【「これからこうなる!」は毎週火曜日12時頃に更新】
メディアやコンサルが予想するのとは大きく異なり、ふたりは開発者であるがゆえ、仮説を立てたあとに実際現場のなかでゲームを手掛け、その「是非」にも触れることができる。ゲーム開発現場の最前線に立つふたりは、果たして今後どのような未来を予想して、そして歩むのか。
今回の担当:安藤武博氏
■第27回「エニックス創業者の福嶋康博さんが教えてくれたエンタメの真髄」
九月末にスクウェア・エニックスを退社します。つまりこの回で“スクエニの安藤”としては最後の連載になります(連載は独立起業しても続きます)。長い間お世話になった会社を振り返る良い機会ですので、今回は現在スクエニ名誉会長であるエニックス創業者、福嶋康博さんのことを書きます。
17年半前に大学を卒業してエニックスに入社した時、福嶋さんは社長でした。当時は総社員数が100人強。年末は家族も入れて全員で忘年会をするような実にアットホームな雰囲気。いまのスクエニからは信じられませんが、たった20年近く前には社員全員の顔と名前を覚えられるくらいの規模だったんですね。
福嶋さんは現場によく足を運ばれる方でしたが、折に入って色々な話をしてくれました。振り返ってみると彼に教わったことはヒット作品をつくるための本質が語られており、私の核になっています。これらはこれからもゲーム制作において必要な「エンターテインメントの神髄」だと私は考えています。最も強烈なメッセージは彼の考える「ナンバーワンの狙い方」です。
『オリジナルタイトルで一位を獲れ』
採用時から一貫して「きみたちには新しいものをつくってもらいたい」と言われてきました。入社して現場に入ってもそれは徹底されており、当時部長だった本多さん(本多圭司氏:のちのエニックス社長、現在スクウェア・エニックス業務執行取締役)にも「新作でチャレンジしろ」とよく言われました。
実際まわりの先輩を見ても全員がオリジナルの新規タイトルを開発プロデュースしており、『ドラゴンクエスト』シリーズ制作を専門に行う「ドラクエ課」を除いて当時のゲーム制作部門であった「ソフトウェア企画課」には続編やスピンオフだけをつくっている人が一人もいませんでした。
業界全体では、まだまだ新規タイトルのリリースが盛んだったとはいえ、大きな売り上げをあげているように見えたのは『ファイナルファンタジー』や『ドラゴンクエスト』『マリオ』のようなシリーズものでした。実際この時期から仕掛けられたゲームにはシリーズものも多く、これが後に「続編やスピンオフ、リメイクばかりじゃないか?」とプレイヤーの皆様にも感じられる時代の端緒となっています。そんな時代に「とにかくオリジナルでナンバーを狙え」と言い続けていた。これはなぜなのか? 当時薫陶を受けたプロデューサーそれぞれの解釈があると思いますが私は以下のように理解しています。
■成功確率の話
みんなが続編や良く似たゲームばかりをつくっているときに、これを分母としてナンバーワンを獲る確率。あまりつくられていないオリジナルタイトルを分母にして一位を獲る確率。どちらの方が獲れる確率が高いのか?「簡単だろ?」と言われました。福嶋さんはものごとをシンプルかつ論理的に考える方です。
いずれにせよ当たる確率はかなり低いので、当たる見込みがある程度つけやすい続編・リメイク・類似ゲームに行きがちなのですが、落ち着いて普通に考えると「そうではないよ」というのを素直に説いています。
■オリジナルが当たると超デカい
福嶋さんはこうも言っています。「ドラクエも最初はオリジナルだった」。どこにもないものを当てるのは相当難しい。かといって類似ゲームを当てるのも同じく難しい。同じく難しいのであれば「当たった時、大きくなる方に賭けなさい」と。
お客様は新しい体験を求めています。類似商品でも売れることは多々ありますが、はじめての体験が受け入れられた時の熱狂とは比べものにならない。福嶋さんいわく「オリジナルが当たると20年その会社の屋台骨を支える」。1986年に『ドラゴンクエスト』が出たときの新しい体験と熱狂は30年近くたっても衰えを知りません。一方で多くのRPGフォロワーが出てきましたが『ファイナルファンタジー』を除いて『ドラゴンクエスト』を凌駕する熱狂と継続をしているものはありません。
福嶋さんはこうも言われています。「二番煎じまではかろうじて通用する」「三番煎じは当たらない」。ソーシャルゲームバブルは百番煎じくらいまで通用しましたが、これは例外中の例外。いや、それらのソシャゲが20年以上続くようなIPになったかどうか? よく考えてみれば例外ではありませんね。
■ナンバーワンを獲るのはオリジナルばかり
厳密には年間ベスト5には必ずオリジナルタイトルが入り、以降ナンバーワンを獲るヒットブランドになる。10位まで広げるとさらにオリジナルが食い込む。その後、IPとして定着して以降はTOP10の常連となる。
この話をしてもらった90年代後半でもすでにそうでしたが、ここ20年間の年間売上TOP10を見てもずっと変わっていないように見えます。下記に当時の売り上げデータから「オリジナルタイトルのランキング」を調べてみることにします。オリジナルタイトルの定義は諸説ありますが私個人が「新しい体験」だと感じたものをいれています。
年間売上でTOP10に入ったオリジナルタイトル
1996年 | 『バイオハザード』4位 |
1997年 | 『みんなのGOLF』6位、『パラッパラッパー』7位、『IQ』8位 |
1998年 | 『グランツーリスモ』3位 |
1999年 | 『大乱闘スマッシュブラザーズ』4位、『DDR』6位 |
2000年 | 『遊戯王』4位 |
2001年 | 『鬼武者』5位 |
2002年 | 『キングダムハーツ』4位 |
2003年 | 『メイドインワリオ』10位 |
2004年 | 『戦国無双』6位 |
2005年 | 『おいでよ どうぶつの森』1位 |
2006年 | 『もっと脳トレ』3位、『脳トレ』6位 |
2007年 | 『Wiiスポーツ』1位、『モンスターハンターポータブル2nd』2位 |
2008年 | 『Wii Fit』3位 |
2009年 | 『トモダチコレクション』4位 |
2010年 | 『Wii Party』10位 |
こうして並べると最初に新しい体験を提示したタイトルの強さがあらためて見て取れます。ここに載っていないそのほかのTOP10タイトルすべてが、はじめは新しい体験を提示した「オリジナルタイトル」として登場し、その後定着したものばかりです。三番煎じはいません。スマートフォンが台頭してきた11年以降も『妖怪ウォッチ』のリリースなど、新規タイトルの躍進は相変わらずのようです。
調べてみるとオリジナルタイトルが売れなかった年が2003年~04年と2010年にやってきていますが、それぞれ「業界全体が閉塞しそうになった」年だったのではないかと思います。前者はDSやPSP、Wiiのような携帯する、一緒に遊ぶなどの新体験&インターフェイスの革命という変化で乗り切り、後者はスマートフォンの台頭という激動がありました。
11年からはスマートフォンのゲームのリリース日時を見てみてみましょう。ここでも年間売上ナンバーワン、ないしは売上ランキングの1位を複数回獲ったタイトルはオリジナルタイトルが多いですね。
2010~2011年 | 『Kingdom Conquest』 |
2012年 | 『パズル&ドラゴンズ』 |
2013年 | 『モンスターストライク』 |
2014年 | 『白猫プロジェクト』 |
大型IPのスマートフォン展開も多くみられますが、オリジナルタイトルが圧倒しています。市場やプラットフォームが変わっても新しい体験の提示は普遍的であるということを、福嶋さんは遥か昔に自分のものにしていたわけです。
■オリジナルをつくった者は伸びる
最後は私個人の感想ですが、エニックスでオリジナルタイトルを手掛けたプロデューサーはいまだにスクエニの第一線、退社しても業界内で活躍しています。退社している人が少ないのも大きな特徴です。
二か月前からニコ生でシシララTVというチャンネルを立ち上げました(関連サイト)。月曜21時に毎週「つくった人がゲーム実況」という番組をはじめ、当時エニックスで福嶋さんのイズムを継いだプロデューサーたちと、その頃つくったオリジナルタイトルの実況をしています。
結果としてエニックスのオリジナル作品のほとんどは売れませんでした。しかし、新しい体験やチャレンジの塊のような個性的な作品をプロデュースしたことは、その後のプロデューサーたちの大活躍を見ていると、それぞれにとって大きなノウハウになったのは間違いないようです。当の本人たちもこの当時の挑戦と失敗が後に生きたと証言しています。
オリジナルというのは0から1を産み出すということです。つまり世界設定もキャラクターデザインも音楽もシナリオもゲームシステムも、何も無いところからつくらなければならない。当然支持するファンも一人もいない。続編やスピンオフ、キャラクターIPと大きく違うところです。最初から全部無いのはブランドを守る仕事とは別のベクトルで相当しんどいのですが、すべてを自分でやり、失敗して改善してまた挑戦するというのが経験値の蓄積としてとても良質なのだと思います。
そういった福嶋イズムを引きついだスクエニで私も思う存分オリジナルタイトルに挑戦させてもらいました。最終的にはIPやブランドタイトルを手掛けることも多くあったのですが、この時にゼロベースでものをつくった経験が多いに活きたと思います。
なによりスクウェアと合併してもこのイズムを継承したスクウェア・エニックスもすごい会社ですね。歴代の経営者やスタッフによって受け継がれているこの思想や哲学が「イズム」と呼ばれるもの、「会社のカラー」と呼ばれるものなのです。これがこの会社で仕事をすることの醍醐味だなと振り返ってみると強く感じます。一方で守りながら攻めることを要求される大型IPを手掛ける優秀な人材も多く在籍している。実に層の厚いエンタメ集団に在籍していたんだなと思います。
「これからどうしたらよいのか?」について深く考えるときに示唆に富む福嶋さんの話はまだまだあります。次回も今回に続いて、もうひとつの福嶋イズムについて書きますね。それではまた!
■著者 : 安藤武博
スクウェア・エニックス プロデューサー。同社ではスマートフォンゲーム事業に携わり、F2P/売り切り型を問わず『拡散性ミリオンアーサー』や『ケイオスリングス』など、複数のヒット作を生み出す。
公式ツイッター:https://twitter.com/takehiro_ando
公式Facebook:https://www.facebook.com/andot.official?fref=ts
■スクウェア・エニックス
企業サイト
■スクエニ 安藤・岩野の「これからこうなる!」 バックナンバー
■第26回「スクエニで最もプレゼンがうまいと言われたおれが極意を教えよう」 (安藤)
■第25回「インディーズを軽視するものは敗れ去る」 (安藤)
■第24回「サバゲー人気の謎に迫る」 (岩野)
■第23回「心が折れそうなときに読む話」 (安藤)
■第22回「「がっこうぐらし」のニコ動再生数が異常な件について」 (岩野)
■第21回「打ち合わせや会議が増えたときに読む話」 (安藤)
■第20回「「ラブライブ!」の魅力ってなんだと思う?」 (岩野)
■第19回「良い作品をつくるために必要な三つのこと」 (安藤)
■第18回「スマホゲームにおけるプロデューサーの重要性」 (岩野)
■第17回「私はなぜスクエニの部長をやめたのか?」 (安藤)
■第16回「日本のスマホゲーム業界が危うい」 (岩野)
■第15回「サラリーマンクリエイターの働き方はすでに限界を迎えている」 (安藤)
■第14回「ゲームを売る上で一番大事な人」 (岩野)
■第13回「市場のピンチを知らせるクリエイターからのSOS」 (安藤)
■第12回「F2Pゲームにおける最強の商品とは?」 (岩野)
■第11回「今後どんなゲームが売れるのか、全力で考えてみた」 (安藤)
■第10回「開発初期段階で必ず決めなくてはいけないこと」 (岩野)
■第9回「これからはプラットフォームの垣根が無くなると言ってきたけど、どうも違う。という話」 (安藤)
■第8回「打席に立つために必要なこと」 (岩野)
■第7回「ほとんどのターゲット設定は間違っている」 (安藤)
■第6回「売れるゲームには◯◯がある」 (岩野)
■第5回「ゲーム制作、これが無いとヤバイ。」 (安藤)
■第4回「IPを育てよう」 (岩野)
■第3回「制作費が二億円を超えそうなときに読む話」 (安藤)
■第2回「岩野はこう作ってます」 (岩野)
■第1回「ここに未来は予言される」 (安藤)
企業サイト
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■特別対談
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会社情報
- 会社名
- 株式会社スクウェア・エニックス
- 設立
- 2008年10月
- 代表者
- 代表取締役社長 桐生 隆司
- 決算期
- 3月
- 直近業績
- 売上高2428億2400万円、営業利益275億4800万円、経常利益389億4300万円、最終利益280億9600万円(2023年3月期)