世界エンタメ特集「ラスベガス2025」#3 『Sphere』-“21世紀のピラミッド"は新しいライブ・エンタメの未来をきりひらくのか
Euromonitor社の「Top 100 City Destinations Index 2025」では、ラスベガスは米国4位、ニューヨーク、ロサンゼルス、フロリダ・オーランドに次ぐ順位を割り当てられており、2015年には年間3910万人の観光客数と、1つの州で日本全体に近い集客数を誇る一大観光都市である。世界にある巨大ホテルTop10の半分がラスベガス1都市に集積しており、カジノ収益もマカオに次ぐ世界2位。近年その順位をあげた背景には2023年に突如うまれたSphereの影響が大きく出ている。巨大球体ディスプレイは一体なんのために生まれ、どんな効果をあげているのか。世界ライブ・エンタテイメント産業における本施設の位置づけをラスベガスの歴史とともに振り返る。
■突如姿を現した「21世紀のピラミッド」Sphereの破壊力
2023年9月にオープンした映像と音楽が織りなす現在、最高峰の体験が経験できるイマーシブ施設Sphereは、まるで「現代のピラミッド」だ。総収容人数20,000人、高さ112メートル、幅157メートルの巨大な球体が突如として出現し、その16K×16Kで“地球上最高解像度“をもつLEDスクリーンには、みたこともない美麗かつ壮大なグラフィックがぬるぬると映し出される。いま世界をけん引するライブ・エンターテイメント業界において、他をおいて必ず訪れるべき場所は間違いなくこのSphereだろう。
総工費23億ドル(約3500億円)はほとんどディズニーランド丸々1個分といえるような予算規模サイズで、もともと2018年2月にプロジェクト発表時には12億ドルほどの予算だったが、コロナ禍における資材高騰などのあおりをうけて最終的には倍の価格に膨れ上がった。「ラスベガス史上最も高価な娯楽施設」となる。
しかしこの「謎の巨大球体」がなぜ建てられたのか。“The World's Most Famous Arena(世界でもっとも有名なアリーナ)"であるMSG(マディソン・スクウェア・ガーデン)は1968年にニューヨーク中心部の旧ペンシルバニア駅跡地に建設された最古の主要スポーツ施設である。そこのオーナーであるJames DolanがSphereの発起人である。彼は長年この歴史あるスタジアムを運営してきたが、アーティストが豆粒のようにしかみえない後部座席でも感動するものは作れないか、と考えた。会場全体を一つの巨大なディスプレイにしてしまえば、どの席にいてもアーティストの頭の中に入りこめる。そんな没入型(イマーシブ)な施設は作れないだろうか、というところから構想が始まった。
最初に再定義が必要だったのは、この巨大すぎるキャンパスにあわせたカメラと音響である。スフィアの16K解像度の映像に対応するにはBig Skyのような専用カメラの自社開発が必要だったし、音響でいえばWave Field Synthesisのように16万個のスピーカーで座席ごとに異なる音声を聞かせるような仕組みを開発した。

極めつけは建築物の外壁をそのままディスプレイにして「メディアに変えた」ことだろう。空に浮かぶ巨大な目玉、地球儀、おおきなバスケットボール、画面全体に映し出されるキャラクター。建物全体が広告塔の役割を果たすことで、「Sphereで写真を撮る」という行為はいまはラスベガス旅行の定番となっている。まるで120年前の万博を経て人々がパリのエッフェル塔で写真をとる観光旅行が一般化したように、おそらくは2100年になっても「Sphereで写真をとってポストする」という習慣は残り続けるに違いない。
Dolanは約100年続いてきた「平面スクリーンをみんなで眺める」という形式自体をアップデートしようとしている。19世紀までのオペラ劇場は声を響かせるために縦長のスタジアム形式がメインだったし、現在まで続く横長のスクリーン形式は舞台→映画館→テレビの形でたかだか100年続いてきたロックイン習慣にすぎない。すでに縦長のスマホをもち、フリックとスクイーズで画面をコントロールすることにも慣れ始めており、「横長平面スクリーン」というデフォルト自体も変わるべきタイミングなのかもしれない。
ディスプレイ技術は進化し、2K(約207万画素)→3K(368万画素)→4K(829万画素)とたった20年ほどの間に低価格な高解像度ディスプレイを誰もが入手するようになっている。もうテレビ視聴の1-2メートルの距離感であれば4K以上は人間の目ではほとんど変わり映えがない世界になりつつあり、本来的にはこれ以上の高解像度スクリーンは需要がなくなる。だが今後拡張されるのは数十メートルの視認距離のなかで没入型体験とをつくったり、VRのような360度空間がメディアとなることで、8Kや16Kといったさらなる高解像度の需要が拡がっていくのだ。
では、なぜラスベガスだったのか?それは「世界中の観光客が集まり、かつ最新のエンタメに金を払う場所」だから。

■The Mob is always with us、マフィアからスフィアへ
ラスベガスの歴史は長い。ベンジャミン・“バグジー(害虫)"・シーゲル(1906~1947)は、ウクライナ出身ユダヤ系移民で、タクシー運転手やマフィアのヒットマンなどを経ながら、禁酒法の時代に密売酒の商売でなわばりを広げ、ビジネス拡大のために西海岸のハリウッドに1937年に移住する。ハリウッドでは労働組合に入り込み、大手映画会社から示談金を巻き上げる総会屋的な業態で名をあげ、ケーリー・グラント、ハンフリー・ボガートなどと交際し、ケティ・ガリアン、ウェンディ・バリー、ジーン・ハーロウ、マリー・マクドナルドらハリウッド女優とも浮き名を流した。
だが派手な生活ぶりと西海岸の利権を独占しようとするバグジーは、それまで蜜月だったラッキー・ルチアーノなどとの関係に亀裂が入り始める。ニューヨーク・マフィアたちからの影響力から逃れようと、資金源と新たなビジネスチャンスを求めて新たな空白地帯を探したタイミングはちょうど1931年に“たった6週間で離婚できる"という婚姻制度の自由化とギャンブル合法化が当たって投資機運がたかまりつつあったネバダ州ラスベガスと合致していた。誰の手あかもついていないラスベガスに巨大なリゾートカジノを建築する計画をたてたネバダ州が最初にハリウッドの上流階級たち、そしてのちに米国中の富裕層を集める一大観光地となった黎明期は、このバグジーの「新天地開拓」の動きから始まった。

1946年のフラミンゴホテル建設である。この案件は最初ハリウッドのビジネスマンだったBilly Wilkersonが土地を買って始めたが投資資金が足りなくなり、資金援助を乞いた先が運の悪いことにバグジーたちのマフィア・マネーだったのだ。Billyは最終的に追い出されてバグジーにのっとられるが、このあたりの経緯もバグジーの横暴ぶりも、映画『Bugsy』(1991)をみるとよく描かれている。ラスベガスはまごうことなき無法者によって築き上げられた歴史をもっている。投資資金は1930~40年代に密造酒でマフィアたちが儲けた資金であったり、ハリウッド映画の収益だった、というわけだ。
▲フラミンゴホテルで1950年に最初に導入されたスロットマシーン機

▲犯罪組織博物館(Mob Musium)ではバグジーとアル・カポネ(1899~1947)、ラッキー・ルチアーノ(1897~1967)、マイヤー・ランスキー(1902~1983)など有名なマフィアたちとの交友録が記録されている。
ラスベガスは1946年にバグジーが砂漠のど真ん中に建設したフラミンゴホテル(約600万ドル)を皮切りに、1966年のシザーズ・パレス(2500万ドル)、1973年MGMグランド(1億ドル)あたりでメガリゾートとしての存在感を高めることに成功する。ネバダ州はカジノビジネスのパイオニアだ。掛け金の勝ち額やゲーミング機器の数に応じた税金の仕組みを整え、1959年に設立されたNevada Gaming Commisionで導入されたゲーミングライセンスのモデルはその後全米中に広がっていく。
この業界はイタチごっこのように税金のがれとその訴追の歴史でもある。1966年には『ロサンゼルス・タイムス』の一面を飾った見出しは「ギャングに託されたカジノ経営」、シーザーズ・パレスの上層部にはギャングが入り込み、大きな問題となっていたのが1960~70年代の話だ。ラスベガスが安全なリゾート地として生まれ変わることができたのはハワード・ヒューズの貢献が大きい。映画会社RKOピクチャーズをもつヒューズは『アビエイター』でも有名だが、そこにMGMをもつカーク・カーコリアンが対決し、この資本家同士の戦いのなかでマフィアの資本も関係者も徐々に排除されていった。
From bosses to businessman(ボスからビジネスマンへ)/more MBA than MOB(マフィアからMBA卒へ)と言われるように、このラスベガスが“浄化"されていった。ヒューズがネバダ州に期待したのは「金で影響力が買える場所」だからだ。ある意味、そのルールメイクが簡潔なこの町は、ビジネスマンがその資金力にものをいわせて一から「未来都市づくり」をするには格好の場所だったというわけだ。カークもまた、「大人のディズニーランドにしようと思った」と、その浄化のプロセスについて語っている。ネバダ州もいわゆるマフィアの“組が所有するカジノ"から“法人所有するカジノ"へとルールチェンジを志向し、1970~80年代にラスベガスはクリーンになっていった。巨額の投資マネーが入ってくるのはそれからだ。

※1970~2000年を通じてMOB(マフィア)の浄化が全米で行われていった。これは1990年代をピークに日本で暴対法ができて、反社会的勢力が減少していくトレンドと機を一つにしている。
1990年代の米国インバウンドブームにあわせて1993年ルクソール(3.7億ドル)、MGMグランド(10億ドル)、1997年ニューヨーク・ニューヨーク(4.6億ドル)、1998年ベラージオ(16億ドル)、1999年ベネチアン(15億ドル)など、まるで町全体がテーマパーク化していったのがこの時代である。1つ1つのホテルが3~5千室といった巨大な街といった趣だが、ラスベガスのホテル総客室数もこの1990~2010年の20年ほどの間に7.3万室→14.9万室とほぼ倍になり、その稼働率もほぼほぼ8割と収支がとれる水準で続いてきた。

1990年に2000万人だった観光客数は2000年に3500万人突破、リーマンショックで一時的な低迷を味わうも、2010年代半ばには4000万人を突破し、カジノ+ホテル+リゾートでは世界の中心ともいえる栄華の時代に入る。すでに2023年からこの客足は回復しており、2025年も4280万人と過去最高数になると予想されている。観光客の誘致だけではなくMICE(国際会議・展示会)などもあわせてビジネス客も呼び込み、都市開発に成功している。

■Sphere赤字経営、毎年3億ドルの赤字計上もキャッシュフロー黒字化は達成
様々な“伝説"が生まれる場所、1980年の2.4万人を集めたモハメド・アリVSラリー・ホームズ戦も、セリーヌ・デュオンが2003年にシーザーズ・パレスの専用劇場で「A New Day…」を歌った大興行も、2023年にF1グランプリが開かれ10億ドル興行を行われたのも、このラスベガスだった。そうした場所でコロナというゲームチェンジのタイミングにSphereが建てられたのが、本当に象徴的な出来事であったといえるだろう。
ではSphereは大成功しているのか?そうとはいえない。Sphere Entertainmentの財務では、かなり厳しい様子も垣間見える。2023年度に始まったSphereの事業は2024年に4.97億ドル、2025年6.76億ドルと売上はすでに1000億円越えと成長基軸にはある。ただ問題は赤字である。2023年に▲2.3億ドルの赤字は2024年に▲3.4億ドル、2025年になるとむしろ▲3.45億ドルと赤字幅が拡大している。もともとMSGグループからスピンアウトした時点でもっていた既存事業のMSG Networkという放送事業の収益が徐々に減少している点も背景にはある。だが何よりも、この巨大すぎるSphereを持て余しているといってもよいだろう。

前述のようにMSGのオーナーであるDolanがNBAやNHLなどのスポーツチームをもっているMSG Sportsを2010~15年にかけて分離し、MSGのような巨大べニューを運営するMSG Entertainmentを所有しならが、さらに分離したSphere Entertainmentを上場させ、こちらがSphereの運営の根幹を握っている。

▲世界で最も有名なMadison Square Gardenのイベント風景
そもそもペイするものなのか?Sphereは2024年の事業別売上を公表しており、没入型体験の売上が約半分となる2.7億ドルだ。そこにライブ・コンサートなどのイベント収益が3割である1.5億ドル、外壁の広告などが1.5割となる7千万ドルである。この5億ドルの収益で支えるにしては、2.5億ドルの原価と4億ドルの一般管理費でほとんど利益がでない。そこに追加で3億ドルもの減価償却費で一気に赤字になってしまっているのが現状だ。
だが幹部曰く「(23億ドルの初期投資を除けば)すでに単月黒字にはできている」という。外壁広告はむしろ“広告色"を消すために案件は消極的な露出にして、むしろ大自然の微細な映像からブランディングできる模様・エフェクトを流し、ラスベガスの夜景に彩を与えてる方向にシフトしている。むしろ内部でのスペシャルなクリエイティブづくりでSphere Entertainmentと協業・協賛を増やすことでの収益化も、すでに見通しはたっている、という。

設立後2年間で、Sphereでは約1800ものイベントが開催されている。年1000件、毎日3件、これは確かにライブイベントのゲームチェンジであった。音楽コンサートは前日から会場を貸し切り、午前中いっぱいリハーサルをし、夕方からのコンサートを行いながら、その撤収作業まで会場をフルフル使い切ってしまう。1年先まで埋まっている東京ドームでも年間200件のイベント稼働で、ドームシティ全体の約4000万人の来場者数から得られる売上はチケットで300億円・飲食で200億円といったところ。ホテル併設や周辺事業などで同社は1000億円の売上を実現しているが、これだけモニュメントとしてブランドがたっているべニューで予約フルフルでも、「売上の上限が決まっている」というところに従来型のライブエンタテイメントの限界があった。
だがSphereは空間イマーシブで一度収録してしまえば、年間1000件ちかいイベント稼働も可能で、年間400万人ほどのユーザーから2~3億ドルものチケット売上を可能にしている。2024年に開催された75分上映の「The Wizards of Oz at Sphere」はたった2か月で1.3億ドルもの売り上げ収入を実現している。2024年のチケット収入は4億ドルにも及び、これはすでに「Billboad史上もっとも興行収入をあげた会場」となっている。
この14K×14Kに合うコンテンツを作り上げるには、ハリウッド映画並みのクリエイティブ投資が必要になる点もボトルネックだろう。「The Wizards」は確かに唯一無二のコンテンツで見るものを圧倒するが、約1億ドル以上をかけたこの作品はSphereに直接足を運ぶ以外に見る手段がない。たとえ100万人に見られていても、ほぼ同額で製作された『Oppenheimer』が世界180か国の数十万もの映画館で1.1億人に視聴されているのと比べれば、「まだ2桁足りない」とうのが正直なところだろう。
希望があるとすれば、すでにアブダビが世界で2つめのSphereをライセンスを受けて建設することが決まっている点だ。同様にアジアを中心にいま3つめのSphereを作らんとする動きも始まっている。サイズも必ずしもこの2万人向けの建設費5000億円のものばかりではない。ダウンサイズした球体モデルも検討されており、まさに100年前に欧州・米国を発信源として全世界に映画館が乱立したように、Sphere型のディスプレイ施設が増えていけば、この「唯一無二のイマーシブコンテンツ」が全世界で数百万人ではなく、数千万人、数億人が視聴するものへと変わっていく可能性はある。

果たして2023年からはじまった「世紀を超える平面スクリーンから立体スクリーンへのゲームチェンジ」には追随する動きがあるのだろうか。今後100年も、ラスベガスを中心地として、全世界に新しいライブ・エンタテイメントの地平が開かれていくのか。それは2020年代のうちには出現するSphereの2件目、3件目の実現や、以前英国を中心に展開されるABBA VOYAGEの2件目、3件目 の成否次第、といったところだろう。

ライブ・エンタテイメントの戦いは終わらない、のだ・・・
会社情報
- 会社名
- Re entertainment
- 設立
- 2021年7月
- 代表者
- 中山淳雄
- 直近業績
- エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
- 上場区分
- 未上場