【連載】マーケティングとはいかに消費者起点の仮説を組み立てるか…森下明のマーケティング虎の巻:第四回JX通信社 松本氏対談
ゲームビズでは、「いちばんやさしいアプリマーケティングの教本」の著者であり、ブシロードが誇る完全無欠のモバイルマーケターの森下氏による連載を掲載。マーケティングに関わる人との対談や森下氏の実体験を基にしたマーケティング動向を紹介していく。
第四回ではJX通信社にてマーケティングに従事している松本健太郎氏との対談が実現。NewsDigestのマーケティングの他に、AI・データサイエンスなど様々な分野に精通している松本氏。同氏が考えるマーケティングと求められる素養とは何か。
本稿ではJX通信社の取り組みと松本氏の考えるマーケティングについて話してもらった。
仮説とクチコミで広がったサービス「NewsDigest」
Bushiroad International Pte.Ltd.
Head of Mobile
森下明氏
2018年、株式会社ブシロード入社。デジタルマーケティングチームの立ち上げに参画し、自社IPのデジタルマーケティングを務める。現在は海外HQであるBushiroad Internationalのモバイル事業責任者として複数のモバイルゲームのマネジメントに従事している。また、「いちばんやさしいアプリマーケティングの教本」の執筆も行い、本特集ではファシリテーターも担当。
株式会社JX通信社
マーケティングマネージャー
松本健太郎氏
JX通信社マーケティングセールス局マーケティングマネージャー。龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で統計学・データサイエンスを〝学び直し〟。デジタルマーケティングや消費者インサイトの分析業務を中心に、さまざまなデータ分析を担当するほか、日経ビジネスオンライン、ITmedia、週刊東洋経済など各種媒体にAI・データサイエンス・マーケティングに関する記事を執筆、テレビ番組の出演も多数。SNSを通じた情報発信には定評があり、noteで活躍しているオピニオンリーダーの知見をシェアする「日経COMEMO」メンバーとしても活躍中。 著書に『誤解だらけの人工知能』『なぜ「つい買ってしまう」のか』(光文社新書) 『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)など多数。
森下氏(以下、森下):本日はありがとうございます。松本さんは、JX通信社でご活躍している他に15冊の書籍を執筆も行うなど様々な活動をされています。
そんな松本さんに是非ともお話を伺いたいと、本日お時間いただきました。今日はよろしくお願いします。
松本氏(以下、松本):「いちばんやさしいアプリマーケティングの教本」は私も拝読させていただいていたので、お会いできてとても嬉しいです。こちらこそ、本日はよろしくお願いします。
森下:JX通信社さんでは、「NewsDigest」というサービスを提供されていますよね。
▲ニュース速報・地震速報・災害速報を網羅した「NewsDigest」。ニュース速報をどこよりも早く収集できるとして反響を受けている。ニュース速報の他にも、感染者数推移、感染状況マップをリアルタイムで更新など行なっており、各社報道媒体でも利用されている。
「NewsDigest」は、速報に特化しているのが特徴的です。私も利用させていただきましたが、チュートリアルや画面遷移なども”速報性”に特化したつくりを感じました。
その点は、やはり設計時に意識したのでしょうか。
松本: アプリ内の動線設計については、エンジニアとデザイナーが主に話しています。UIやUXについても、主にデザイナーが意識してリードしております。
森下: UI/UXはゲーム会社でもここ数年になって考える様になりました。専門のチームを抱えている会社もあります。松本さんは、マーケティング全般に携わっているのでしょうか。
松本:はい。「FASTALERT」「KAIZODE」というtoBのプロダクト、「NewsDigest」というtoCのプロダクトそれぞれで関わっています。
マーケティングチームでは調査を行い、得られた成果から施策を実行していくことがミッションです。具体的な例の1つとして、新規のユーザー獲得があります。
「NewsDigest」について、速報性では他社のサービスに負けない自負があり、実際にユーザーの反響も掴めています。
もっとグロースできると会社としても判断しており、その再現性を進めてきました。その為の組織・体制がより仕上がってきたという背景もあります 。
森下:「NewsDigest」では”新型コロナ”タブが用意されています。こちらはどういった仮説を基に実現したのでしょうか。
松本:日本国内でも感染者数が増え始めて、客船での感染拡大も話題になった2020年の1月〜2月頃のタイミングだったかと思います。
様々な感染事例が出てきた中で、コロナの感染者が出た等の根も葉もない噂によって誤解が広まったケースもありました。
そこで、感染報告の情報をまとめるというのも重要なプロジェクトではないのか、と社内で考えるようになったのです。
本来は公的機関が行うことではありますが、急激な感染拡大だったので、情報発信・受信の体制も追いついていない印象でした。また、従来のメディアでも対応するコンテンツは無かったと記憶しています。
その理由は、感染報告の情報をキャッチアップする術がなかったのです。全国津々浦々の商業施設や自治体から、感染報告はPDFデータ等で公開されていたのですが、この情報の確認を行い、文字起こしをして、集約するというのが現実的にも困難だったようです。
要するに、信頼性のある既存メディアでは情報をまとめる技術が不足し、テクノロジー豊富なデジタルメディアでは報道責任が負えないという状況だったのです。
たまたま、弊社がその両面を行えるということで、やってみたという経緯ですね。
森下:実際にトラフィックも増えたのでしょうか。
松本:数倍ほど増えました。また、感染報告をまとめて、地図上に表示するという行為は極めてセンシティブな行動です。誤りがあっては許されません。
仮に間違って、異なる商業施設に感染者が出たと表示してしまうと、経済的な被害も計り知れません。ですから、発信された情報は責任が重い。
同時に、情報価値として希少性がありました。そういった情報を扱っているということで、アカデミックな分野にも情報提供を行うようにもなりました。
森下:なるほど。NewsDigestにあるタブは、日々人々が気になる話題をタブとして用意しており、感染者の情報をまとめることに価値があるという仮説を基に出した機能であり、実際に反響があったと。
松本:おっしゃる通りです。「NewsDigest」では、PCから検索で来訪して、その後にアプリをインストールするという動きも多いです。
ひとえに、クチコミの力が大きいと思います。ユーザーが「NewsDigest」というワードを検索するようになった背景として、コロナ禍が要因の1つだったと思います。
他にも、2021年2月には「AIワクチン予測」というコンテンツも提供しました。ワクチンを接種できるタイミングを予測するというサービスです。
当時は、ワクチンがいつ接種できるかわからない時期でしたからね。
こちらのコンテンツが公開された後も、テレビ局からの取材が殺到しました。そこからもユーザー数は増えたと感じます。
シンプルに表現すれば、時流にあった良いプロダクトを提供し、そのプロダクトにメディアが反応し、多くのユーザーに口コミで広がっていくという事例を弊社は何度か経験しています。
今後はこの事例を基に、いかに再現性を持ってマーケティング活動に取り組めるかを考えていきたいと思っています。
森下:話を聞くと、御社でないとできないような内容ですね。
松本:実はそうでもなく、後から別の会社も展開しているんですよ(笑)。
もちろん抜きつ抜かれつな業界だと思いますので、今後も時流を見定めて、人々が求めているものを提供し続けたいと思います。
▲「NewsDigest」では、様々な機能が試されている。最近では、「精密体感震度」という地震の揺れの体感を投稿・共有できる機能も実装されている。
ましてや、デジタルサービスは多産多死で生み出されていくものです。組織として、どんどん生み出せるようにしないといけません。
ですから、その仕組みづくりをしていたのがここ数ヶ月の動きでしたね。
消費者起点の仮説をつくるために脳を絞る
森下:新規獲得の他に、リテンションについてもマーケターはミッションとして任されることも多いと思います。
松本さんが考えるマーケターとしてのリテンションへの貢献方法はどのように考えていますか。
松本:もちろん調査などは行い、対処していくことが大前提なのですが、リテンションに関しては、私たちで「コントロール」するのは非常に難しいのではないかと感じています。
リテンションは何を指標としてみていくか、その1つとして起動回数が考えられます。「NewsDigest」で言えば、「この話題は何だろう」と思った時にアプリを起動してもらいたいとは考えますが、この点はデジタルマーケティングだけでは解消しないように思えます。
プッシュ通知を送るなどもありますが、それだけでは解消しないでしょう。
例えば、電車の待ち時間で昨今の海外情勢を知りたいとなった時に、はてなブックマークでもなく、Yahoo!JAPANでもなくTwitter検索でもなく、「NewsDigest」を選んでもらうようにするにはかなり高度な心理戦になります。
心理を読み解かないと、マーケティング施策がただのノリで実施しているだけになりがちです。私自身、この点について解決策は見出せていません。
そもそも、リテンションについて考えると、離脱数をゼロにすることは現実問題として無理じゃないですか。私自身、利用初日からずっと使い続けているサービスはほとんどありません。「NewsDigest」が例外になることはありません。
ですから、”離脱をなくす”、”リテンションを促す”と言うのは、マーケティング観点で言えば理想に過ぎず、結局はメーカー視点の発想ではないかと思います。
森下:メーカー視点の発想とはプロダクトアウトという発想でしょうか。
松本:そうですね。マーケティング視点とは、消費者起点の思考とも表現できるでしょうか。
森下:なるほど。ニュースアプリに携わるならではのお考えですね。ゲームでも、その思考や発想が無くなることがあり、難しいと感じることがあります。
ゲームアプリでは、ゲーム内イベントなどで、ある程度起動させる動機付けがしやすい側面がありますが、実際に消費者起点の思考が欠けることがあり、難しさも感じます。
松本:ゲーム業界にかかわらず、ユーザー視点を欠いている場面は往々にしてありますよね。サービスを作っていると「これが面白いはずだ」「役に立つはずだ」と独りよがりになり、「また来てくれるようプッシュ通知しよう」「広告を当てよう」と考えます。でも、そうなんでしょうか?
もちろんメーカー視点が悪いわけではありません。ただ、メーカー側が面白いと思ったことを、消費者側が面白いと思う根拠は必要になります。
森下:実感しますね。その施策に触れるユーザーはどう思うのか、どういう行動をとるかをイメージできない人は多いと思います。
松本:どの産業でも見受けられますが、”仮説をつくる”ということにお金を使っていない印象です。
本来、“仮説をつくる”というのは最もクリエイティビティが高く、人間らしくもあり、時間を要するものです。
特に日本国内では、脳を絞るという作業にあまりお金をつかいたがらない 傾向があると感じています。事務作業や、分かりやすいアウトプットが出てくる作業にしかお金を使わない印象です。海外ではリサーチなどにかける費用が莫大なことが多いですが…。
森下:国内だと一部の会社でしか行えていないでしょうか。
松本:仮説の検証としてリサーチはしているとは思いますが、仮説をつくるためにお金を使っている印象は、あまり無いですね。
森下:ゲーム業界でも、仮説をつくるために投資をしている会社は少ないと思います。
特定のクリエイターがヒット作を出して、そのクリエイターがサービスの良し悪しを担うというケースがほとんどだと思います。
松本:”枯れた技術の水平思考”でも有名な横井軍平さんのようなスペシャルなクリエイターがいれば、その体制でも成り立つのでしょうけど、そんなケースは中々ありません。
そういった才能溢れる人以外でも実現するには、“仮説をつくる”という経験を何度も積まないと生まれないと思います。
そして、その経験というのは、さきほどの消費者起点に考えるという思考も必要です。
思考がユーザーに結びついていないと仮説も生まれないと思います。マーケティングとしてはその仮説を立てるために、ユーザーに「使われている理由」「選ばれている理由」など消費者視点の理解を基に考えていくのが本質だと思っています。
森下:消費者視点の発想を養う為に、松本さんが普段から習慣としていることはありますか。
松本:TwitterなどでNewsDigestについて言及している人のチェックはもちろんしますし、他のマーケターの方々が「消費者を見る」という観点で、どういったことをしているかもみています。
そして、他のマーケターの人が「ここまではやらないよ」という分野も自分では考えてみるようにはしていますね。
それって、周りができない分野を自分ができるようになり、強みになるチャンスでもあるじゃないですか。
多くのメーカーは、その中でもマーケターは、消費者をみることができていない、と感じています。極端な言い方をすれば、顧客を理解していなくても、広告予算さえ消化していればマーケターとして認められる社会じゃないですか(笑)。
森下:(笑)。顧客を見る執着心がまだ足りないということですよね。
松本:月並みなCPIを出しておけば、務まると思っている人がいる…と私は感じています。マーケティングって、そういうことじゃないと思うのです。
森下:また、そういった業務は代替が効きやすいですからね。おっしゃる通り、マーケターとして活躍していくなら、他の人にはない自分の強みは今後より必要とされます。
そこで、自分なりの消費者視点の思考やその思考に紐づいた仮説を組み立てる経験で培われていくのでしょうね。
良いアウトプットは理論と実践の紐付けから生まれる
森下:今後、松本さんが注力していきたいことや、さきほどの自分で考えていきたいことというのはどういったものがありますでしょうか。
松本:私が最近考えているテーマは「習慣」です。例えば、歯を磨くという行動がありますが、それが習慣化できている人とできていない人がいます。
アプリを起動するということも無意識にしている人もいれば、起動してねと言い聞かせてもしない人もいます。
その違いは何かというと、”習慣”だと思うんですよね。
もう一つは「ナッジ」。行動経済学領域の言葉であり、無意識の中で人が特定の行動するような仕掛けを作るというものです。
例えば、シリコンバレーでMilesというアプリがあり、私も非常に注目しています。
森下:移動するだけでお金になるというアプリですよね。
松本:飛行機などを使わずにエコな移動をするとポイントが貯まるという仕組みがあります。ポイントを付与すると人は行動を変えるという「ナッジ」の要素があります。
こういった、無意識の内に起こす行動を研究したいと考えています。
森下:マーケティングの分野として、興味深いですね。どういったインプットをされているのでしょうか。
松本:インプットでは、アカデミックな領域も学ぶ必要があります。
どんな仕事もそうですが、私は理論と実践の両面が必要だと思います。実践だけでは再現性がありませんし、理論だけでは机上の空論で終わります。
理論に実践を紐づけて、実戦から理論を導き出す。それを交互に行なっていかないと、アウトプットの精度は上がりません。
ですから、アカデミックな領域も必要ですし、実務も必要です。両方をインプットして、交わらせるということが大事だと思います。
最近、家電メーカーが文化人類学に知見を持った人を求職しているのを見て、より実感しました。海外では、研究者が副業で企業に携わることが多いそうです。
森下:おっしゃる通り、何か新しいことを生み出すにはアカデミックな分野は必要になってきますよね。実務を行なっていく上でも、人がどのようにして考えているのかを理解していることも重要になってくると実感しています。
マーケターとして、日々の業務だけでマーケターと名乗るのではなく、消費者目線で仮説立てられるよう、理論も実戦も学んでいくべきですね。本日はありがとうございました。
松本:こちらこそありがとうございました。
連載:森下明のマーケティング虎の巻 バックナンバー