【カンヌ映画祭編③】 創業4年映画製作スタートアップの「我々は宇宙人」がカンヌ国際映画祭に選出された背景 中山淳雄の「推しもオタクもグローバル」
2022年設立の映画製作スタートアップNOTHING NEW が、新人アニメーション監督門脇康平氏とつくった「我々は宇宙人」がカンヌ国際映画祭で監督週間(Directors' Fortnight)に長編アニメーション作品として選出された。仕掛けたのはNOTHING NEW創業者の林健太郎氏だ。以前この特集でも取材している。今回はこの賞の位置づけと、カンヌ国際映画祭が作品にどんな影響をもたらすのか、カンヌ滞在中の林氏に語ってもらった。第一回カンヌ全体像 、第二回HIDARI に続き、今回が三回目の特集になる。

■何者でもなかった監督×何者でもなかった会社がおこした奇跡
――:監督週間、おめでとうございます!こちらはどういう部門なんですか?
2024年は『ナミビアの砂漠』『化け猫あんずちゃん』が選ばれ、2025年は『国宝』『見はらし世代』が選出されました。新鋭作家の作品から大作まで、幅広い作品群の中から、自由で作家性の高い作品が選出される部門です。そんな栄誉ある部門に、なんとこんな無名の映画チームの作品をピックアップしてくれた。正直選出の連絡が来たときは、とても驚きました。昨日映画祭でのプレミア上映を目の当たりにして、こうやって若い人材を発掘し、フィーチャーし、業界を盛り上げているのがカンヌの真骨頂なんだなと学びました。また、カンヌといえば「実写」の映画祭というイメージだった、長編アニメーションである『我々は宇宙人』が選ばれたのも、新しい流れを感じました。
――:反響はいかがですか?
プレミア上映が昨日終わりましたが、想像を超える熱狂でキャストスタッフ一同驚いていました。前の座席に座っていた若者たちはスタンディングオーベーションをしながら号泣しており、日本で制作された小さな作品が海を超えて感動を届けていることに、自分も感動しました。また、現地フランスのメディアからも沢山取材いただきました。今日は午前中だけで12の現地媒体からの取材がありました。
――:今回の作品、門脇さんも「初監督」ですよね。かなりお若い…
最初に出会ったときは25歳でした。門脇はアニメスタジオの経験はほぼ無く、キャリアの殆どがフリーランスのMV監督です。MV時代から、全領域を1人でディレクションする作家であり、本作もコンセプトアートから作画、背景など、多くの役職を彼が兼任して制作された作品です。一般的な商業アニメーション映画の作り方とは、おそらく全く異なると思います。企画開発も含めて4年、実制作に入ってからは1. 5年くらいの期間で制作しましたが、殆どを自社出資で製作しています。
――:昨年末に製作風景を見学させてもらいました。「麦茶をいれるシーン」などへのこだわりとかとにかく「観察」を大事にする、というのでアニメ会社なのにものすごい量のリアル素材があって、こんなアニメの作り方があるんだと驚きました。Webで素材しらべて描きおこす、くらいの会社のほうが多いのでしょうけど。そういうのを門脇さんが逐一チェックしていた姿が印象的でした。
子どもたちの描写は子役の方をキャスティングし実写で撮影して、それを観察しながらアニメ絵にしています。プリプロダクションの段階から「観察」することを門脇は軸にしていました。
――:何ものでもなかった新人アニメーション監督が、何ものでもなかった映画製作スタートアップと4年もかけたアニメ作品がなぜ今回選出にいたったのかを聞いていきたいです。

▲カンヌ国際映画祭の日本からの選出作品。左から2つめのWe Are Aliens(我々は宇宙人)が今回の該当作
■2年前の“飛び込み営業"がつないだカンヌとのつながり、誰にもお勧めできない映画製作スタートアップというやり方
――:“実写"で世界を目指すといっていた林さんが、なぜアニメ映画をはじめたのでしょうか?
NOTHING NEWは当初、以前中山さんにも取材してもらったように、「実写映画」を中心に製作を考えていたため、最初はアニメーション製作の構想はありませんでした。ただ立ち上げた直後に、現メンバーであり当時は前職に勤めていた小松から、門脇のことを紹介してもらい、コミュニケーションを重ねながら、この作品は必ず実現させたいと思うようになりました。そのタイミングから、よく考えていくと、新鋭作家とのオリジナルを製作したいという思いを、実写映画のみに閉じる理由はないなとも思い始めました。最初は2人きり。自分がコンサルなどで“生活費"を稼ぎ、それを会社に入れながら2人分の人件費を賄い、企画開発を粛々と進めていきました。
――:林さん自身はカンヌ映画祭にはよく来られてるのですか?
2年前に1度だけ参加しました。「我々は宇宙人」は当時まだプリプロ段階。ただ、2年後に国際展開を目指していく上では今からパートナー探しや映画祭とのリレーションを築く必要があると感じ、監督に1分のパイロット映像を制作してもらい、それを持ってCOOの下條とカンヌのマーケットに飛び込みました。その時はNOTHING NEWもまだ設立2年目の会社、実績も何もなかった。今よりもさらに財布事情もカツカツな中、かなりの博打だったなと今振り返ると思います(笑)。ただ、失うものがなかった分、思い切った選択を取れたのかもしれません。
――:僕はてっきり林さんが東宝に在籍していたキャリアを生かしながら、カンヌ国際映画祭につないでいったのかと思いました。
前職時代は国際展開について関わることも、考えることもありませんでした。それは創業当初も同じです。ただ、国内では事例が少ない新鋭作家×オリジナル企画を推し進める上では、必然的に海外戦略も取り入れる必要が出てきました。スタートアップとして始めたから見えてきた視点だと思います。
――:でも見せられる作品がない状態で、どうやって営業をするものなのでしょうか?カンヌって入るのに様々な敷居があって、パーティ会場1個はいるのだってすべて「招待状」だったり本当に複雑ですよね。
本当にブラックボックスで驚きました。最初はとりあえずオープンなエリアにあるブースを回ってみるも、特に手応えもなく。ただ、滞在後半に下條があらゆる手を駆使し、なんとかアニメ業界の人たちが集まる「パーティ招待状」を手に入れることができました。それを持ってパーティ会場に突撃し、出会いたい人の顔写真を写したスマホ片手に、1人1人話しかけ、やっとの思いで目的の人たちに出会えて。その時に出会ったチームと重ねたコミュニケーションが、カンヌへの選出や全世界での展開に繋がっています。
今回のカンヌでは、上映作品と共に戻って来れてよかったです。参加メンバーも、前回は2人だったけれど、宣伝や撮影スタッフの方含めたチーム7人と監督、役者陣での参加。いつかまたチームや他の作品でカンヌに戻って来れるように、頑張らねばなと思いました。
――:NOTHING NEWはVC(ベンチャーキャピタル)で有名なANRIが2024年に出資して業界で話題になりました。「映画製作スタートアップ」って他に例がなかったですから。僕もPlottで同じ社外取締役している中路隼輔さんが今回カンヌに普通にきていて驚きました。
ANRI中路さんには、まだやんわりした構想しかない2022年に出資して頂きました。その出資がなければ、2年前のカンヌ出張はもちろん、そもそもこのアニメーション製作も実現できませんでした。スタートアップと映画製作の相性が恐ろしく悪いとは今でも思っており、誰にもおすすめはできないのですが(笑)、映画製作スタートアップだからこそ出来ることをこれからも模索していきます。

▲門脇監督に撮影された林氏
■1か月で準備したカンヌ映画祭PR。人でAirBnBで雑魚寝しながら毎夜レッドカーペッドParty
――:実際に選出されました、という連絡はいつごろ来るんですか?
昨年に応募し、実際選出の連絡がきたのは本当にギリギリでした。そこから素材の納品と渡航や現地PRのための準備。キャストスタッフ全員が今回初カンヌ上映だったので、勝手もわからず、とにかくバタバタでした。
――:中山も一昨日、JWマリオットの地下のスクリーンではじめて『我々は宇宙人』拝見しました。いや、めっちゃくちゃいい映画ですよね。小学校時代の鬱屈とした田舎の人間関係を思い出し、あのときの自分の恥ずかしい部分やノスタルジーのタイムカプセルをあけられたような気持ちになりました。でもそれも当日朝になって「中山さん、チケット1枚空きが出たのでいかがですか??」みたいに誘ってもらったじゃないですか。そんなにチケットが入手困難なんですか?
メモリアルな場を一緒に迎えていただき、嬉しかったです!そうなんです、選出された我々自身もメディア関係者の方々用に少ない数しか確保できなかったのですが、当日になってキャンセルがでて中山さんにお渡しできてよかったです。劇場はいかがでしたか?

▲スタンディングオベーション受ける(左から)岡山天音、門脇康平監督、坂東龍汰

――:あの場でみたかどうかで全然体験が違うんですよ。800名の席が100%埋まっていて、全員が終わってから拍手の嵐。近くの女性がずっと涙ぬぐっててすごい感動しているんだという光景に僕も感動させられて。あれってサクラの人とか関係者の人ではなくて?
サクラじゃないです笑。上映後観客の方々とお話しさせて頂きましたが、地元のフランス人の方や若いクリエイターの方が多かったです。映画祭関係者の方からは、特に若い方々が多い上映だったと言われましたが、もしかしたらアニメーションだったからかな。海外の方にも受け入れて頂き、感動しました。国際映画祭はこれまでマーケットとしての側面が大きい印象でしたが、出品者として参加し、全世界の観客の方々へのプレゼンテーションの場でもあるのだな、と身をもって感じられました。

▲3人を見上げる女性が何度も涙をぬぐっている姿がとても印象的だった
――:いや、本当に感動しました。『我々は宇宙人』の内容もですけど、それ以上に800人がみんなで一緒にこの映画を盛り立てるんだという空気感も含めて、最高の映画視聴体験でした。
■世界の20/1000作、カンヌ国際映画祭選出はゲームチェンジになるか
――:最終的に今回の作品が「通った」のはどこがポイントだったんでしょうか?
この監督週間だけで、1000作品以上の応募があったそうです。そのうち選ばれたのが今回の20作。その中の1作に選ばれたことは、とても幸運なことだと思います。傾向と対策のようなものは都市伝説的に業界で色々と言われていますが、正直実際は特に無いのではないか、と自分は思います。選出に携わるディレクターの方々も、選考する人間として強いプライドを持っており、これまでに無い表現や作家性を求めて期限ギリギリまで議論を重ねているようです。上映期間中も、各地でディレクター同士が語り合っている姿を目撃しました。自分たちの作品は、唯一無二のアニメーション表現と、普遍的な物語性を評価されました。
――:2年前の準備もありましたが、内容としては別に「海外に向けて」ではなかったんですよね?
特に、海外に向けるためだけにこの修正を行う、などは行っておりません。作品のなかでも実際に存在する日本の商品がでてきたり、ストーリーも場面設定も、かなり日本的な映画だと思っていました。ただカンヌ国際映画祭を経て、内容面に関しては、どこを目指して調整するというよりかは、いかに狭く深い作品づくりを出来るかが大事だと思いました。その結果、作品の持つ普遍的な魅力は国境を超えていくはず。そう信じて製作しています。
――:経産省・文化庁がどんどんバックアップしはじめています。制度的な改善点ってなにかあります?
NOTHING NEWでは「創風」に関わらせてもらっていますが、ゼロイチの支援に関しては、いくつもあるハードルの中でやれることを一歩ずつ進めていくしかないな、という印象です。今回のIP360では大規模作品支援が目立っていますが、一方で、ゼロイチから大規模作品制作に臨もうとしている「真ん中」のプレイヤーに対するアプローチが不足している感覚は、現場目線で強くあります。次の大規模作品支援対象になるような、未来の企業/チームに対する大きな後押しがあると、インディペンデントとメジャーを繋ぐ架け橋となり、中長期的な市場活性化に繋がります。
現場としては、実はこの「真ん中」のプレイヤーが先行投資をしてチャレンジすることが、一番大変。自主制作よりもうんとお金がかかるし、既に基盤が整っている大規模制作者ほどの与信はまだ無いので、民間のみの力で推進することが絶妙に難しいフェーズです。目先の視点だと、大規模作品に支援することが分かりやすい結果を生みやすい。ただ、10年後、さらにそれ以降も成長し続けるには、次世代を育てる必要がある。スタートアップ業界と近い考え方だと思っています。シード、アーリー、レイター、全て揃って初めてエコシステムになるはずです。
――:NOTHING NEWとしてはどこを目指しているのでしょうか?そして『我々は宇宙人』を日本でみれるのはいつごろでしょうか?
映画づくりの魅力は沢山あります。芸術であり娯楽であること。時代の変化に合わせてその時代を象徴する作品を作り続けられること。ビジネス的にもどこまでも大きなチャレンジができること。これらは全て、映画づくりの難しさでもありますが、その難易度も含めて、こんなに面白くやりがいのある挑戦はそう無いのでは無いかと思っています。人生を懸ける価値があります。そのすべての魅力をチームと作家と一緒に味わい尽くしたいです。そのために、国際映画祭でも評価されるニッチなこだわりと国内外の広い観客の心に響くエンターテイメント性を両立させる作品づくりを続けていきます。その結果、スタートアップ企業としても映画製作会社としても面白い結果に繋り、少しは目標として掲げている「才能が潰されない社会」に近づけたら嬉しいです。

▲長編アニメーション『我々は宇宙人』は9月25日公開

▲7月17日公開 NOTHING NEW初めての長編映画『チルド』
――:そしてカンヌから後日ですが、ようやく全国公開も決まりましたね!?
「我々は宇宙人」は日本では2026年の9月25日に全国公開されます。本当に、社運がかかっています(笑)。ぜひこの記事を読んでいただいた方は、NOTHING NEWを救うために、9月25日の初日に、劇場に足を運んでください!
また、NOTHING NEWの実写長編第一作『チルド』も7月17日に劇場公開となります。染谷将太さん主演、コンビニエンスストアを舞台にした社会批評的ホラーです。何も考えずにサラダチキンを日々食していることって実は怖くないか?という意見に共感できる方は、ぜひこちらも7月17日に劇場へ!
6人目のNOTHING NEWメンバーも探していますので、映画に限らずエンターテイメント領域に興味あるプロデューサー/事業PM経験者の方はご連絡ください!映画はもちろん、アニメーションや体験型の企画展、Steamゲームなど、映画製作と同じく新鋭作家と共にさまざまなオリジナル企画を製作しております。4月で5年目となり、やっと準備期間が終わり第二創業期が始まるフェーズです。今が一番面白いと思います!
会社情報
- 会社名
- Re entertainment
- 設立
- 2021年7月
- 代表者
- 中山淳雄
- 直近業績
- エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
- 上場区分
- 未上場