9月4日~6日にかけて、パシフィコ横浜で行われたCEDEC 2019。その2日目のセッションの中から、"「現場最優先のススメ」~最高の開発環境を生み出す情報システム部門の在り方~"の模様をお届けする。
昨今のソーシャルゲーム開発は、数年前と比べると大規模化・複雑化しており、クオリティの高い複数のタイトルを作り、運営していくためには、開発現場の要求に対して、迅速に対応できる業務基盤が不可欠である。
本セッションでは、業務基盤を支える上で中心となる情報システム部門が、ヒットタイトルの様々な要求に対して、どのようにして迅速に対応しているかを事例を交えて紹介。
また、そこから見えてきた「ゲーム会社における情報システム部門の在り方」について、Cygamesの平内義彦氏(システム管理 サブマネージャー)から語られた。
▲Cygamesの平内義彦氏。
まず、Cygamesの情報システム部門(以下、情シス)の考え方について。一般的に情シス部門と言うと、利益部門ではない、という認識であり、情シス部門の適切な予算を取らないことも多く、改善の方向性も効率化、省力化に向かうことが多い。
平内氏は話の前提として、"最高のコンテンツを作る会社"というCygamesのビジョンに触れた。同社ではそのビジョンを持って、メンバー1人1人が最高峰、ナンバーワンを目指して日々業務にあたっているという。
そして、最高のコンテンツを作るというビジョンを達成するための行動指標を3つ掲げている。
この中で、Cygamesの情シスを語る上で重要になってくるのが「常に「チーム・サイゲームス」の意識を忘れない」というミッション・ステートメントである。
このミッション・ステートメントがあることで、「情シス部門を始めとするバックオフィスのメンバーであっても、共に最高のコンテンツを作る仲間である、コストセンターではないという共通意識が経営陣も含めて社内に浸透している」と平内氏。
最高のコンテンツを作るためには最高のバックオフィスが必要という会社の考えになっている。こうした考えのもとで、Cygamesの情シスでは「最高のコンテンツを作るための最高のサポートを実現する」という目標を掲げている。
また、ユーザーに対して"待たせない"、やらなくていいことを"やらせない"、知らなくていいことを"覚えさせない"という三原則を掲げているとした。
では具体的にはどういう考え方なのか? Cygamesにおける最高のサポートとは、スピードとクオリティが両立されていること。その両立のための考え方、それが本セッションのテーマとなる"現場最速"と"満足度最重要"とのこと。
平内氏は、それぞれを詳しく説明。まず現場最速について、開発現場のスタッフがクリエイティブな時間に割ける割合を最大化できるようにスピードを追求する。一方の満足度最重要とは、ストレスなく業務に集中してもらうために現場スタッフの満足度を追求すること。
同社の情シスは、これらの考え方を最も重視すべき重要項目と位置づけ、様々な取り組みを行っているとした。
▲Cygamesの情シスの業務内容と業務範囲について説明。
情シスの業務の中のサポートデスクに関して、基本的にユーザーからのリクエストがある際は、一次窓口のチームで受け付けて簡単な問題は対応。そこで解決できない場合は、問題を切り分けと二次対応チームへのエスカレーションを行うという。
二次対応チームは、オンサイトサポート、テクニカルサポート、機材管理など対応範囲ごとに分かれたチームへエスカレーションされ、それぞれのチームで対応。その中で、機材管理はPCの担当チームだったり、スマートデバイス専門のチームがあったりと、「情シス部門としては珍しくかなり細かく分業体制をとっている」と平内氏。
これによって知識の集約と案件の集中管理で対応スピードの向上を図っているそうだ。
そして、もう1つ特徴として、問い合わせ受付の専属チームとして一次窓口を配置している点を挙げた平内氏。問い合わせる先が一本化、明確化されていることで、ユーザーにとっては問い合わせ先に迷う時間がなくなるとした。
また、進捗管理も一次窓口で管理するため、より精度の高いサポート、対応が可能になるという。では実際に、Cygamesの情シスはどれくらいの規模感の業務を持っているか? その数字が下である。
まず、情シスに来る問い合わせ件数の1日平均は170件、月末月初になると200超える日もあるという。営業時間ベースだと3分に1件となる。
取り扱い機材数(PC、スマホ、ゲーム機器)は3万個以上、取り扱っているソフトウェアの種類は1500以上。これだけの規模感をもっている情シスであるという前提で、情シスの取り組み事例を平内氏は紹介していった。
現場最速を実現するための取り組みについては、機材の準備やソフトウェアの設定をやらせない、対応の待ち時間を最小化する、問い合わせに迷う時間を無くすという3つの観点に分けられる。
機材の準備やソフトウェアの設定をやらせない取り組みについて、一番分かりやすいのはPC準備のフロー。「Cygamesでは、入社した人が席に座った瞬間にすぐに業務を始められるようなフローを構築している」そうだ。
入社する人のPCは前日までに業務に必要なソフトウェアが全てインストールされた状態で座席への設置まで完了。また職種、プロジェクトごとにセットアップ項目が分かれており、デフォルトだけで30以上のキッティングパターンがあるとのこと。また個別の事前依頼にも柔軟に対応している。
これが"やらせない"ための一例となる。
▲一般的な会社とCygamesのPC準備フローの比較。同社は入社日までにすべてが完了していることがわかる。
次に、対応の待ち時間を最小化する取り組みについて。
まず、「問い合わせに対するレスポンスのSLA順守」が重要と平内氏は話す。社内スタッフから情シスへの問い合わせに関しては、受付時間内に来たものについては原則即日受け付けて対応を開始するということを社内に明示、順守しているという。問い合わせるユーザーから見ても、必ずその日のうちにアクションがとられるので現場の安心感にもつながる。
他にも、「明日朝までに20メートル以上のHDMIケーブルが5本必要で…」とか「AndroidOS搭載しているメディアプレイヤーといったニッチな機種が急きょ必要で…」など、急ぎで即日に機材が必要な際には情シスが直接店舗で購入して、即日機材登録を行い貸し出すこともあるそうだ。
このようにCygamesの情シスは、待ち時間を最小化するということを念頭に置いた対応を徹底しているとのこと。
また、問い合わせに迷う時間を無くすために、「トラブルに関するナレッジをFAQ形式で社内に公開している」と平内氏。そうすることで、ユーザーは疑問があればすぐにどうすれば良いかわかり、問い合わせを行わずに疑問や問題を解決できる。これにより、受付専属チームからの迅速な一次窓口での回答にもつながっているという。
続いて、満足度最重要を実現するための事例を紹介。満足度最重要とは、ストレスなく業務に集中してもらうために現場スタッフの満足度を追求すること。つまりストレスフリーな業務環境の提供、対応の標準化ではなく専門特化、そしてユーザーの意見を取り入れた改善サイクルという観点だ。
ストレスフリーの業務環境の提供として、快適に業務に取り組める機材環境を提供するようにしているそうだ。社内スタッフはデフォルトでデュアルディスプレイになっており、3DCGやハイエンドタイトルの開発メンバーにはハイスペックPCを標準機にしたり、各職種のスタッフが最大限にパフォーマンスを発揮できるように標準PCを設定。その種類は12種類にもなるという。
「新たな製品、機材が発売された際も開発メンバーに協力してもらい、業務で問題なく利用できるかしっかり検証した上で次世代機の選定も行っている」(平内)そうで、そういった形でストレスフリーな業務環境をバックオフィス全体で実現しているとした。
また、ストレスフリーな業務環境を重視する取り組みとして、フリーソフトの利用フローも紹介。一般的にフリーソフトは、「会社が管理しないで自己責任で使うパターンか、一律禁止で会社指定のもののみ許可するパターンが多いと思うが、規約違反、セキュリティ上のリスクがあったり、禁止にした場合も開発現場の満足度が低くなる」など、それぞれデメリットがあると平内氏は指摘する。
ではCygamesはどのような対応をしているのか? まず使いたい、試したいフリーソフトがあれば情シスに依頼し、規約確認、セキュリティチェックを行う。ここで問題がなければ利用可否一覧のデータベースに登録するそうだ。
その際、「フリーソフトによっては規約がないパターンもありますが、その場合は作者に直接コンタクトをとって、問題がないか最後まで確認することもある」と平内氏。これもすべて企業としてのコンプライアンスを守りつつ、最大限開発現場のメンバーの要望を叶えることを第一とする考えのもとこのようなフローになっていると説明した。
▲こうした取り組みを通して、ストレスフリーな業務環境の実現を徹底。「Cygamesは業務環境に関してストレスとは無縁なのかなと思う」とは平内氏。
続いて、対応の標準化ではなく専門特化について。Cygamesではサウンド専門の情シス要員を配置しているそうだ。サウンド関連の情シスの対応というのは、ライセンス認証の仕組みだったり素材の扱い自体が特殊なケースが多く、機材やソフトウェアを使うのにも専門の知識が必要となる。そのため、専門のサウンド知識に長けた情シス要員をサウンドチーム内に配置することで、「技術難度が高い要望やトラブルもユーザーの立場に立って素早く的確に対応することができる」(平内)
また、満足度最重要の改善サイクルに関しては、同社情シスではユーザー対応を行う度にユーザーアンケートを必ず実施しているという。このアンケートで満足度が低かった回答に対しては、担当リードが改善案を策定し、部門内で共有することを徹底している。
このようなサイクルを繰り返すことで、平内氏は「情シスの運用全体をユーザーに寄り添ったものに改善していく、ということを徹底している」と語る。また、「これは副次的な効果ですが、アンケートを実施することで従来は明確化しづらい情シス部門のKPIを、例えば来月のアンケートの"とても良かった"という回答の割合を85%以上にしよう、と明確化することができる」(平内)という。
現場最速と満足度最重要に関する様々な取り組みが紹介された本講演だが、それぞれの施策がゲーム会社にどのようなメリットをもたらすのか? 平内氏はそれらメリットについて説明した。
まず現場最速を求めると、現場の開発・対応スピードが上がるという。具体的にはカスタマーサポートの対応における端末不具合調査も、同じ環境を即日再現できることでバグ修正の対応速度も速くなり、新しいソフトウェアの検証もすぐに準備が整うことで迅速に最新技術の検証を始めることができるという。「こういった事が全て最高のコンテンツを作る下支えになっている」と平内氏は語った。
また、「Cygamesはスピード感を大事にしており、意思決定のスピードはかなり速い」と平内氏。「それが会社の強みであり、そういった素早い意思決定の価値をより高めることがバックオフィスの立場でありながら可能だ」と続けた。
ただし、スピード感のある意思決定がなされても、「機材やソフトウェアの準備がボトルネックとなってしまうようでは意味はない」(平内)。例えば大規模なデバックを実施するという決定も、多数の機材を準備する必要があるが、すぐに準備が整うことで意思決定が新鮮な状態で各種施策を打つことが可能とした。
平内氏は、「ゲーム業界は変化が激しく、技術進歩のスピードも早い。その点においてゲーム業界で情シスが果たす役割は非常に大きいと思っている」とコメントした。
▲現場最速を追求することで、情シス部門の立場から会社のスピード感を高めることができ、「競争力のある会社の下支えとなることができる」(平内)
次に満足度最重要がもたらすメリットについて。満足度を追求することで業務環境の充実、情シス部門の対応の良さは外向けのアピールポイントになり、優秀な人材の獲得にもつながるとのこと。
実際にCygamesのスタッフが受けるメディアのインタビューなどで、同社の良い所として情シス部門の体制を挙げてくれるメンバーも多いそうだ。
それについて平内氏は「様々なゲーム会社を経験してきたベテランスタッフにそう言ってもらうことは、会社としての魅力の発信にもなり、情シス部門のメンバーにとっての励みとなり、改善サイクルの原動力につながる」とし、人材の流動性が激しいゲーム業界において、この点でも情シスの担う役割は多いと説明した。
また、標準化ではなく専門特化していくことで、日々技術難度が高くなる開発現場の要望に情シスとして全力で答えることが可能となる。「技術進歩が著しいゲーム業界において、トレンドについていくためにも満足度最重要の専門特化の考えは、ゲーム業界に身を置く情シスとしてはなくてはならない考えではないか」との考えを示した。
Cygamesの情シスとしての考え方と取り組み、そしてゲーム会社において何故それらが大切かを話してきた平内氏。そうした取り組みを続けてきた結果として、ユーザーアンケートの累計結果を公開。回答数はアンケートを取り始めてから3年間の累計となり22352件におよぶ。進捗共有、利用方法の説明、対応速度、満足度という4つの回答項目があり、それぞれポジティブな報告の累計割合がどうなっているのかというと、下の写真の通り。
平内氏は「最高のコンテンツを作るための最高のサポートを実現すべく様々な取り組んできた結果がこの数字です」としながらも、「やはり最高のサポートを作っていく上では、まだまだ上を目指していく必要があるので、今後も上の数字を目指していきたい」とコメントした。
最後に平内氏は、本セッションのまとめとして以下のメッセージを送った。
「変化の激しいゲーム業界において、情シス部門のコスト意識に偏重するよりも、スピードとクオリティを両立し、最高のサポートを目指す取り組みに力を入れるべきです。
コスト意識に偏重して情シスの方向性、バックオフィスの方向性が提供するサポートを制限する方向に向かってしまうと会社のスピード感は遅くなってしまうし、日々進化する技術トレンドにも順応しきれない。そうならないためにもゲーム業界の情シスは大切にしていかなければいけない考え方は、現場最速、満足度最重要という考え方なのではないでしょうか。
そしてCygamesは、"チームサイゲームスの考え方"が浸透しているおかげで、業務環境に関しても最高を目指すことができ、必要な事はきちんとやらせてもらえる。それが強い情シスを作る原動力になっています。最高のサポートを実現していくためには、情シス部門も同じ方向を向いている仲間である、という社内文化を育てることが重要です。
現場最速、満足度最重要という行動指針は、小さい所からでも始められますし、情シスに限らずゲーム業界において業務基盤の部分に携わっている方々には必要になってくる考え方だと思います。今回の講演が何かしら皆様の業務改善につながれば幸いです」(平内)