいですよね。そうなると、獲得単価を抑えるということしか考えられなくなります。

中長期的に見ると良くはないのですが、短期的に単価が低く獲得できることしかやらなくなってしまう。

投資回収という目線で評価ができるという上司や会社でないと難しいですね。

ですから、マーケティング担当者に限らず、アプリビジネスに関わる経営者やマネージャーに読んでもらいたい本だなぁと感じました。

 

権限と売上責任を持つことで培われるマーケティング

坂本:投資回収という点だと、LTVのシート(以下図表参照)はかなりわかりやすいですね。

森下:業務で使っているのはもっと複雑ですが、書籍ではシンプルにしましたね。ただ、シンプルにした分、わかりやすくなったとおもます。これで、LTVを予測できるようになれるのであれば役割としては十分かなと思います。

坂本:ちゃんとしたLTV予測をしようとする人や、やり方が分かっている方もまだまだ少ないですからね。

森下:書籍でも記載しましたが、リリースからクローズまでのフェーズを3フェーズに分けてクローズまでの売上・利益を最大化しましょうという考え方を説いた人や書籍は見たことが無いです。

疑問なのが、会社によっては”いついかなる時も90日LTVで広告費回収がMUST!”みたいな考えのころもありますからね。90日LTV教という宗教なのかと思うくらいです(笑)。

おそらくは「過去実績から」とか「会社のルールで」というだけで進めているケースが多いですよね。

坂本:昔からの手法をずっとやっている人は多いです。

森下:何か理由があれば良いでが、過去のルールを見直しもせずにやっているのは良くない。その時の会社の状況やサービスの置かれている状況や市況感もあると思うので。

自分の頭でゼロベースから考えると言ったら大げさかもしれませんが、現に上記図表のとおり、考え方のガイドラインはあるので、それに従って自社の数値を入力して、そのアプリオリジナルの回収基準を作ればいいだけだと思います。

坂本:設計という点だと、日本企業からはあまり聞かれなくて、海外企業からよく聞かれるのは「あなたの広告媒体では最大いくら使えますか?」という質問ですね。

端的に言うと、日本プロモーション担当はお金を使いたがっていないということなんですよね。

極端な例で言うと、『1億の投資をして1億5000万円利益回収できた』ケースと、『100億投資して90日で101億円回収できた』ケース、どちらが正しいですか?という質問をしたときに、日本では「投資回収率50%って良いね」って、前者が良いと判断する人が多いんですよね。

海外の特に大手企業だと「5000万円だけ儲けてどうするの?1億円以上のポテンシャルないのならやらない方がマシ」といった考えのところも多いです。

回収率だけを見てしまうと、CPIをどこまで抑えられるかという縮小均衡にどうしてもなりがちなんですよね。

実際に、僕がこれまで様々なグローバル企業で働きながら見てきた中でも、日本企業の1サービス当りのプロモーション予算が群を抜いて低いんですよね。

森下:何故なんでしょうね。

坂本:いくつかの要因はあるでしょうね。上振れるよりも予実を合わせることの方が美しいとされていたりとか、減点主義な文化も多分に影響していると思います。

会社ごとなのか、日本全体の文化なのかはわかりませんが、「予算を多く使いたいから転職する」ってマーケターは少ないですね。投資金額が使えないということにストレスを感じる人が少ない印象です。

森下:機会損失とはあまり考えないですよね。

坂本:もちろん、しっかりと投資している会社もあります。例えばリクルートさんとかは、チャレンジ予算として『試したことのない媒体』に出稿したり、新しいソリューションを試すための予算を一定確保しているそうです。

そうすることで、会社としても新しい媒体への知見が得られますし、個人のキャリアとしても経験になると思います。

逆に”投資をしたがらない”というのは勿体無いと同時に、負のスパイラルにも陥る可能性も高いです。

経験が貯まらず、縮小均衡で競争力も落ちていき、結果使える予算も減っていきます。

森下:マーケターの皆さんは満足しているんですかね。そこはマーケターという職業に限った話ではなく、働く上でのマインド面も関わってくるのでしょうか。

以前の近藤さん、三浦さんの座談会では、「責任感は後天的には身につかない」という話をしましたが、心からその事業をスケールさせたいと思うなら、RRやARPUが閾値超えている限り、踏み込むべきなんですけどね。なんでやらないのでしょうか。

坂本:「そのような考え方がないからできていない」という場合は、その考え方を伝えると実現できる可能性はあると思います。

例えば、多くの会社では給料を上げる為には会社やチームを成功させないといけなく、自分だけが成功しても上がることは少ないです。

なので、自分は活躍しているけど給料が上がらないという人に必要なのは「チームとして成功するには、自分ではなくチームをまとめる上司を成功させないといけない」といった考え方ですね。

そして、その為にはどうすれば良いのかをどこまでインプットできるかだと思います。

森下:何か仕組みとしてもあれば良いですよね。

坂本:例えば、僕がいるMOLOCOでは、「スキップレベルでの会話を奨励」しています。

直属の上司でなく、その更に上や、別の部署ともコミュニケーションをとりましょうといった、ちょっと珍しい文化です。

そうすることで、不安や課題があれば当事者やその上長への直談判が可能ですし、マネジメントしている側としても緊張感が生まれます。

結果、チームとして成功するというマインドも生まれやすいのかなと感じています。

森下:スキップの会話を”推奨”するのは珍しいですね。実際に機能しているものなのでしょうか。

坂本:入社してくる人の中にそういったコミュニケーションを良しと考える人が多いというのはあります。あとは、意思決定を上層部がしないことが多いから、自ずとそういった動きになることが多いです。

例えば僕の場合は、上司から「日本という地域のことは分からないから、達夫に意思決定は任せる」と言われています。なので、日本の売上責任を持ちつつ、意思決定もしています。

プロダクトや予算や人員など、何か足りていない場合でも、誰も何もしてくれません。自分で責任を持って声を上げ、社内調整をして調達していく、などを『何とか』していかないといけないですよね。

結果、自ずと自分たちが意思決定することになります。権限と責任をセットにして渡すというのが大事だと思います。

森下:まさに、近藤さん、三浦さんの座談会ではPL責任を負うことが大事と話しましたが、そこも権限と責任を任せることにつながりますよね。

PL責任をいきなり負うことはしないものの、自分で常に想定することが大事だと思います。

坂本:あと、この書籍を読んで、どう感じたかなどはいつかアンケートしてみて欲しいですね。皆さんがどう考えているかを知ってみたいです。

この書籍に書いていることは、結構本質的な内容ですし、マーケターを志す人にとっては響く内容になると思います。

森下:マーケターの方がどう感じたのかは聞いてみたいですね。またそういった声を聞く機会もつくってみたいと思います。本日はありがとうございました。

坂本:ありがとうございました。