【連載】中山淳雄の「推しもオタクもグローバル」第66回 ドラマ界の革命児「ごっこ倶楽部」―エンタメ×ビジネスでTikTokを制した映像ベンチャー

中山淳雄 エンタメ社会学者&Re entertainment社長
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ごっこ倶楽部、という名前に聞き覚えはあるだろうか?TikTokやYouTubeは「歌ってみた」やVTuberばかりの独壇場ではない。従来から映像メディアで定番ジャンルである「バラエティ」もあれば、当然ながら「ドラマ」も一つの人気ジャンルなのだ。もちろん“ゴールデンタイムの1時間モノ"とはかけ離れている。2~3分尺のショートストーリーだが、その短い時間で表情や会話からすぐに想起しやすい関係性、そして短時間で予想を裏切るような驚きの展開。涙・笑い・裏切り・親愛、さまざまな感情はたった数十秒の動画であっても平等に訪れる。今日本で100万人単位のユーザーが注視して目を離さないドラマ・クリエーター達が、かつての“トレンディドラマ"の市場をどのように塗り替えているかについて迫った。

 

1年で日本縦型ショートドラマの国内最大手:なぜごっこ倶楽部だけが成功するのか?
3年ごとに1万時間を費やす“プロ"事業家。営業・プログラマ・事業開発、企業をこなしていった15年間
資金調達がコロナで吹っ飛んだ2020年3月、手あたり次第に掘って行きついた「ショートドラマ」
トレンド最先端のTikTokが主戦場、海外・著作権・配信など広げていくフェーズ
日本のテレビドラマはなぜ海外で負けるのか?ごっこ倶楽部の人材採用戦略

 

■1年で日本縦型ショートドラマの国内最大手:なぜごっこ倶楽部だけが成功するのか?

――:自己紹介からお願いいたします。

縦型ショートドラマ専門クリエイター「ごっこ倶楽部」の代表取締役・田中聡(たなか さとる)と申します。

 

――:もう国内ショートドラマでは断トツですね。

ありがとうございます。2022年2月に創業なので、1年強でこの数字までいけたことは手前味噌ですが、本当によくやれたなと思いますね。8億再生、2400万いいね、総フォロワー数1400万。TikTokの縦型ドラマでは4冠となり、TikTok Award 2022のShort film部門も受賞しました。

 

 

――:いや、文字通り“総ナメ"ですね。驚くべきはその物量、いわゆる「テレビドラマ」では考えられない面の取り方をしています。

毎月20~30本くらい撮影してますからね、累積で350本のドラマをとってきました。1本あたりの平均視聴回数も伸びており、最近だと低くても100万回再生、平均的に150万回再生されるようになってきました。

 

――:1動画“平均"で150万回再生、単純に国民で割った視聴率で1~2%ですが、TikTok・YouTubeという若者が多いプラットフォーム特性でいうと、感覚的に「昔のテレビの視聴率10%」くらいの感じじゃないでしょうか?どのくらいの人数でそれを実現されてるのですか?

現在の社員数23人、業務委託入れて33人ですね。ほとんどが俳優をこなしながらの制作チームで、私や中矢啓樹(執行役員、ビジネス開発責任者)など裏方で企業向き合いをしているスタッフが3人ですね。

 

 

――:面白いのは、ごっこ倶楽部さんの飛び抜け具合です。実際にTikTokにも沢山の「映像のプロ」たちが新しいドラマづくりとしてこの世界に入ってきていますが、「平均150万回再生」というごっこ倶楽部とは大きな開きがあります。

競合企業さんはいっぱいいますけどね笑。いま数字としては弊社が一番出せている、というのは確かだとは思います。縦型って人間ドラマの部分が主なんですよ。接写も多いし、その分背景とか衣装とか“凝って作るもの"は端折って撮影ができます。画面が広い横型向けと同じように撮影してしまうと、とても物量もコストも割にあわないと思います。

 

――:なぜごっこ倶楽部だけが成功するのでしょうか?

他社のやり方をみると、シンプルにいうと「横型の撮り方で撮ってしまっている」というだけなんです。横で培った成功経験が強ければ強いほど、失敗しやすいです。ただ縦にしてスマホでとれば、とも思われるんですが、実は横を縦にするだけで撮影チームのつくり方から手法、そもそも今までの考え方をすべて一度捨てなきゃいけないくらい、全然違います。それを「横型で撮影したものをトリミングして縦のフレームにあわせる」という形でドラマを出してしまっている事例も多いように思います。

 

 

――:今回の取材はどう撮影されているかも踏まえ、撮影現場にお伺いしています。ホントにスマホだけで軽くとっているのかな??と思う映像ですが、実は結構ちゃんと撮影してるんですね?

そうですね、ここまでクオリティーに拘る必要があるのかと思われるかも知れませんが、今はクオリティーを上げることに注力しています。中でも最近力を入れ始めてるのが、照明と音声です。ここはきちんとした撮影機材を入れて、きちんと照明も音声もプロの機材を使いはじめています。

 

――:普通のドラマ撮影では使える技術も使えなくなったりするものでしょうか?

メイクなんかも結構違いますね。映画などだとリアリティを重視して、寝起きのシーンはホントにノーメイクに近いメイクをしたりするんですが、TikTokショートドラマだと「映像映えがする寝起き顔」とそれなりに誇張しておく部分がないとやっぱり視聴回数が落ちるんです。従来の映像映えと、ショート動画の映像映えが違う、といったことも、毎回試行錯誤しながらやっています。

 

――:あと費用のところも驚きますね。今回はレンタルスペースを使って7~8名での撮影でしたがスタッフも機材も衣装、メイクも全部自前。3分モノのドラマをとるのに、実は10万円もかかっていないと伺いました。個人的にはこの人数と拘束時間だと、代理店もいれて40~50万はかかりそうな動画撮影内容です。

今回の撮影は小規模なほうです。毎週4日くらいは撮影で稼働してますし、最近は並行で2班が撮影するような状態にもなってきました。今日の撮影は実は場所代6万円ですが、正直これはちょっと見直しも必要です。玄関のシーンがほとんどだったので、この場合はもう少し費用を落とせましたね。

 

 

――:これでもまだ再考の余地があるんですね!かなり「削ぎ落して作っている」印象あります。

ロケハンしませんからね。事前に場所を見に行ったりといった手間を省きつつ、現場ではじめて実物をみながら、ありあわせを使って撮影していきます。脚本もある程度、そうした状況を踏まえてフレキシブルに書かれている。

作る立場からすると、お金があるとどんどん俳優にも場所にも衣装にもお金をかけたくなるのは理解できます。よりよい画がとれますから。でも縦型の場合は、それが本当にユーザーに刺さっているかどうかを見る必要があります。例えば今回の「古民家」という場面設定、確かに見た目はいいですが、それが本当にユーザーに訴求価値になっているか、コンテンツとしての必然性があるかを考えないといけない。「これは情緒ある古民家だ」なんてコメント出ないためです。

 

――:なるほど、なんか普通のドラマであれば当たり前に場所とって、ロケハンして、俳優アサインして、メイクして衣装きせて、というプロセス自体に見直しが入ってるんですね。

結局、縦型視聴で重要なことにお金をかけるべきなんです。「セットがすごい」とか「衣装が凄い」なんて、縦型動画だとほとんどコメントに出てこないんです。ユーザーがコメントして注目しているところに答えがある。それなら我々としてはそこに重点をかけて創りこみをすべきなんです。

 

 

■3年ごとに1万時間を費やす“プロ"事業家。営業・プログラマ・事業開発、企業をこなしていった15年間

――:そもそも田中さんは映像制作の専門家というわけではないですよね?どういうキャリアなんですか?

大学出た2006年に、最初ネットマーケティングのセプテーニに入社しています。

 

――:おお、最初広告代理店だったんですね?以前セプテーニ出身で現Minto役員の中川さんにも取材しました。2021年に電通の連結子会社化しましたね。

中川さんとはちょっと世代が違うので被ってはいないんです。僕は法政大学の国際文化学部にいて、最初は教師になるつもりだったんですよ。もう教育実習にも行って、大学の学部の関係で社会か英語の先生になるしかなかったんです。ただ、最も苦手な教科が英語だったんですよ。

 

――:え、そういうものなんですね!?じゃあ学部に入った時点で詰んでいた、と。

まあそれでも教員資格まで取ったし、英語の教師になるなら英語話せるようになりたいと留学にいこうとしていたんですよ。そしたら就職活動をこれからしようという時期に友人に煽られたんです。「俺、なんかそうやって留学に逃げる奴、嫌いなんだよね」と。なにくそと思って、じゃあ俺も就活は就活でちゃんと成果だしてから留学してやる、と思って、100社受けました

 

――:100社!?極端すぎますね笑。じゃあ教師の道と平行線で就活したわけですね。

別にいきたい会社があったわけじゃなかったので、手当たり次第に業界ごとのトップ企業を受けましたね。広告業界からIT、不動産、金融、化学とかまで含めて。そうしているうちに、だんだん面白くなってきて。人生の中で小一時間話しただけで、評価されて「オマエはいらない」って判断される経験ってないじゃないですか?

 

――:鋼メンタルというか、完全に違うスイッチ入っちゃってますね笑

それで内定もらった1社がセプテーニだったんですが、そこの人事担当がメチャクチャカッコいい人だったんですよ。28歳でMBAもっていて英語ペラペラ。僕も何社か内定いただいて、就職活動一旦見切りつけて留学にいこうと思っていたので、最初はセプテーニにお断りに行ったんです。

そしたら、「英語学ぶだけの留学、無駄になるよ。俺も大卒と同時にMBA取りに行ったのは後悔している。絶対1-2年働いてからいったほうがいい」と。それでその場のノリと勢いで、「じゃあセプテーニにいきます!」と決めちゃいました。

 

――:その場で決めちゃったんですか!?先ほどの友人の煽りといい、わりと田中さんはノセられやすいタイプだったりするんですか?笑。それはそれで起業家っぽい感じもします。

「負けたくない」というのが強いタイプかもしれませんね。そのころは起業家というのは全然考えていなかったんです。ただ何やっても楽しめるタイプではあったと思います。

 

 

――:どんな人に影響を受けた、とかありますか?

一番影響を受けたのは・・・高橋歩さんかもしれません。飲食店やって出版出してミリオンセラーしてから世界一周して。楽しそうに生きているな、というのに影響受けましたね。

※高橋歩(1972~)実業家・著述家。大学時に映画「カクテル」に感銘を受け、退学して1994年に仲間とアメリカンバー「RockWell'S」を開店。23歳(1995年)で自伝を出す為に「サンクチュアリ出版」(現:サンクチュアリ・パブリッシング)を設立、1997年に自伝『毎日が冒険』を出版。その後、326の著作を出版。26歳で結婚、結婚式の3日後に全ての肩書きをリセットし、妻との新婚旅行として、二人で1年8ヶ月間にわたる南極から北極に至る世界一周旅行を敢行。2000年沖縄県に移住し、出版社のA-Works、飲食業のPLAY EARTH、アイランドプロジェクトの代表取締役代表として活動。

 

――:ひとまず2006年にセプテーニに入社されるわけですね。

その憧れの人事は、入社したときにはもう辞めちゃってたんですけどね笑。入社してからは新規事業に配属してもらって、3年たったところで起業。飲食業をはじめました。セプテーニの仕事は楽しかったし、何の不満もなかったのですが、自分は帰属意識が強いタイプなので、ここで一度踏ん切りつけないとずっと居続けてしまいそう、と思って。

 

――:創業資金はどうしたんですか?数千万とかかかりますよね?

いや、自腹の300万でできました。飲食って居抜きでやると意外に安いんですよ。小・中学校の友人と5人で、とにかく失敗するなら早いうちがいい、と。高円寺にスマイルカフェ「アンプール」というお店を出しました。

 

――:あ、現在でも続いているお店なんですね?

不動産からは「高円寺だけは絶対にやめろ」と言われてたんですけどね。高円寺って物価安いのに家賃は高くて古くて愛される店も多い、というので離店率が日本一高いと言われているエリアだったんですよ。ただオープンした直後からお店は軌道に乗って、その後4店舗にまで広げていきました。3年ほどでアンプールとそれ以外の事業もいっぱいやりましたが、飲食事業以外はうまくいかず、最終的に残ったのはお店の「アンプール」だけでしたね。

 

――:飲食店経営以外の事業もやってたんですね?他にどんなことをされてたんですか?

飲食店向けサービスです。スマホで注文できるようになったり、たった3クリックでチェックインするとポイントがもらえる、とか当時Foursquareなどがやっていたものですね。ただマズかったのは、エンジニアも無しで自分でプログラミング勉強して、作りこんじゃったんですよ。

 

――:え、完全自前ですか?若気の至りすぎますねwはじめてのコーディングですよね?!

そのときは3GからLTE回線に切り替わるくらいの頃で、LTE環境だとうまくいったんですけど、そもそもLTE回線ユーザーが10%もいない時代でした。結果出してみたら、1クリックするのに10秒もローディングする状態で、クレーム殺到の大失敗でした。

 

――:うまくいっていたアンプールはなぜ辞めたんですか?

当時結婚することになって、相手が「不安定な飲食業はやめてほしい」というのがあったんです。最初の起業時に「途中で抜ける奴は権利含めて、全部譲渡すること」と自分で取り決めていたせいで、そのまま自分にそれが適用になったので、株も何も一切権利はもたずにサラリーマンに戻ります笑。

 

――:なんともいさぎよい、、、

2014年にそれで入社したのがビズリーチでした。あ、でもさっきのエンジニアリング自分でやったことがここでめちゃくちゃ活きました。開発のディレクションもできるというのでキャリアトレック事業のディレクターに抜擢され、そこがどんどん伸びるんです。最終的には50~60人くらいのチームをまとめる立場になって、そのあたりで再び危機感が生まれます。

 

――:なんか、また辞める流れの予感が、、、!

「偉くなっていく」のがガラじゃないんです。あと、僕ってすべて3年刻みなんですよ。1万時間の法則ってあるじゃないですか?リクルートの竹原敬二さんが言っていた話ですごく刺さったんですが、一つの流派に習熟するには1万時間だと。それで1日12時間を25日働いていると、月間300時間。だいたい3年で1万時間なんですよね。

 

――:それ休日も普通に稼働しての計算ですけどね笑。田中さん働き方がかなり尖ってそうですね。

これ、でも中山さんとか自分で事業している人って皆そうじゃないですか?僕、社会人になってから22時より前に帰った日って「1日」しかないんですよ。セプテーニ時代に体調悪くて家に帰ったその日、家でやることが無さ過ぎて、辛くて辛くて逆に眠れなかったんです笑

 

――:働き方改革とは一体・・・笑。なるほど、そのペースで働いているからだいたい3年で「やりきった」感が出るんですね。14~16年のビズリーチから、17~19年がベンチャーに転職されてるんですね?

ファベルカンパニーはセプテーニ時代の上司が社長をしている会社で、そこで誘ってもらいました。起業するかどうか迷っていた時期なので、この3年間はその準備のための期間でもありました。現在ごっこ倶楽部を一緒にやっている多田智(監督・俳優)、谷沢龍馬(キャスティング・俳優)はこの時期に出会っているので、今にもつながってますね。

 

――:2021年から始まるごっこ倶楽部、まさか2024年ごろに、また田中さんの転換期がこないことを祈ります笑

エンタメは例外です。エンタメは1万時間だととても足りないです笑

 

■資金調達がコロナで吹っ飛んだ2020年3月、手あたり次第に掘って行きついた「ショートドラマ」

――:ごっこ倶楽部の前身があるんですよね。その流れでいうと起業は2020年のコロナ期でしょうか?

いえ、そのちょっと前の2019年7月に起業しているんです。飲食店向けのサービスが諦めきれず、リファラルで紹介した友人・知人が飲食店でお金を使うとその一部がバックされる「ランデブ」というサービスをつくったんですよ。今ごっこで役員やっている志村優と一緒に。

 

――:今度こそ、自前プログラミングではないシステム開発ですかね!?

同じ轍は踏みません。最初にDebt(借入)で1,500万円借りて、あとでEquity(株)に代えるモデルで、今度こそちゃんと外のエンジニア10人くらい入れてサービスを作り込みました。ランウェイ(手持資金が底をつくタイミング)が2020年5月だったので、それまでに数字が出せるように進めました。

2020年2月6日がβ版のサービスローンチだったんですけど、初月の数値もわりと良くて、これは資金調達して大きく伸ばせるな、と。

 

――:なるほど。でもタイミングが・・・まさにコロナの開始時期ですよね?

ホント色々なことがあった1か月でした。サービスが出た日横浜にダイヤモンド・プリンセス号が寄港した日。それで20年3月に一人目の投資家が決まった日の夜に小池都知事が緊急記者会見をしていた日でした。

 

――:あまりに劇的ですね。おそらく皆さん投資どころではない状況になっていたのでは。

「ちょ、ちょっと待って、、、!」となって、最終的に全部が白紙になりました。仕方ないですよね、我々は生存を図るため、チームをばらして、いったん開発受託したり、コンサルをしながら食いつなごうとなったのが2020年でした。

 

――:多くの人の人生を変えましたよね。僕もコロナがなければ今こうしてここにいないです。その2020年はずっとサバイバルモードですか?

いえ、2000万の借金を返すために、毎月200万ずつ稼ぐ、みたいにやっていたけど、夢も希望もないな、と。ちょっと返済を後回しにしても、今稼げている金を使って違う事業を作ろう、と決めました。1か月に1事業ということで、2020年半ばから10個の事業を立ち上げました。この時期はヤケクソ期と呼んでます。笑

 

――:ごっこ倶楽部もその一つだったんですか?

はい、ファベルを辞めていた多田が2021年5月にごっこ倶楽部の原型をつくるんです。知り合いの役者たちを集めて、TikTokでドラマを撮ろうと。「ごっこ倶楽部」という名前も、俳優や演劇にありがちなスタイリッシュさを避けて、ちょっとふざけた感じだけど真面目にドラマを追求する集団という意味でつけてます。

そのちょっと前に私と志村も「動画配信サービス」をつくっていたんです。そのときにモチーフにしていたのが中国のショート動画配信プラットフォーム「快手」ので展開されているサービスでした。ただ2人とも中国語がわからないので、どうしても時間がかかる。そこでハーフで中国語もペラペラな多田に力を借りようとなったんです。

※快手(Kuaishou)は中国TikTokを祖業とするDouyinともライバル視される、2011年設立のショート動画のメガベンチャー。2022年の平均DAU3.6億人、MAU6.4億人、GMV(取引総額)約17兆円、売上約2兆円

 

――:なるほど、そこで多田さんのごっこ倶楽部に合流となるんですね。

サービスの中国リサーチを手伝ってくれと多田に依頼したのが2021年6月なんですけど、多田もマネタイズが出来なくて困っていて、ごっこ倶楽部を手伝ってくれ、という話になりました。じゃあ自分がごっこ倶楽部の営業代行を請け負うから、逆にサービス開発に多田も協力してくれ、と。

 

――:2つの事業がくっついた感じですね。そこで法人化ですか?

ショートドラマ自体も中国で流行っていたから、それを日本にもってきたのが始まりでしたしね。法人にしたのは2022年3月なんです。だからその前の2021年は会社になっていない集まりで、有志で撮り続けていました。良くも悪くもサークルみたいな感じです。ドラマ制作費はそれぞれが融資で持ち寄って撮っていました。

 

――:自分の借金もあるのに、そこに自分の事業に投資しつつ、さらにごっこ倶楽部に資金補填。そのあたり、かなりカオスってますね!?

そうですね、まあ数字はついてきていたので、なんとかなるかな、というのもありましたね。

 

――:どのくらい最初から数字は跳ねたんですか?

TikTokでは初月だけで12万人登録くらいいきました。あのころ(2年前)は上がりやすかったんですよ、今と違って競合も少ないですし。

 

――:結成当初はマネタイズはしてないんですよね?

マネタイズは後に回していました。当時はひたすら数字を伸ばすんだ、と。自前でのドラマだけでなく企業の協賛ドラマなどを作ってマネタイズしていくという方法はあります。ただ、まだ自分たちのクリエイティブが固まらないうちに企業案件を受けたり、映像大手の出資を受けて一緒にやると、“食われる"リスクがあるんです。

それに企業案件って工数かかるんですよ、3倍くらい。それで、お金の出し手の要望を随時聞きながら作ると、バズり具合が通常の1/3くらい。だから初期はとにかくお金にならないままに、自分たちのチャンネルのためだけに集中してドラマを作り続けました。

 

――:でも有志の集いで、会社運営としてはそんな長い間もつものなんですか?

全員がアルバイトしながら、外で食い扶持だけそれぞれ稼いできてやってましたからね。でもだんだんメンバーも熱が入ってきて、もう生活費はキャッシングで借入しながら作っていくようになってました。数字だけはどんどん上がるけど、2021年末くらいになると「ちょっと家賃が払えなくて…」という声もでてきた。そこで給与もきちんと出していって、サステイナブルな成長に切り替えよう、ということで資金調達して法人化していこうとなりました。

 

――:なるほど、1年くらい手弁当でやって、そのあと会社化したんですね。今は制作陣の給与も払えているんですか?

そこはたぶん業界水準的にもかなりよいはずです。弊社では最低ベースが月給30万円です。

 

――:ええ!ベンチャーなのにすごい出してますね!?業界的にはかなり薄給ですよね?

はい、作りたい人たちありきのビジネスですし、業界の悪しき風習を改善する意味でも作り手への還元はかなり気を遣ってやっているほうだと思います。

 

■トレンド最先端のTikTokが主戦場、海外・著作権・配信など広げていくフェーズ

――:スタートアップはどこもカオスではありますが、ごっこ倶楽部の場合はなかなか極まったほうですね。文字通り“衣食住に優先して"つくったドラマ映像が、図1でみると2021年中37万人、23年に入ってついに100万人まで伸長し、一大ジャンルを築きます。

もう売ろうとしたら売れるサービスになることはわかってましたからね。逆にそのタイミングだけは慎重に計ってました。本業はあくまで自前のショートドラマでお客さんに感動してもらうこと。その本業をおろそかに、企業案件など儲けに早めに走りはじめると、ダメになると思いました。

 

 

――:これ、でもわりと10人くらいのベンチャーとはいえ、かなりもめる場面ですよね?よく全員がコンセンサスもって、そういう動きに納得できましたね?

苦しいけどマネタイズは後にしよう、と皆に話しました。ファイナンスは僕の役割でしたので、ヒヤヒヤな時もありました。。2021年12月にシードでダブルベンチャーズ(W fund)さんから1000万円を調達しました。まだ社員9人のタイミングですね。

 

――:確かにその集中期間もあってか、伸びもすごいですし、何よりユーザーがすごいですよね。フォロワー100万人、35歳未満が約8割、とかなり若者にリーチした成功をおさめています。ただ1000万円だとどんなに切り詰めても1年は持ちませんよね?

まさにその1年後の2022年12月にシリーズAで2億円調達しました。i-nest capitalがリードをとって、セプテーニ、ケップルキャピタル、W fund、あとはエンジェル投資家が入れてくれてます。

 

▲「ごっこ倶楽部」2023年2月時点の視聴者分布(Tiktok)

 

――:このときの出資募集がPIVOTのリアル投資ドキュメンタリーANGELSで“過去最高"の評価を得た動画ですね 。中山もこちらで拝見して、初めて貴社のことを知りました。YouTubeに比べるとTikTokのほうが大きく伸ばしていますね。

そうですねYouTubeよりもTikTokを伸ばすことを優先してきました。もう縦型ってTikTokが流行の最先端なんですよ。TikTokで流行ったものが、あとからYouTubeや他SNSのショートに派生していく。だからTikTokで最初に出していくのが重要なんです。

 

――:なるほど・・・YouTubeからTwitterからFacebookまでTikTok警戒態勢で皆ショートに突っ込みまくった2022年でしたが、まだかなり差は開いているんですね。

逆にYouTubeはまだまだやりきれてなくて、そちらも力を入れていきたいと思っています。ただ、YouTubeのショートだと1分間しかいけないのが制約になってますね。

 

――:ただTikTokだと分析もあまりうまくできなかったり、マネタイズもほとんどできませんし、正直あまりビジネスに向かないという印象もあります。

YouTubeのほうがAnalyticsはだいぶしっかりしてますよね。TikTokも中国版だと実はよく出来ているんですけど、日本版はだいぶ遅れています。クリエイターズファンドなどもやはり中国と米国が中心で、TikTokの全世界戦略からみると「重要でない日本市場」に対しての投資で期待しきれないところはあります。ただ、TikTokはトレンド発信や集客装置としては機能するので、今はマネタイズが難しいとしても優先するべきだと考えています。どちらかというとYouTubeや他のプラットフォームで、マネタイズは補完していく形にならざるをえないのかなと思います。

 

――:TikTokとして結構上限に近づいてきているというのはありませんか?

まさに、それはちょっと見えてきています。今日本トップのTikTokで日本人のフォロワーは180万人フォロワーくらいだと見込んでいます。「ショートドラマ」というカテゴリーで100万人、というのはかなり天井に近いところまで来てしまっているのではないかと思います。

だから今後は今までとは違うプラットフォームに展開して、これまでと違う作り方、稼ぎ方を模索するフェーズに入ってきてます。映像を円盤にして販売してみたり、楽曲の著作権を確保してみたり。

 

 

――:海外はどうなのでしょうか?先ほどショートドラマは中国が先に流行した話もされてましたが。

昨年からベトナムでの配信をはじめて、それなりの数字は出ました。ただ海外だと競合もどんどん出てくるし一定の視聴を維持していくのが、まだまだ難航してますね。

中国のショートドラマも素人動画が多かった一時代に比べると、最近はもうプロの制作陣や俳優を使ったものが席巻するようになってきています。日本もいずれそうなるだろうなと思っています。

 

■日本のテレビドラマはなぜ海外で負けるのか?ごっこ倶楽部の人材採用戦略

――:「テレビドラマの世界」だと日本は国際的には負け続けているように感じます。1話あたりで米国や韓国が2億円でつくるところを日本だと3,000万円。安かろう悪かろうで海外にも広がらないジャンルになりつつあります。

「縦型×短尺」はそこに対して日本勢でも戦えるブレークスルーにはなると思っています。このフォーマットであれば「タレントよりも演技力」「企画・ストーリー重視」「映りこみ少なく撮影費用がコントロールしやすい」の3点で今も日本にも勝ち目があり、費用潤沢な海外の競合に対しても企画力と演技力で勝負ができるジャンルだと思います。

 

――:ショートが普通のドラマづくりと混ざって、一つの実験場になるということもあるのでしょうか?

あると思います。もう最初から1時間モノを作って出すということのリスクが大きすぎますよね。1分尺で一旦つくってみて、人気度をみながら後ろパートをあとから作っていく。これだけ編集もテストマーケティングもできる世界で、当たるかどうかわからないものを勘だけで全部作る、ということはなくなってくるんじゃないかと思います。

 

――:TikTokやYouTubeでドラマ以外のジャンルでこうしたチャンスはないのでしょうか?

「ドラマ」はそこがプロをもってしても、なかなかまだハマっていないジャンルではあります。やはり「Tiktok×縦型×短尺」に“制作者のOS"を入れ替える必要があるんだと思います。

 

――:1990年代に日本のみならずアジアで一世を風靡した「トレンディドラマ」はなぜ凋落してしまったと思いますか?

それまで半世紀の成長を支えてきた「テレビ―広告代理店文化」が逆にボトルネックになったんじゃないかと思っています。自分たちで色々作るようになって分かってきたのですが、結構な数の代理店が「クリエイティブは分からないけど、歴史と関係性だけで映像制作の間に立っている」状態なんです。しかも1社じゃない。大手から中小まで3社くらいの代理店が入って、マージンが3回抜かれている、みたいなケースもありました。

でも問題はそのマージンじゃないんです。抜くんだったら抜いていいんですけど、コンテンツを殺してしまうような意向を「広告主が言うから」と強要してしまうケースです。バズる動画もバズらなくなる。コンテンツが面白いからユーザーが見て、それが広告価値を生むはずなのに、その「面白い」そのものを崩してしまうケースがある。いままでの歴史的経緯でスピード感もないしスケジューリングもうまくない。SNSのプロモーションも理解していない上に、広告主意向に忖度してコンテンツの価値を下げてしまう。そういった「間の会社」の存在が一番ボトルネックになっているんじゃないかと感じます。

 

――:特に日本は代理店文化が他国と比べても強いです。メディアはコンテンツにアクセスするときに「お任せできる代理店」に丸投げする文化があり、メディア黎明期においてはそうではなかったはずなんです。バブル期に「(クリエイティブがわかる)代理店」自体がファッション化したときに、有象無象の代理店がどんどん増えてしまっちゃったんじゃないか、と思います。

その通りだと思います。弊社も代理店さんにお願いすることはありますが、あくまで上記のスタンスをクリアしているところとだけお付き合いしてますね。

 

――:ごっこ倶楽部としては次の目標ありますか?

2023年末に3度目の資金調達をしようと考えてます。次のステージでは数十億円の調達まで広げる予定です。その資金を使って次は音楽事業、海外展開の強化、AIクリエイティブ制作、そして自前のスタジオも作ります。より制作に集中していく予定です。

 

――:今回の取材は、もともと中山も長くやりとりさせていただいた中矢さんのお陰もあります。中矢さんもとても面白いキャリアだと思いました。大阪ガスからユニバーサルスタジオジャパンのマーケティングマネジャーまでやって、かなりかっちりした経験の方がフルコミットでごっこに入る(以前からボランティアでごっこ倶楽部を手伝い、23年5月に正式ジョイン)、ということでベンチャーにしてはすごい採用しているな、と思いました。

そうですね。中矢のような人材が入ってくれるケースは、なかなかないですよね。ビジネス系人材はそれなりにいますけど、そこに「エンタメを理解している」人を要件にいれると、ほとんどいないんです。そもそも働き始めてからエンタメ消費を続けている人ってすごい減りますよね。

このビジネスとエンタメの両輪をもっている希少な人材は、ぜひ今後も募集かけていく予定です。

 

――:どういう人材がごっこ倶楽部ではフィットするのでしょうか?

エンタメがライフスタイルになっている人材ですね。起きた瞬間からデバイス2-3個立ち上げて並行でアニメとかドラマとか観ているヤツ。それにドラマじゃなくてもいいんです。音楽でもスポーツでもゲームでも。とにかくエンタメの消費を日常的に行っているタイプです。

 

――:田中さん、ビジネスサイドの人間かと思っていたのですが、色々お聞きしてると実はすごいコンテンツの中身にもコミットしてますよね。

もちろん企画や撮影は任せてますよ。クリエイティブは多田が中心にまわしてますし、一個一個にそんなに細かいところで口は挟まないです。ただ、ごっこ倶楽部の作品を、制作陣も含めて僕以上に観ている人間はいないです。1作品10回以上繰り返し観てますし、コメント全て読んでます。

 

――:制作側ではあまりテレビ局にいたとか“専門家"がそんなに多くないと聞きました。そちらでは、どんな人材を求めてますか?

そうはいっても、だんだんプロが必要なフェーズにきてます。今特に必要なのは「照明」と「音声」ですね。見よう見まねでやってもここの技術差がなかなか埋まっていかないです。フリーランスが多い職種なので、なかなか社員として入ってくれるプロ人材が少ないです。

 

――:逆にどういう人材が合わなかったなどありますか?

今のところ入ったメンバーはみなフィットしていると思います。結成から2年、法人化して1年が経ちましたが、今まで採用した20名はずっと残っています。いまのところはまだ辞めた人間がいないんですよ。

 

――:1人も辞めてない!?それはすごいですね!採用時点でかなりフィット感のあるスクリーニングができているんだと思います。組織もどんどん増やされるんですか?

一応今年は35名枠くらいまで増やす予定で、今は少しずつ採用しています。当初は来年に50~70名に、という目標もあったんですが、昨今のAIの動きが出てきたところでちょっと悩んでいます。40名くらいを上限に、技術がどう映像制作に影響するを見ながら「次の人材要件」を決めるべきだな、と。なので、残り15名を必至に採用します。

 

――:あ、AIもドラマ撮影にもそんなに影響してくるんですか?

してくると思います。それまで採用しようとしていた基準が、大きく変わる可能性がある。そのくらいのインパクトだと思っています。

 

――:最後にお聞きしたいのですが、これまで田中さんが手がけられてきた数多くの事業のなかで、現在のごっこ倶楽部をどう見られているのでしょうか?

そうですね、だいたい失敗してるものも含めると15個くらいの事業をやってきましたが、正直「面白さのケタが違う」感じですね。いままで、ずっと最初の飲食店のときにかなう面白みのある事業はなかったんですよ。飲食ってホントめちゃくちゃ面白くて。毎日毎日何かが起きるし、疲れるんだけど、目の前ですぐにお客さんの反応も見れるからやりがいもありました。でもごっこ倶楽部でコンテンツがひとつひとつできたときの高揚感とか何十万人という人たちの反応とかを見ながら、毎日文化祭のように働いてるのは・・・たまらなく面白いですね。

 

▲左から中矢啓樹(執行役員)、田中聡代表とその愛犬

会社情報

会社名
Re entertainment
設立
2021年7月
代表者
中山淳雄
直近業績
エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
上場区分
未上場
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