【「これからこうなる!」は毎週火曜日12時頃に更新】
メディアやコンサルが予想するのとは大きく異なり、ふたりは開発者であるがゆえ、仮説を立てたあとに実際現場のなかでゲームを手掛け、その「是非」にも触れることができる。ゲーム開発現場の最前線に立つふたりは、果たして今後どのような未来を予想して、そして歩むのか。
今回の担当:安藤武博氏
■第25回「インディーズを軽視するものは敗れ去る」
今年5月に行われた東京インディーフェスに行ったときに見かけた『DOWNWELL』というゲームに強く惹かれるものがあり、制作者に声をかけて話をしました。その時のことがあまりにも刺激的だったので今回はそのことを書きます。今回の記事をより入りやすくするために、まず本作がどんなゲームなのかここからご覧いただくのがいいと思います。
■『DOWNWELL』
▲『DOWNWELL』スクリーンショット
それはゲーム制作の常識やクリエイター個人の在り方に大きな変革をもたらす内容であり、お客様を驚かせ、楽しませる「新しいゲーム」を作るためには、これからこういった動きを知っておかないとマズイと思いました。
『DOWNWELL』は「もっぴん」という大学在学中の20代前半の若者がSEとBGMを除いて一人でつくりあげたゲームです。
ここまではインディの世界ではありふれた話かもしれません。面白いのは彼の経歴。まだゲームを作り始めて1年ちょっと。かつ本格的につくった初めてのゲームが『DOWNWELL』だということ。開発2ヵ月目の本作をTwitterで紹介したところアメリカのインディ向けパブリッシャーであるDEVOLVER DIGITALがコンタクトを取ってきて、発売先が決定。現在はここが彼の制作費など基盤を支え、それで食べているそうです。
彼はもともと東京芸大で声楽を専攻するオペラ歌手候補生だったそうで、「完全に文系」だった彼が1年足らずで買って積んであったGame Makerを3ヵ月で習得したそうです。たった一人で、はじめて作った作品で、「つくりたいと思いたち、つくりはじめてわずか5ヵ月で」、海外のパブリッシャーのサポートを得て、自分のやりたいことだけをして、それで食べている。
遊んでみるとかなり見た目も手触りも良い仕上がりになっていて、ちゃんとゲームを仕上げられるまではやくて5年、いっちょ前になるまで10年と考えていた私のタイムスケール感は見事に破壊されました。
BGMとSEはパブリッシャーが紹介した北欧のクリエイターが担当しているそうで、Skypeとインターネット環境で直接コンタクトなく制作を進めているそうです。日本の個人クリエイターが米国の資本を得て北欧のクリエイターを共作して、それを仕事にしている。そういうことがもはや現実として進行しているのです。
DEVOLVER DIGITALも聞くところによると米国と英国に登記所在地はあるものの、実情はネット上でつながった世界各地にいるゲームの目利き集団のようなものらしく、サラリーマンが、ひとつの企業で完結するだけのものづくりはすでに古くなりつつある。『DOWNWELL』といういち個人のゲームですら、このくらいの距離感、スケール感でプロジェクトが進んでいます。
最近は『シェンムー3』や『Bloodstained: Ritual of the Night』など日本の有名クリエイターが手掛ける作品が海を渡りキックスターターで大きな資金を獲得していますが、一方で『DOWNWELL』のように、とくにこれまでのキャリアや規模は関係なく良いゲームをつくる人間には個人でもお金が集まる。そんな時代がやってきています。ただし、こういったマーケットがあるのはあくまで米国中心。各国で出たアイデアや技術をアメリカが買う。このロールプレイは今後も変わらないでしょう。
こういったリスクの取り方は日本では国民性として根付きにくい。委員会制度などむしろ投資額をみんなで分散してリスクを下げましょうという考え方が主流の国です。ゆえに上記のように投資を募る場合、海を渡って世界基準で物事を考えるのは絶対的な条件です。
もっぴんとは最近2時間くらい対談をしてきたので、詳しい話はまたTwitter(関連サイト)に告知します。『DOWNWELL』はまもなく完成リリースだそうなので、みなさんもこの前提を読んだうえで一度触ってみてはどうでしょうか? いろいろな常識が吹っ飛ぶと思います。
もう一つはGAGEX(関連サイト)という会社の話をしたいと思います。この会社はもともとスクエニのモバイル部門に在籍していた井村剣介さんが起業した社員数二人のゲーム会社です。
はじめはソーシャルゲームバブルの時代にのっとり、いわゆるカードバトル系の「基本無料+ガチャ」のフレームワークを持つ作品からリリースしたのですが、これはスケールせずに方向転換。最近『昭和駄菓子屋物語』というゲームでブレイクしました。今では二人くらいが数年間は楽しく次回作をつくれるくらいの事業規模になっているそうです。
▲『昭和駄菓子屋物語』
この作品はいわゆる放置系のゲームなのですが、特徴的なのは広告で収入を得るスタイルということ。大手ゲーム会社から起業したクリエイターが広告収入スタイルのゲームで成功するのは実は大変珍しいことです。過去に大手がアプリに広告を入れて成功したためしがありません。むしろ苦情やヘイトが高まってきた歴史があります。ゆえに大企業にいると、この発想になりにくいのですが、この盲点を見事に攻略したのがGAGEXです。
ユニークだったのは駄菓子屋というドメスティックかつ古典的なテーマが東アジア地域、とくに台湾で好評を得たこと。台湾は親日的であり、日本で受けている文化がそのまま良いものとして受け入れられる風土があります。たとえばアメリカの50‘Sの文化をかっこいいと思える日本人がいるのと同じように、国内しか通用しないと思われていたテーマや文化が、特にインターネットの登場以降に垣根を越えている印象があります。
25年前に北米に展開した『ドラゴンクエスト』シリーズが文化の違いからキャラクターデザインを鳥山明さんのそれとは違うマッチョなものにしたのは有名な話ですが、今はまさにその真逆の時代になったと言えます。
もっぴんとGAGEXいずれのケースもいったん海を越えみるというところからブレイクスルーを起こしているのは、これからどういう時代になるのかを考えるときに非常に示唆的です。
また大きな企業がどうしても「映画的演出」のものづくりから離れることができずに、ゲーム専用機はもちろん、スマホですら巨大プロダクション化していくことに対して、そうではないバリューの出し方と、ビジネスの仕方は必ず考えていかなければなりません。その点でも参考になります。
エンターテインメントとして映画的なグラフィックバリューを出すやり方は最高におもしろいし、かっこよいものですが、全体がそこばかりにシフトしていくとゲームの中身自体が偏ったものになる恐れがあり、それはそれで飽きられてしまいます。飽きられたらおしまいのこの商売、いろいろな角度からお客様に新しいワクワクをお届けするために、今回のような動きも知っておく必要があります。
彼らが行っているいい意味での制限の克服が、新しいエンタメを産み出す大きなきっかけになる。インディやベンチャーばかりがこれをやっていても、それはそれで偏りますから大手が制限に立ち向かうインディ・ベンチャー的視点でゲームをつくってみる。予算やスペックが潤沢にあるからこそ、あえてそこを縛る。かなりの差別化になります。こういったものが新しい体験を産み出しこれからたくさんの人を熱狂させると考えています。それではまた!
■著者 : 安藤武博
スクウェア・エニックス プロデューサー。同社ではスマートフォンゲーム事業に携わり、F2P/売り切り型を問わず『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、複数のヒット作を生み出す。
公式ツイッター:https://twitter.com/takehiro_ando
公式Facebook:https://www.facebook.com/andot.official?fref=ts
■スクウェア・エニックス
企業サイト
■スクエニ 安藤・岩野の「これからこうなる!」 バックナンバー
■第24回「サバゲー人気の謎に迫る」 (岩野)
■第23回「心が折れそうなときに読む話」 (安藤)
■第22回「「がっこうぐらし」のニコ動再生数が異常な件について」 (岩野)
■第21回「打ち合わせや会議が増えたときに読む話」 (安藤)
■第20回「「ラブライブ!」の魅力ってなんだと思う?」 (岩野)
■第19回「良い作品をつくるために必要な三つのこと」 (安藤)
■第18回「スマホゲームにおけるプロデューサーの重要性」 (岩野)
■第17回「私はなぜスクエニの部長をやめたのか?」 (安藤)
■第16回「日本のスマホゲーム業界が危うい」 (岩野)
■第15回「サラリーマンクリエイターの働き方はすでに限界を迎えている」 (安藤)
■第14回「ゲームを売る上で一番大事な人」 (岩野)
■第13回「市場のピンチを知らせるクリエイターからのSOS」 (安藤)
■第12回「F2Pゲームにおける最強の商品とは?」 (岩野)
■第11回「今後どんなゲームが売れるのか、全力で考えてみた」 (安藤)
■第10回「開発初期段階で必ず決めなくてはいけないこと」 (岩野)
■第9回「これからはプラットフォームの垣根が無くなると言ってきたけど、どうも違う。という話」 (安藤)
■第8回「打席に立つために必要なこと」 (岩野)
■第7回「ほとんどのターゲット設定は間違っている」 (安藤)
■第6回「売れるゲームには◯◯がある」 (岩野)
■第5回「ゲーム制作、これが無いとヤバイ。」 (安藤)
■第4回「IPを育てよう」 (岩野)
■第3回「制作費が二億円を超えそうなときに読む話」 (安藤)
■第2回「岩野はこう作ってます」 (岩野)
■第1回「ここに未来は予言される」 (安藤)
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■第1回「ここに未来は予言される」 (安藤)
会社情報
- 会社名
- 株式会社スクウェア・エニックス
- 設立
- 2008年10月
- 代表者
- 代表取締役社長 桐生 隆司
- 決算期
- 3月
- 直近業績
- 売上高2428億2400万円、営業利益275億4800万円、経常利益389億4300万円、最終利益280億9600万円(2023年3月期)