昨今の世の中はサービスやモノにあふれており、マーケティングの重要性は高まってきている。スマートフォンゲーム市場においても同様だと言えよう。
今回、gamebizでは、Molocoの坂本達夫氏の「アプリマーケティングの教科書」刊行を記念して、ブシロード・インターナショナル森下氏との対談が実施。
両名は以前にも森下氏著「いちばんやさしいアプリマーケティングの教本」刊行時に対談が行われていた。
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刊行にあたり、再び対談が実現。執筆の経緯や昨今のマーケター事情について話してもらった。
日本のマーケティングをより良くしたいと執筆した書籍
Moloco
Head of DSP Business, Japan
坂本達夫氏
楽天、Google、AppLovin、Smartly.ioを経て、2021年9月よりUS発の機械学習マーケティングソリューションMolocoの日本ビジネス統括に就任。モバイル広告・マーケティングテクノロジーの専門家。国内外の70社強のスタートアップにエンジェル投資を行う。アプリ・サービスを紹介する深夜番組「ええじゃないか!!」MC。東京大学経済学部卒業。福岡出身、関西育ち。2児の父。YouTubeリンク
Bushiroad International Pte.Ltd.
Head of Mobile
森下明氏
2018年、株式会社ブシロード入社。デジタルマーケティングチームの立ち上げに参画し、自社IPのデジタルマーケティングを務める。現在は海外HQであるBushiroad Internationalのモバイル事業責任者として複数のモバイルゲームのマネジメントに従事している。また、「いちばんやさしいアプリマーケティングの教本」の執筆も行い、本連載ではファシリテーターも担当。
森下:刊行おめでとうございます。執筆はいかがでしたか?
坂本:僕が多分本書き始めたのはおそらく森下さんの が出ると同じぐらいだったような気がします。企画書を練り始めたのが、2020年末ぐらいだったんですよ。なので、3年かかりました。
森下:書籍執筆ってかなり大変ですよね。ラスト3ヶ月とかは私もハードでした。
坂本:僕は毎晩何時間も、という訳ではなく、仕事もあり筆が進むのが遅かったのかなと思います。一応今回、共同執筆者と一緒に制作していましたが、気がつけば3年経っていました。
森下:僕の書籍と坂本さんの書籍を読んで思うのが、お互い違う立場でマーケティングを行ってきたので違った切り口だなと思います。
私は事業会社側の目線で、PLやプロダクトの運用の内容が書きましたが、坂本さんは出稿・運用するメディア側の内容が多く、メディアの解説をここまで書いている本は後にも先にも坂本さんの書籍だけじゃないかなと感じました。
それぞれの内容量が多くて、これ以降アプリのマーケティング解説の本は出てこないんじゃないかなと思いますよ。・・・もはや「1番やさしい〜」という私の書籍名は適していないかもしれませんが(笑)
坂本:ビッティングのロジックなど、色々と踏み込んで書かせてもらいました(笑)。
もしかしたら難しい内容の部分もあるかもしれません。ただ、この本の内容を皆が実践できたら、多分、日本のマーケティングは相当幸せな状態になると思うんですよ。
書籍を書いたきっかけにも関係するのですが、みんながきちんとマーケティングを正しく理解していれば、業界全体がもっと良くなるはずという想いを日々持っていまして、森下さんともよく話していたりしますよね。
森下:いまだに4年前と同じようなポイント(アドフラウドやアトリビューション設定など)でつまずいているマーケターの方が多いと聞きます。それだと、プロダクトの健全な成長には繋がらず、マーケターとして成長しません。
ただ、その課題感って、最終的にお金を出している広告主が直そうと頑張んないと絶対良くならないんですよ。周りはあくまで協力しているだけですからね。
しかし、知識つけるために必要なマテリアルがあんまり揃ってない。
坂本:僕は今所属しているMolocoでもそうですし、それこそGoogleの時からずっと“海の向こうにはこんなイケてるテクノロジーやソリューションがあるのに、日本人が使っていないのはもったいなさ過ぎるやろ”って思っていて、その知見を持ってくるということをやっていました。
それでもまだ不十分であり、どうにかしたいなという根源的な欲求があります。
森下さんの会社とかもそうなんですけど、コンテンツを作れる人たちのことは本当にすごいなと思っています。僕はゲームも好きだし、漫画も好きです。自分はそんなものを作れる気がしないですから、作れる人はすごいと思います。
そんなに良いものを作っているのに、マネタイズに失敗して儲かっていませんとか、マーケティングに失敗してあまり広く知られていませんというのは、もはやモノを作っている人に対しての冒涜というか、もっとマーケター頑張ろうよという気持ちがすごくあります。
森下:坂本さんが執筆された書籍も事前に読ませていただきましたが、本書の冒頭を読めば、日本のマーケティング業界が中々良くならない、良くしたいという心の叫びが出ています。
なぜ育たない?アプリマーケティング
坂本:マーケティングというと、特にアプリマーケティングはまだまだ日本は不十分な印象です。
というのも、WEBやリアルに比べると、まだまだ関わっている人の母数が少ないというのがあると思います。アプリでは実際のところ、ビジネスレベルで本気でやっている会社って日本だと数百社とかしかないと思います。
森下:ですから、まだまだ情報を頑張って提供しようという人や情報交流も少ないのかなと思います。
坂本:2年前の知識となるともう古いと言われるじゃないですか。業界最先端の人がその時その時の最先端情報を発信することが理想なんですが、業界最先端の人は割と忙しい。前線で戦うのが精一杯というのが実状です。
僕とか森下さんみたいに、現役サラリーマンでバリバリ日中仕事しながら本も書いていますという人は結構稀な存在で、ある種狂っていると思います(笑)。
森下:あとは、マーケティングという仕事の定義や理解もまだまだだと感じます。
マーケティングが宣伝やプロモーションだけという文脈に変えられる時があるじゃないですか。マーケティングってかなり守備範囲が広範なのにある会社とかある部署での言葉の使われ方が”マーケティング≒プロモーション”として使われることが多いと感じます。
そうなった時にやっぱりプロモーション≒広告のみの目線になりがちですよね。
坂本:そうなると、どうしても目先の数字しかみられなくなってしまいますよね。インストール数がどうだとか、オーガニック流入数が増えた減ったしか考えられなくなる。サービスのグロースまで考えなければ、アドフラウドも含めた目先の数字しか追えなくなります。
また、個人的には”オーガニック”という言い方もあまり好きではないというか本質ではないと思っていて。あの単語って、何も頑張ってなくてもユーザーが勝手にインストールしてくれた感あるじゃないですか。
でも、本当は何もそのアプリ知らない人がインストールする訳がないんですよ。テレビCMでランキングを上げるにしてもニュースで取り上げてもらうための広報活動にしても、何らかの行動の結果でしか絶対にインストールは生まれなくて、”オーガニック”というのは僕の定義では『トラッキングツールじゃ計測できなかったインストール』なんですよね。
森下:おっしゃる通りです。総インストール数=MMPでトラッキングできた流入(これの多くがデジタル広告流入経由と評価される)+ MMPでトラッキングできなかった流入(業界的に自然流入と呼ばれている)で定義されます。ざっくり言えば、プロモーションを通じて、総インストール数が増加し、さらに1インストールあたりから上がる収益が維持・伸張していればアプリとして健全な状態であるということです。つまり、MMPでトラッキングできる流入=デジタル広告経由のインストール”だけ”を伸ばすことにさほど意味はないということです。
この点だけにマーケターがフォーカスすると、アドフラウド媒体やアトリビューション期間のコントロールで、低CPIで大量のインストールを獲得することができるからです。これらは言い方を選ばずに言えば、インストール後の課金がほぼ全く上がらないインストールにお金を支払ったり、本来は自然流入で流入するはずだったインストールを無理やりデジタル広告流入に変更することで、無駄な追加コストを支払っていることを意味します。
その結果、いくらマーケターが声高らかに自分の成果をプロデューサーにプレゼンしたところで、実態となるPLには何も貢献しておらず、むしろ無駄なデジタル広告費を多額に使った結果、プロジェクトの営業利益を棄損しているという矛盾が生じます。
坂本さんも僕もそれぞれ、ジャンルは違えど、PL責任を持つ経験を経て、事業やサービス全体の利益を考えられるようになったと思うんですけど、今のマーケターはその点をどれほど考えられているのだろうかと思います。
坂本:いかに事業を我が事として見られるか。我が事として見られているなら、単純な指標であるインストールやDAUだけで見ていてもあまり意味はないんですよね。
森下: DAUに占める課金ユーザー数の割合やその課金ユーザーに占める高額課金、低額課金の分布などを調べたうえで、どの課金帯ユーザーに伸びしろがあり、その伸びしろを活かすためのアップデートプランの仮説を立てる、であったり行動実態を把握するインタビュー調査を実施するなど、自ずと売上を維持・伸張させるためにマーケターがとるべきアクションは決まるはずです。
坂本:実際にゲームアプリのマーケティングを行なっている人で、ゲームの売上拡大フェーズに携わっているのはどのくらいいるのでしょうか。
森下:恐らく昨今の市場ですとかなり少ないはずです。売上の最大化とかDAUの最大化とかインストールの最大化とかそういったグロースすることを目的としたマーケティングをゲーム業界でやっている人って今はかなり少ないと思います。
売上が落ちています。DAUが落ちています。そんな全体的に各KPIがシュリンクしていく中、いかにそれらを食い止め、減衰スピードをなだらかにするか、そこに創意工夫を凝らしている人がほとんだと思います。
その人たちが事業を戦略的にシュリンクすることを通じて利益を創出する術をもし学べたとしたら、例えばゲームがあと1年でクローズする作品を延命して2年3年とかにできた場合、ゲームをプレイしてくれているユーザーさんも幸せだし、企業も最終的に利益を確保できて幸せだしみんな幸せじゃないですか。
ですから、DAUやインストールが増やせなくなったことを、後ろ向きと捉えるのかどう捉えるのかも大事になってくると思います。
そういったことに立ち向かうためのナレッジとかをちゃんと整えていきましょうと言っていきたいですね。
坂本:Molocoでも海外の広告主は多くて、計測される指標が目標に達している限り予算は”青天井”というところさえあります。
皆さんの多くが海外を含めた他社と競争していると思いますが、予算シュリンクはともすると他社にポジションを奪われることを黙って見ていることに他ならないかもしれません。
この”青天井”という設計をするには、現場レベルでもBSやPLを見て設計しないと実現しないレベルだと思います。海外ではファイナンスや支払いサイトの交渉などを通じたキャッシュフローの調整も行うところもあります。
森下:競合から一個抜ける策としてとても有効ですよね。2割ぐらい、獲得効率が落ちたとしても出稿予算を2倍に上げて売上も2倍に、という構図が保てれば、出稿予算2倍にしてる時点でストアのランキングとか上に上がるので、総合的にも良いですよね。
坂本:でもそういう発想がないですよね。PL責任とまではいかないまでも事業目線がないというか。もしかすると株主からの成長に対するプレッシャーが日本は薄いからかもしれません。ただここまでくると、その会社の評価制度などを変えていくしかない部分もありますよね。
会社全体でマーケティングの意識と評価改革を
坂本: 評価制度を変えない限り、これは変わらないんじゃないかなと思っておりまして、つまりマーケターも頑張るインセンティブがないんです。
CPIを何円で取れとかボリュームを取れとか、目先のCPIやKPIだけを追っているのは、もはや現場で実務をこなすマーケター本人以外の組織やCMOレイヤーの能力にも課題はあるのかと思います。
森下:CPIとインストールという変数ってLTV(=売上)に紐づいた指標ではないじゃないですか。ですので、CPIとインストール数を最適化・最大化することだけを目標にした場合、アドフラウドやアトリビューション期間のコントロールを行えば、自然流入で本来入るはずだったインストールを広告経由のインストールに変更することができるわけです。
その結果、インストールが増え、広告経由のインストール単価が下がり、それを実現したマーケターのスキルが優秀だったという虚像が生まれるわけです。何が言いたいかというと、インストールやCPIの目標を持たせる場合、必ずLTV(=売上)の目標とセットで持たせる必要があるという、当たり前のことを言っているだけです。
何かしらマーケターに、LTVや売上のKPIを持たせてそのKPIを達成したことによる報酬として給与に結びつくっていう評価制度にしないと、もはや変わらないなとずっと思っているという感じですね。
坂本:ただこれ、難しいのが結局を決めているCMOや上層部にこういった知識を持っている人がいないと、どうしてもうまく作用しないと思います。
森下:もちろん、難しさもわかります。
坂本:サービス事業のインストール全部をマーケティング側が責任を負うことはできず、半分プロダクト側への要求も入ってくるので、一概に切り離せない側面もあるからです。
そこら辺をうまく混ぜ込めれば、みんな幸せになれると思うんですよね。
今、現場で頑張っている方々にこの対談を読んでいただいて、響くものがありましたらチームや上司にこの記事を薦めてもらいたいですね。なんなら書籍も読んでいただければと(笑)。
ただ本当に、僕とか森下さんの書籍を通じて、こういった考え方みたいなものが届き、日本のマーケティング界隈に少しでも寄与できたら良いなと思います。
森下:評価や制度を作れる、会社の意思決定を担う人にとっての、考えるきっかけになれば良いですよね。
なんならマーケティング部署がうまくワークするKPI設計というか組織への落とし込みは僕らも協力したいです(笑)。
坂本:マーケティングという仕事をより良くしていきたいという気持ちは僕ら二人とも持っているので、何か感じましたらぜひ話してみたいですね。
森下:ありがとうございました。
なお、「アプリマーケティングの教科書」刊行を記念して、二人が登壇するセミナーも来週月曜日に開催予定だ。気になる人は以下のバナーよりチェックしてみよう。