2020年は、スマホゲーム業界にとって、「分水嶺」ともいえる1年だったといえるかもしれない。新型コロナの感染拡大でリモートワークを採用する会社が増え、ゲーム開発や運営、そして働き方を大きく変える一方、『原神』のようにゲームチャンジャーともいえる作品が登場し、業界に大きなインパクトを与えた。新型コロナによる巣ごもり消費は、スマホゲームの会社にとって一定の追い風となったが、高い競争力を持つに至った海外企業とどう戦っていくべきなのか、大きな課題も残した。
2021年の新年特集後半では、スマホゲーム会社のトップに競争優位性を確保する手段としての「IP」(知的財産権)の獲得・育成について聞いた。スマホゲーム会社の多くは、出版社や大手ゲーム会社のIPを借りてゲームをリリースしてきたが、2019年ころから自分たちでIPを育成・保有しようとする動きが出ている。2021年からこの動きが表面化するとみており、足元の取り組みについて語ってもらった。今回の記事では、株式会社ドリコム<3793>の内藤裕紀社長にインタビューを行った。
――:よろしくお願いいたします。決算説明会で「IPプロデュースカンパニー」と掲げておられましたが、どういった取り組みをしているのでしょうか。
自分たちでのIPづくりの取り組みとしては、現在2つのプロジェクトが動いています。1つはまだドリコムの関与を公にしていないので、わかりづらいかと思いますが、サービス自体は既にローンチされています。もう1つは、先日取得した「ウィザードリィ(Wizardry)」です。自分たちでIPを保有して、それをリバイバルさせていくという戦略です。
――:IPづくりに関しては、これからと思いましが、すでにやってらっしゃるんですね。
はい。既に2年ほど前から構想をはじめ、今年の下半期にサービスがローンチされました。ゲーム会社から総合エンターテインメント会社を目指す中で、中長期でお客様に愛されるIPをどれだけ保有できるかを戦略上の要諦としていますので、その一環となります。
――:昨今、スマホゲーム会社は意識的にやっているようにみえますが。
はい。IPを重要視する流れは今に始まったことではないと思いますが、自社でのIPづくりはいくつかの背景から最近重要視されるようになってきていると思っています。まず、一度もゲーム化されていないIPが日本からなくなってきたこと、そして、有力なIPだからといって、集客や収益化が容易にできる環境ではなくなってきていること、の2つが挙げられます。そうした背景から、自社で新たなIPを作る必要性がでてきていると考えます。加えて、先ほどの話に関連しますが、エンターテインメント産業で中長期で事業を発展させ続けるためには、自社でIPを作り、育成していく力が必要不可欠であるという危機意識もあると思います。
――:IPをつくると一言で言っても難易度の高い仕事ですよね。
おっしゃる通り、簡単ではないですが、アプローチ方法を変えることにより、難易度はコントロールが可能なのではないかと考えています。例えば、IPづくりの起点をどの領域から始めるかです。ライトノベルから開始して、マンガ化、アニメ化していくのがいいのか。あるいは音楽やマンガから始めたほうがいいのか。IPづくりの観点からすると、最初からゲームというのは難易度が非常に高いと思っていますので、最初の切り口をライトノベルやマンガ、音楽など違うエンターテインメント領域から入っていく実験を行っています。
また、先日取得した「ウィザードリィ(Wizardry)」のように一定のファンがいるものの、最近は新作が出ていないIPを買ってリバイバルするという取り組みも行っています。当社の注力タイトルに『ダービースタリオン マスターズ』という「ダービースタリオン」のモバイルゲームがありますが、同タイトルは「ダービースタリオン」の新作が出ていないなか、モバイルでリリースして、ファンだった方々にもう一度遊んでいただくとともに、新規のファンを獲得しよう考えて取り組みました。リリースから4年たった今も、安定的に収益貢献するなど、その考えは正しかったと思っています。ですので、今後の「ウィザードリィ(Wizardry)」の展開においては、『ダービースタリオン マスターズ』で得たノウハウを活かしたいと考えています。
まとめると、現在当社が取り組んでいるIPづくりプロジェクトは2本立てとなっており、ゲーム以外のエンターテインメント領域でのゼロからIPづくり、そして、外部から既存IPを取得してリバイバルする、となっています。
――:IPの取得に関してはまだ国内には眠っていそうな感じはしますね。
探していくと案外あるかもしれません。ただ、取得するにあたっては、日本国内だけでなく、グローバルでもファンが存在するIPなのか、という点は重要です。「ウィザードリィ(Wizardry)」については、グローバル展開が可能という点も高く評価しています。
――:ウィザードリィについてはスマホゲーム以外の展開も?
私たちの強みはスマートフォン向けゲームの開発・運用ですので、第1弾としてはもちろんスマートフォン向けゲームになりますが、コンソールなど他のメディアでの展開も含めて検討しています。現時点で、具体的な形にはなっていないのですが、将来的には過去のタイトルのリメークにも取り組みたいと思っています。
――:IPの開発について出版社と組むケースもあるかと思いますが、自前ですか。
いま取り組んでいるプロジェクトは自前でやっており、既にSNSコミュニティは数万規模に成長しています。今後さらなる成長を追い求める際に、他社と連携、協業する必要が出てくるかもしれませんが、当面は自分たちで四苦八苦しながらやっていこうと思っています(笑) 現段階では、研究開発費として開発コストを費用計上していますが、無理な投資とならない規模で十分に取り組みができていますので、こうした取り組みは今後ももう少し増やしたいですね。
――:なるほど。財務的にも健全な状況で取り組めていると。
はい。1プロジェクトにつき1年で1億円ほど投資している状況ですので、それなりの規模の投資は行っていますが、既存ゲーム事業の収益性が向上し、安定的に利益を生み出す状態に転じましたので、業績の足を引っ張ることもありません。
投資に関しては、収益インパクト、PLの健全性を強く意識して細かく見ており、現時点で健全に投資ができていると思います。「enza」の開発に際しては、事業の可能性に賭けて大きな赤字も厭わず積極的に投資を行いましたが、その挑戦に対して対外的に、特に株式市場からは十分な理解が得られなかったことは否めません。ですので、今回は、利益をきちんと出し、その健全性を維持した中で、投資を行っていくという考えでいます。
今年行った3件のM&A(2つの会社及び1つのIP)についても、のれんや資産の償却期間は意図的に短期間に設定しました。10月からグループ会社となった会社については、発生したのれんは2021年3月期中に償却を完了する予定です。短期的にPLを痛めても、数字を出していく覚悟で投資を行っており、利益との、バランスを見ながら判断しています。
――:モバイルゲームは事業の性質上、短期的な材料や業績に左右されがちではありますね。
SaaS事業のように、足元赤字であっても、中長期的視点で見ると将来的に利益が生み出せるというコンセンサスが得られている業界であれば話は別なんでしょうが、ゲーム業界については、短期での評価になりがちです。それは会社側にも問題があって、見通すことが難しいことを理由に、中長期の経営計画を発表できていないことが大きいと思います。
そうした理由から、短期の数字に過敏になりがちなので、短期での利益創出と中長期のビジョン実現の両立が求められています。足元赤字を出していても、3年後にはこれぐらいの事業規模に成長し、収益水準はこのぐらいになります、という計画が提示できたらいいのですが、言うは易く行うは難し、です。
――:IPはどういうものをイメージすればいいでしょうか。
現時点で詳細はお話しできないですが、IPを選ぶ条件に、ゲーム化できることが前提、というのがあります。エンターテインメント領域において、ゲームはマネタイズの手段として、非常に優れています。世の中には、人気があってもゲーム化できないIPというのがあるとは思いますが、そういったIPではありません。
――:進捗状況はどうなっているんでしょうか。
ファンベースが既に数万人のプロジェクトが立ち上がっていたり、「ウィザードリィ(Wizardry)」のようなグローバルで認知度のあるIPが取得できたりと、2019年から1歩も2歩も進んでいると評価しています。2021年はもう少し具体的な形にできる段階に入るかと思います。
自分たちでIPを開発・育成しているものについては、必ずしも自社でゲームを開発しなくてもいいと考えています。ライセンシーとして外部の開発パートナー企業におまかせするのもひとつの手段です。すべてを自社で作るとリスクが大きいので、ライセンシーになれるかという点も、2021年に意識すべき課題だと思っています。
――:いわゆる版権元になるわけですね。
そうですね。「ウィザードリィ(Wizardry)」についても、まだまだ夢想レベルで具体的に動いているわけではないのですが、ゆくゆくはライセンシーとして、コンシューマゲームの開発を外部のパートナー企業にお任せするということも、できればと思っています。もちろん、自分たちで作るものもでてくるでしょうが、色々と組み合わせて安定的な形にしたいと考えています。
――:新規IPについてはゲームからだとリスクが大きいですよね。
いまやモバイルゲームを1本開発するには10億円が必要です。その一方、マンガですと3巻くらいのコミックスであれば、原稿料込みで500~1,000万円くらいの費用で、できると思います。ライトノベルも同様の規模です。音楽も一曲だと100~200万円かけるといいものができますし、10曲のアルバムをつくるとしても1,000万円程度で済みます。ゲームに比べて投資規模が1ケタ、2ケタ低いのです。
ただ、アニメだと話は少し別で、1話あたり3,000万円くらい製作費がかかりますので、1クールだと3億円以上かかってしまいます。映画も同様に投資規模が大きくなります。ライトノベルやマンガ、音楽は比較的、小規模から始めることができますので、実験的にIPを生み出せるか、試行錯誤している状況です。
――:そんなに違うんですね。
はい。かといって、小規模な投資で生まれたIPの成功確率が低いかというとそうではありません。ライトノベルや音楽、マンガを出発点として、アニメ化、ゲーム化された大きく育ったケースは枚挙に暇がありません。IP成功・非成功に関しては、最初の投資規模と比例しないのではないかと思っています。小さく実験できそうなゲーム以外のエンターテインメントメコンテンツからやっているような状況です。
――:課題と感じている部分はありますか。
流通が課題となるでしょう。ゲームと音楽に関しては、すでにグローバルな流通プラットフォームがあるので、一気にグローバル配信が可能ですが、それ以外はまだありません。良質なコンテンツが作れた暁には、どのようにグローバルに配信するか、が重要なテーマになってくると思います。
――:国内だとライトノベルやマンガなどでしょうか。
はい。ライトノベルだと、国内向けのみになってしまいがちです。これは流通に加えて、言葉の壁、つまり翻訳の難易度の高さがあります。
――:自動翻訳はまだまだ難しいですか?
今現時点でサービスに導入できるものはないのかな、と思っていますが、昨今では色々なベンチャーが高精度の自動翻訳サービスの開発に取り組んでおりますので、将来的には取り入れることも十分考えられます。
――:ライトノベルやマンガ、音楽の領域は初めてではないですか?
知らないことが多いです。音楽業界やマンガ業界のそれぞれの特徴を学んだり、今までお会いしたことのない業界の方々にお会いしたりして、インプットを増やしています。実際に私がサービスの開発をするわけではないのですが、社長である自分のインプットが足りないと、会社としての適切な意思決定や投資判断ができないので、いまはインプットにも時間を多く使っています。
――:ほんとうの意味で準備期間なんですね。
そうですね。足元しっかりと売上、利益を積み上げるなど数字を作りながら、3年先を見越して、中長期で結果を出していくことを考えています。今年は新作のリリースもないため、色々なインプットをして準備する期間と位置付けていますが、ちゃんと手は打てているという体感はありますね。
――:3年後にはだいぶ変わりそうですね。
そうなるようにしたいですね。あとは第2四半期の決算発表時に公にしましたが、有力IPを使った位置情報系ゲームの開発もスタートするなど、2021年以降に出てくるサービスのポートフォリオも具体的に見えてきましたので、3年先を見越して、色々なことに取り組めています。
――:ゲームやアニメ、ラノベ、マンガなどをチェックする必要がありますよね。
インプットは、筋トレみたいな要素があります。現在流行っているエンターテインメントコンテンツつぶさに追っていくことは、レースに向けて行う筋トレのようです。筋トレは一朝一夕ではできず、時間がかかります。
例えば、最近は韓国のエンターテインメント産業がグローバルで成功していますので、韓国のエンターテインメント業界をベンチマークに、情報収集や独自の分析をおこなっています。また、コンテンツだけでなく、主要エンターテインメント企業のIR資料もしっかり読み込み、株式市場との対話についてもインプットに勤しんでいます。
――:韓国企業はゲームでもそうですが、グローバル市場で勝負する前提でコンテンツ作りをやっていますよね。
はい、それが成功している要因だと思っています。例えば、音楽では「BTS(防弾少年団)」が所属するビッグヒットエンターテインメントが上場し一時1兆円を超える時価総額がつきました。ドラマでは「愛の不時着」や「スタートアップ: 夢の扉」を手掛けたスタジオドラゴンがグローバルで成功しています。ゲームでは、株式会社ネクソンやネットマーブルがあります。マンガも同様です。なぜ韓国企業がこれだけ成功しているのか、今後、興味深いテーマとして、もっと読み解いていきたいと考えています。
――:ここ2年ほど決算を見始めているですが、韓国企業の海外売上の比率が非常に高いですよね。
多くの会社で、全体の売上高の約半分が海外市場からの売上となっています。我々もそういった水準を目指さないといけません。また、中国企業ですが、miHoYoも海外市場での展開もそうですが、ゲーム以外のエンターテインメント領域にも複合的に投資しています。アジアの会社の活躍は眼を見張るものがあり、感心すると同時に、同じ市場で競争しなければならないプレッシャーも感じます。
miHoYoがそういったことを実現できているのは、未上場企業ながらも高いバリュエーションで、多額の資金調達ができていることが背景にあります。我々の今後の成功も、資本市場を無視しては実現できないと思っていますので、市場からしっかりと評価されることも経営者として重要な仕事と最近はより強く感じています。
資金調達手段は多様化し、調達手段は株式だけに限定されませんが、いずれの手段においても投資家の投資判断のベースとなるのは、PL、BS、キャッシュフローの中身です。PL上でしっかりと利益を出し、BSでも良質な資産がきれいに積み上げていき、かつ潤沢なキャッシュフローも作る。そして、それが株価に反映され、更なる投資を呼び込む、という好循環を作ることが大事だと思っています。
――:中長期の計画を出しづらいというお話が先ほどありましたが、市場の先行きが見通しづらく、ビジョンが描きづらいということでしょうか。
説明責任を果たせるレベルでのしっかりとした見通しが立ちづらいため、ビジョンが描きづらいということはあるでしょう。また、同じ理由から、公表する業績予想の数字にコミットしづらいという側面もあります。モバイルゲーム会社の多くは、過去に強気の見通しを出し、その通りにならず痛い目にあった経験があります。発言に関しても慎重になっている傾向はあります。ただ、当社に関しては、2022年3月期からは、徐々に中長期の戦略や見通しを決算資料などに盛り込んでいこうと思っています。社内向けには既に公にしているのですが、対外的にも徐々に基本方針や戦略については打ち出していきたいと思っています。
昨年は仕込みが多かったので、なかなかお話できない部分が多かったので、その意味で変わっていくだろうと思います。
――:経営者の方にはもうちょっと夢を語っていただいても思っているんですが。
そうですね。すでに社内向けには水面下での取り組みや数年後のビジョンを話しており、反応を伺うと、社員は会社の先行きについて強い期待を抱いてくれています。ですので、タイミングを見て、徐々に社外にもビジョンを出していきたいですね。IPをどうしていくか、コミュニティづくりやグローバル展開などがテーマになっていくかと思います。
IPづくりについては、ビジネス目線で仕組みをつくって、どうやってプロデュースしていける会社になるか、という点を焦点に考えを巡らせています。今後、3年ほどの中期で実現する前提で動いていますので、2021年に皆様にお伝え、お見せできるものを楽しみにしていただきたいです。
様々な取り組みの成果については、2021年年初から少しずつ出していけるようになると思います。しっかりと種々の取り組みが、ファンコミュニティを拡大させながら、徐々に形になってきている、ちゃんとサービス化に向かっているんだ、ということが確認できると思います。
――:ありがとうございました。
会社情報
- 会社名
- 株式会社ドリコム
- 設立
- 2001年11月
- 代表者
- 代表取締役社長 内藤 裕紀
- 決算期
- 3月
- 直近業績
- 売上高97億7900万円、営業利益9億300万円、経常利益7億9300万円、最終利益1億400万円(2024年3月期)
- 上場区分
- 東証グロース
- 証券コード
- 3793