2020年は、スマホゲーム業界にとって、「分水嶺」ともいえる1年だったといえるかもしれない。新型コロナの感染拡大でリモートワークを採用する会社が増え、ゲーム開発や運営、そして働き方を大きく変える一方、『原神』のようにゲームチャンジャーともいえる作品が登場し、業界に大きなインパクトを与えた。新型コロナによる巣ごもり消費は、スマホゲームの会社にとって一定の追い風となったが、高い競争力を持つに至った海外企業とどう戦っていくべきなのか、大きな課題も残した。
2021年の新年特集後半では、スマホゲーム会社のトップに競争優位性を確保する手段としての「IP」(知的財産権)の獲得・育成について聞いた。スマホゲーム会社の多くは、出版社や大手ゲーム会社のIPを借りてゲームをリリースしてきたが、2019年ころから自分たちでIPを育成・保有しようとする動きが出ている。2021年からこの動きが表面化するとみており、足元の取り組みについて語ってもらった。今回の記事では、株式会社ブシロード<7803>の木谷高明会長にインタビューを行った。
――:よろしくお願いいたします。IPディベロップメントカンパニーと銘打っておられますが、創立当初から意識してきたことなんでしょうか。
いえ、設立当初は、「カードゲームカンパニー」といっていたんです。「カードゲームカンパニーのブシロード」というテレビCMを2017年くらいまで流していたはずです。IPディベロップメントカンパニーといいはじめたのは、その後ですね。ここにきて多くの会社がIPに注力しはじめていますので、その意味で先見性はあったのかもしれません。
ただ、IPとは明確に謳っていませんでしたが、オリジナルコンテンツを作るのは昔から好きでした。「探偵オペラ ミルキィホームズ」や「カードファイト!! ヴァンガード」、「フューチャーカード バディファイト」などを手掛け、その経験が「BanG Dream!(バンドリ!)」に結実したと考えています。「少女歌劇 レヴュースタァライト」なども生まれ、現在に至っています。
――:オリジナルIPは、企画からリリースまでどのくらいの時間をかけるものなのでしょうか。
当社の場合、企画からゲームやアニメのリリースまでを一つの区切りと考えると、だいたい3年くらいの時間をかけています。企画そのものを思いついてから世に出るまで1年ほど準備していて、それからアニメやゲームなどの形でリリースするまで2年の時間を要しています。コンテンツによってもちろん誤差はあります。
私個人としては意識的に3年以上かけないようにしています。それ以上の時間をかけると、どうしてもダレてしまいます。緊張感を保てる期間がそのくらいがちょうどいいんです。本当はもっと短くして2年でもいいんですが、新規IPをやる場合にはどうしても地ならしの期間が必要になりますから。
――:これまでやってきたなかで、IPづくりの方法論が確立されているように思います。舞台やライブなどを組み合わせた手法は他社ではなかなか難しいですようですね。
他の会社から「一緒にやりたい」というお話をいただくのですが、このあたりは当社の強みといえるものだろうと思います。他の会社はどうやっているんだろうと思います。そしてライブや舞台が当たったからアニメやゲームにしているわけではない、というところがポイントです。
順序は逆で、アニメやゲームにするためにライブや舞台をやっているんです。当たってからやったら、それからさらに3年、4年の時間が必要になります。3年でリリースまでいくには、当てるつもりでやらないといけないんです。それがなかなかできないんだと思います。
オリジナルIPは、立ち上げたばかりの頃は売上が全く見込めませんし、腹を括って、リスクを取らないと何も生まれません。しっかり収益の見込めるもの以外に投資できないのであれば、すでにある既存IPをひたすら回すか、他社からお借りすれば良いわけです。極端な話、オリジナルコンテンツ=損をすることくらいに思っていたほうが良いんです。
とはいっても、立ち上げたばかりのころの費用はそれほど大きくはありません。全体の収益に与える影響は小さく、販管費の範囲内で十分処理できるものです。プロジェクトが進行していくに従って、徐々に費用が増えていきます。
――:やる側からすると、初めの舞台でうまくいかなかったら…と考えて、なかなか決断できないでしょうね。
そういう方法が難しい場合は、やはりコミックやライトノベルなどを連載して、そこで人気が出たものをアニメやゲームにする方がいいですね。コミックからやるのも舞台からやるのも結局は同じことなんです。こうした手法は、他の会社でもすでにやっていることと思います。
舞台やライブは、コミックに比べて早期展開が可能ですが、リソースの関係で同時に複数展開していくのは難しいです。逆にコミックは、展開が遅くなってしまうものの、10種類の作品を連載する、といったことが可能です。
農耕的に育てる…つまり、種をまいて芽が出てきたものをじっくり育てていくのであれば、コミックやライトノベルのほうがいいですし、リスクがあっても短期間で当てにいくのであれば、舞台やライブから始めるのがいいだろうと思います。
当社でも、狩猟民族的なやり方だけでなく、農耕的なアプローチも採用しています。グループのブシロードメディアで電子コミックのオリジナル作品を増やしたり、ブシロードクリエイティブでVtuber事業を開始したりといった取り組みも行っています。そこで芽が出てくる作品があれば、一気に展開していけばいいと考えています。
――:「マンガドア」との取り組みもその一環ですね。
そうです。現時点ではまだ連携は深めることは十分できていませんが、これから徐々にやっていきたいです
▲WEBマンガサイト『コミックブシロードWEB』を1月22日正午にオープンする。
――:会長への依存を減らすという意味でもあるんでしょうか。
そうです。そうでないと、僕がいなくなってしまったら、新しいコンテンツが作れなくなってしまいます。僕ももう60歳ですし、そろそろ楽したいと思っています(笑) まぁ、冗談はともかく、新しいIPづくりへの取り組みを強化しているところです。
――:モチーフの選定はどうやっているのでしょうか。
当社のオリジナルコンテンツは大きく3種類あります。プロレスとカードゲーム、音楽コンテンツです。それと「レヴュースタァライト」や「ROAD59」などの新しい方向性のコンテンツも出てきました。
音楽コンテンツは、「バンドリ!」や「D4DJ」がそうですし、スクフェス・スクスタの「ラブライブ!」なども成長ストーリーなんです。これは私自身が1960-1970年代のスポ根ブームの影響を受けているからだと思います。仲間を集めて、一緒に大きな目標に向かって取り組みつつ、各自が成長していくというストーリーが好きなんです。
こういったコンテンツは一通り揃いましたので、今は新しい方向のコンテンツにも着手しています。その一つが、「ROAD59」です。
――:「ROAD59」には驚きました。発表前はなんとなく違ったものが出てきそうなムードがありましたが…。
最初のきっかけは、世の中で使えなくなった言葉が多すぎるということです。ここ数年で使えない言葉がすごく増えてしまいましたよね。ちょっと前まで会社でも厳しい言葉が飛び交うことはあったと思うんですが、最近は難しいですよね。だからそれをキャラクターに言わせて、アニメやゲームをみてスカッとするのではないかと思います。
ある社員から「これは半沢直樹ですか?」と聞かれて、「そういう見方もあるのか」と思いました。別に意識したわけではないんです。時代が時代なので仕方ないんですが、あらゆる場面でこぢんまりと、小さくまとまってしまう傾向があります。そんなところをキャラクターたちが発散してくれる。それをみてお客さんが「俺が言いたかったことを言ってくれた」と楽しんでもらえればと思っています。
――:「ROAD59」は昨年末に舞台が始まりましたが、手応えは。
初めての公演ということで、まず7公演から行いました。とても面白い作品に仕上がったと思います。非常にいい手応えです。いまのところ、2023年に花開くようなイメージで地道に舞台公演を重ねていく予定です。
振り返ると、次々といろいろなIPがでてきますよね。これから既存IPのシリーズ化や再成長など盛り上げていくことになりますので、これ以降は出てくるペースが少し落ちていくだろうと思います。
――:IPはある意味では長く収益を生んでくれてビジネス的にうまみが大きいともいわれますが、生み出して育てていく以外に大変なことはありますか。
まず、IPの成長を維持することが大変です。当たったものばかり、美味しいものばかりを食べていくことが理想ですが、そうはいきません。実は当社で一番採算が良いIPは「ヴァイシュヴァルツ」なんです。13年に展開していますが、毎年30億円ほどの売上を出し続けています。成り立ってしまえば、プラットフォーム型のコンテンツが一番維持しやすいだろうと思います。
リアルライブを伴うIPは、いま難しい状況です。ライブや舞台、プロレス興行が中止になったり、あるいは再開しても規模が縮小でやったりとダメージがかなりありますが、それだけでなく、コンテンツの流行にも影響を受けています。
どういうことかというと、コンテンツは、作家性の強い作品と、エンタメ性の強い作品に大きく分かれます。作家性の強い作品は、作品そのものがすごく楽しめるもので、エンタメ性の強い作品はその作品を取り巻く周辺も含めて楽しもうという、いわばお祭りです。後者は、ライブやイベントができないと、その魅力が半減してしまいます。
また、エンタメ製の強い作品をやるには、声優さんにも活動してもらう必要があります。活動を前提として、声優としてキャリアの浅い方を起用するわけですが、昨今のコロナ禍のようにアクティブに活動できないのであれば、熟練した声優のほうが良い、となります。
したがって、世の中の流れは、どうしても作家性の強い作品になりがちです作品の志向が作家性に振っている状況です。
そんなお祭りコンテンツ不遇の中、「D4DJ」は、ここから切り返すための施策を打っていこうと思っています。当社のビジネスの特徴は、ゲーム以外にも収益を生み出せる点でもありますから。希望的観測込みになりますが、今年の3月~6月くらいでライブを取り巻く状況はまた変わっていくとみています。そのとき揺り戻しが一気にきて、ライブエンタメが爆発的に伸びると期待しています。個人的には5月くらいに何かあると見ていますが…。そこからがDJプロジェクトの正念場かと…。
――:ライブに行きたいと思っている方は多いと思います。
仮に5月にライブの規制が緩和されると想定すると、実に1年半ほどライブやイベントが抑えられた状態が続くことになります。オンラインライブも楽しめますが、やはり会場で思いっきり声援を送りながら楽しむのが一番いいですよね。会場に行けたとしても、色々と制限されていますから、心の底から楽しめなかったと思うんです。
――:先日のブロッコリーとの資本提携を発表しましたが、他のIPのリバイバルへの期待も大きいと感じているですが。
「デ・ジ・キャラット」の再始動をいまはやっているだけですが、今後とも一緒にやっていきたいと考えています。
――:これ以外にサンジゲンやキネマシトラスなど、アニメ系の制作会社とは資本提携を行いましたが、ゲーム開発会社との提携はお考えですか。
実は、アニメだけでなく、ゲーム会社とももっと仲を深めなくてはと思っています。チャンスがないのでなかなか実現できていないのですが、良いお話があればぜひやってみたいですね。コンテンツでもっとも大事なのは、アニメとゲームのスタジオです。こうした会社とどれだけ関係を構築できるかもポイントになるだろうと思います。早急にやりたいと考えているポイントです。
――:IPですと、個人的にプロレスコンテンツの可能性は強く感じるのですが…。
今年から再来年にかけて、新日本プロレスとスターダムに最も力を入れていくと思います。実は、スターダムも少しずつですが、着実に伸びているんです。ファンクラブ会員数やスターダムワールドの登録者数など、いろいろな指標がきちんと積み上がってきています。
――:スターダムは、盛り上がっているのは感じています。その要因はなんでしょうか。
やはり所属する選手が充実してきたことが大きいです。本当に優秀な選手が増えましたね。リングでの試合が満足いくものになっているところが大きいと思います。
――:会社として意識的に投資されたんですか?
いえ、スターダムの場合は、現場レベルでの取り組みによるところが大きいと思います。お客様にいい試合をお見せしようと頑張ってくれています。第1四半期はコロナの影響があったにもかかわらず、黒字を達成しましたから。新日本プロレスももちろん黒字でした。今の状況でこれだと、コロナが明けたらどうなるだろうと期待しています。
――:そうなると、スターダムを題材にしたコンテンツもお考えですか。
いろいろな展開を考えているところですが、まず、コミックスからやっていきます。とても期待しています。ただ、女子プロレスのアニメについては先行事例が少ないので、研究を進めているところですが、いずれ何らかの形でやりたいと思っています。
――:ゲームもいずれは…。
それに関しては、新日本プロレスが先になります。先日発表しました『新日本プロレス STRONG SPIRITS』です。新日本プロレスは、確固たるポジションができていますし、どういうコンテンツを作ればお客様に喜んでいただけるのかわかっています。
「新日本プロレスワールド」の月額の有料会員は11万人程度です。そのうち、海外の方の割合が4割以上になるので、英語版も同時に出します。つまり、見込み客を10万人以上抱えています。同時期にアプリをリリースする『アサルトリリィ Last Bullet (ラスバレ)』『アルゴナビスfrom BanG Dream! AAside(ダブルエーサイド)』にもぜひ注目していただきたいですね。
――:最後にこれからIPを借りるのではなく、自分たちで作っていこうというゲーム会社にアドバイスがあったら。
そうですね…。どれだけ損できるかをあらかじめ決めてからやると良いかと思います。農耕型は別になりますけど、仕掛け型に関してはどこまで損して良いのか決めておかないと大きな失敗になりかねません。
――:ありがとうございました。
会社情報
- 会社名
- 株式会社ブシロード
- 設立
- 2007年5月
- 代表者
- 代表取締役社長 木谷 高明
- 決算期
- 6月
- 直近業績
- 売上高462億6200万円、営業利益8億8200万円、経常利益18億9800万円、最終利益8億400万円(2024年6月期)
- 上場区分
- 東証グロース
- 証券コード
- 7803